2話 愛の力
ウエディング姿のフロースは、人形のようだった。
それはオーデン伯爵が望むフロースで、彼を上機嫌にし、こうして初々しい伯爵夫人を演じている。
そんな彼女を見ていられなくなったアリアは、披露宴会場から消えてしまったカイを捜すことにした。
するとライブラリーで見つけたのは、一人でワインを飲んでいるバーディだった。
「あら、あなたの恋人たちは?」
バーディは、アリアを見ると、ボウタイを緩め、シャツのボタンを外してため息をついた。
「追い払った。そんな気分じゃないよ。あ~あ、花嫁略奪作戦は失敗したか」
アリアはそれに驚く。
「本当にそのつもりだったの!?」
バーディも呆れてアリアを見る。
「当然だろ? こんな結婚式、はっきり言って茶番だね。
あのフロースの姿がまぶたに残って、いくら飲んでも酔えそうにない。
これじゃあ、今夜は眠れないな」
アリアもそれは同じだった。
「フロースが、あんなに美しかっただなんて・・・伯爵のためだと思うとしゃくに障るわ。
あれがイベリスのためだったら良かったのに」
「イベリスって、ウィリディス王国のやつだろ?」
「知ってたの?」
「君が手紙に書いてよこしたじゃないか」
「そうね、そうだったわね。
あの二人はお似合いだと思ったのだけれど・・・私が、もっと早く気付けば良かったんだわ」
「どうだろう・・・まあ、今のフロースじゃ無理だけど。
第一、彼はウィリディスの王の助言者だ。
政治的なことが関係してくるし、彼もそのことを考えたはずだ。
おまけに生まれは、もっと辺境の地だから貴族とは釣り合わない。
まあ、そんな辺境の生まれの者が、なぜ王の助言者になったか訳ありなんだろうけどね。
彼が故郷へ戻ったとしても、お嬢様のフロースがそんな所でやっていけるとも思えない。
百歩譲って、彼がウィリディスも故郷も捨て、帝国内でフロースと暮らしたとしても難問だらけだ。
特に、伯爵が何をするか分からない」
アリアは、「じゃあ・・・初めからフロースの恋は実るはず無かったのね」と言って肩を落とした。
「いや、そうは思わない」
彼女はバーディーを見る。
「愛の力は強いからね」
それを聞いたアリアは呆れたように目をそむけ、これ見よがしにため息をつく。
「あ、君は、愛の力を信じてないな?」
「違うわ。あなたが言うと興ざめしちゃうのよ」
バーディは笑った。
「あの清くて美しいフロースも、今夜で汚されるか」
バーディが残念そうに言ったので、アリアは驚く。
「結婚したのに?」
「彼女の心は、イベリスのものじゃないか。
あれほど思いつめているなら、伯爵は彼女の夫じゃない。少なくとも僕はそう思うよ。
人形のようなフロースを好きな伯爵は、今夜、心の無い人形を抱くんだ。
伯爵も哀れだね」
「彼女は、ディフォーレスト家のために結婚したのかしら」とアリアは、前から思っていることを聞いた。
するとバーディは、ふんと鼻をならす。
「そうなんじゃないのか。今夜も皆が陰で言ってるし。
この結婚で、伯爵は、相続人のヘンリーの後見人を子爵にしたそうだ」
「え? そうなの?」
オーデン伯爵の最初の妻は、不妊治療の末にヘンリーを産んだのだけれど、出産後、体を悪くしたまま回復しなかったのだ。
今、ヘンリーは十三歳になり、男子の寄宿学校にいる。
子爵が正式にヘンリーの後見人になるということは、もし伯爵が死ぬようなことがあれば、伯爵家の実質的な権利は、ヘンリーが成人するまで子爵が持つことになる。
伯爵は、子爵を牽制していたので、利用しても、それを法的に契約化することはなかった。
これが子爵の問題だったので、フロースは、自分が伯爵と結婚すれば父を助けられると思ったのだ。
とはいえ伯爵は、自分が死ぬ時には、子爵の働き全てをご破算にするつもりでいる。
ヘンリーが成人してしまえば、子爵が息子の後見人であることは何の意味もなくなるのだ。
「伯爵は、自分は若い妻をめとって、後の面倒なことはすべて子爵に押し付けるってことだな。
まあ、おかしな話だが、実際にはすでにそうなっていることを、この結婚で契約化したってことさ。
しかも皆は、伯爵の腹黒さを知っている。
フロースの結婚についても気の毒に思ってるから、子爵の人気は上がるばかりだ。
伯爵の評判が悪いのは自業自得だけど、子爵は賢い人だから、侮らない方がいいと思うけどね。
君のことも上手くやったから、子爵に感謝しているだろ?」
確かにアリアは、子爵に恩を感じている。
「カイは、そんな駆け引きは嫌いだし、子爵の影響力を知っているから、連邦国へ行ったんだ」
「それなら、カイは、わたしのことだって・・・」
そう心配するアリアに、バーディはにっこり笑う。
「心配しなくていいよ。カイは、そんなことで君のことを悪くは思ったりしないさ。
大体、彼は、君の気持ちすら気付いてないじゃないか。
まあ、それは問題だけどね」
アリアは、また顔を曇らせる。
どうしたらいいのか、分からないままだったのだ。
「とにかく、君次第なんじゃないのかな。
カイを振り向かせたいのなら、プリンセスとしてではなく、自分の道を生きることだよ。
君が何をしたいのか、どんな風に生きたいのかってことさ。
僕は、きらびやかな女性は大好きだけれど、カイは、そうじゃないからね。
ま、やつの考えは図りがたいが、君たちはまだまだ若いんだし、精々がんばるんだな」
「カイには、ガールフレンドがいるのかしら?」
「さあ、いるかもしれないけれど、子爵に釘を刺されてるだろうし・・・
そのへんは、子爵は抜け目ないさ」
それを聞いて、アリアは、ほっとする。
バーディはそんなアリアを見てまた笑う。
「ほらね、そうやって、君も子爵を頼りにするだろ?」
アリアは、バーディに言われても返す言葉が無い。
そこでアリアは、ここへ来た目的を思い出した。
「そうそう、カイを見かけなかった? どこにもいないのよ」
「ああ、今頃は連邦国へ戻る船の中だよ。一人寂しく、空いた隣の席を見ながらね」
「えーっ!? もう行ってしまったの? 私、一言もしゃべってないわ!
え? ちょっと待って、空いた隣の席って、もしかしてフロースの?」
バーディは、悔しそうだ。
「筋書きは、僕がフロースをたぶらかして、さらったってことにして、身代わりの子と逃げるんだ。
そうして皆が僕らを捜している間に、カイがフロースを連れて国境の外に出るはずだったんだけどね」
「呆れた。そこまで計画していたの?」
バーディはまじめな顔をして答える。
「もちろん真剣だったよ。
それに、この計画があったから、カイは戻って来たんじゃないか」
アリアは、この二人の、真剣かつ子供じみたフロースの救出作戦に呆れながら、フロースのことを思った。
バーディの言った、愛の力についても考えてみる。
フロースは、愛していない男と結婚してしまったのだ。




