5話 情報
晩餐会に戻ったイベリスは、アクィラと一言二言交わした後に会場を去った。
そして、ウィリディス王国専用車で、自分のメゾネットへ向かう。
イベリスは、看護学校学校からの教師の以来は、外務大臣のルスカが背後にいるのだと知っていた。
彼の出生は秘密ではないし、ましてや王の助言者を、外務大臣指揮下の秘密情報部が無視するはずはない。
ルスカがイベリスの動きを警戒しているのと同じように、イベリスも彼の動きを調べていた。
元々、アリアがロセウスに留まったのは、アクィラの思いつきでしかなく、イベリスの個人的な迷いもあったのだけれど、かえってそれがイベリスを動きやすくしていた。
そう言う意味では、フロースとのことも都合が良かったのかもしれない。
エルナトでフロースが復興について質問した時も、大使館員のいる前だった。
驚いたのはキラルの行動だったけれど、それも問題ではない。
イベリスは、ルスカがエルナトに関して動いていないことを確かめている。
また、バルナの動きも調べてみたが、今の所は目立った動きも無い。
シャルム王が亡くなり、何か企みがあるのではと思ったのだけれど、それも無用の心配だった。
そしてアクィラ王の帝国訪問の日が決まり、イベリスはその準備に借り出されたのである。
それは丁度、フロースが学校を辞めたころで、それ以後、彼女のことを考える時間もないほど忙しかった。
イベリスは、改めて、ウィリディス王国に仕える充実感を味わっていた。
帝国からウィリディスを見て、アクィラ新王をどのように助けるのか、様々な考えも浮かんでくる。
やりがいのある仕事だと、再認識していた。
もちろん、フロースのことを全く忘れていた訳ではない。
彼女は皇帝の愛娘の従者であり、帝国で頭角を現しているディフォーレスト子爵の娘なのだ。
彼女の周りに関する情報も集めた。
婚約者のオーデン伯爵について知った時は驚いたのだけれど、侮れない人物であることも分かっている。
ディフォーレスト子爵も、油断がならない。
その子爵が用心している伯爵とフロースは結婚するので、政略結婚なのは明らかだ。
フロースを可哀想だと思うのだけれど、今、帝国内の問題に係わっている暇はない。
それでイベリスは、フロースに会うべきではないと晩餐会で彼女を避けていたのに、ひとりでいる時に会ってしまった。
すると、突然、ロセウスもエルナトもどうでもいい、という気持ちが彼を支配する。
彼女を失いたくないという気持ちを、ずっと心の中で抑えていたのだ。
彼女を避けていた本当の理由はこれだった。
そして彼女と、このエスペビオスで生活するのもいいかもしれないと、非現実的なことを思ってしまう。
とはいえ、それも彼女がロセウスについて語るまでのことだった。
イベリスは、フロースが政略結婚でも何でもして、自分の前から消えてくれればいいと思った。
自分たちが結ばれるには障害がありすぎる。
それは、初めから分かっていたことなのだ。
あの日、彼女を初めて見た時の事を思い出し、もう同じ間違いはしないと自分に言い聞かせる。
彼女とは、一度会った時に終わるはずで、その通りになっただけのことなのだ。
そしてイベリスは、今度アクィラ王が何かを仕出かす時は、事前に教えて欲しいものだとも思う。
今回は、してやられた。
もちろん、そんなことを彼に言うつもりはない。
イベリスは車を待たせたまま、荷物を取りにメゾネットの自分のドアの鍵を開ける。
中へ入ると立ち止まり、匂いを嗅ぐ。
「やはり、誰か入ったな」と思った。
部屋の中は、片付けられており、何の乱れもない。
それでも誰かが入った気配が残っている。
「ここには、何の情報もない。あるとしたら・・・」
イベリスは二階の寝室へ行き、クローゼットを開けた。
そこには、一着の王の助言者の長いローブが掛けられていた。
自分がロセウスを出た時、置いてくるはずだったローブをここへ持ってきていた。
ラーウスへ戻るかどうかを悩んでいたイベリスだったけれど、初めから自分の気持ちは分かっていた。
それは、王の助言者として、アクィラ王に仕えることだった。
それにアクィラが、帝国訪問だけでなく、自分を迎えに来たことも分かっている。
ラーウスへ戻る気がなくなってしまったのは、そこにフロースがいないからで、彼女を諦めた今、一生ロセウスにいる決心がついたのだ。
イベリスは自分のローブを取ると、ラゲージを持ってメゾネットを出た。
翌日、アリアとフロースは、エスペビオスを去るアクィラに呼ばれ、別れの挨拶にやって来た。
アクィラの横には、イベリスが、王の助言者の長いローブを着て立っている。
アリアは驚いたのだけれど、フロースは彼を静かに見ただけだった。
フロースにはその意味が分かっていた。
二人はアクィラへ別れの挨拶をし、イベリスには何も言わなかった。
アクィラは、イベリスと共に、二人が去って行くのを見送った後に言う。
「これでいいのだな」
それはイベリスが、初めてフロースに会った時と同じで、こうして振り出しに戻ったことになる。
アクィラは、彼がフロースを愛しているのを知っていた。
そして、自分がこの二人を引き合わしたので、二人がそれぞれの道を行ける様、けじめをつけたのだ。
イベリスは、答えなかった。
アリアとフロースは、何も言わないままそこを出ると車に乗る。
車が走り出し、アリアが待っていたかのように言った。
「どうしてイベリスは、ウィリディスへ戻る決心をしたの?」
フロースはそれに静かに答える。
「それは、あの方が、そう望んだから・・・」
そう言いかけたフロースの声はつまり、それ以上何も言えず、嗚咽する。
フロースには分かっていたけれど、この時、自分の恋は終わったのだと思った。




