8
翌日、金田はまた夢人の独房を訪れていた。
夢人は、ベッドの上に座ったまま、鉄格子の向こうにいる金田を見つめた。その視線には、拒絶の色がはっきりと滲んでいた。
金田は構わず、鍵を開けて中に入った。
「夢人くん、ひとつ聞きたいんだけど」
彼はそう言いながら、懐から数枚の写真を取り出した。
凶悪事件の資料として使われている、複数の男の顔写真だった。
「写真でも、相手の罪は見える?」
夢人は、その写真にちらりと視線を落とした。
「見えません」
短く答えると、彼はすぐに話を戻した。
「それより――昨日、もう来ないでくださいって、言いましたよね」
「言われたね」
金田は、悪びれる様子もなく頷いた。
「来てほしくない理由は?」
夢人はしばらく黙っていたが、やがて視線を上げ、はっきりと言った。
「あなたが、嫌いだからです」
金田は、その言葉に、特に動じた様子も見せなかった。むしろ、どこか納得したように、小さく頷いた。
「僕も、君が苦手だ」
「なら!」
夢人の声に、わずかな苛立ちが混じった。
「どうして、ここに来るんですか」
金田は、写真を懐に戻しながら、夢人の目をまっすぐ見た。その表情から、いつもの軽薄な笑みが、すっと消えていた。
「君を、助けたいから」
その言葉は、あまりにも単純で、それゆえに、夢人の中の何かを、静かに揺らがせた。
嫌いだと言われても、苦手だと言い返しても、それでも変わらずここに足を運んでくる。その一貫性のようなものが、夢人にはどうしても理解できなかった。理解できないことが、逆に彼の心の奥に、小さな棘のように引っかかっていた。
「助けたい理由はなんですか?」
夢人は、視線を逸らしながら、そう呟いた。
「助けるのに理由なんてない。ただ君を助けたいから助ける、それだけだよ」
金田は、いつもの軽い口調で言った。
その瞬間、夢人の中で何かが弾けた。
「助けたいから助ける」という金田の言葉が、これまで積み重ねてきたどんな言葉よりも、彼の胸の奥深くを抉った。理由もなく、当たり前のように差し出される好意ほど、夢人にとって扱いに困るものはなかった。
気づいたときには、夢人は金田の体を突き飛ばし、その胸ぐらを掴んでいた。
物音に気づいた若い男性の看守が、慌てて二人のところに駆け寄ってくる。
「金田さん!」
「止めなくていい」
金田は、口の端に笑みを浮かべたまま、そう言った。
看守は、その言葉と目の前の光景の間で戸惑うように立ち尽くしたが、やがて動きを止めた。
夢人の拳が、次々と振り下ろされる。
一発、二発。金田は避けようとも、防ごうともしなかった。ただ、その体を投げ出すように、拳を受け止め続けた。夢人の白い髪が、乱れた前髪の下で、荒い息とともに揺れていた。コバルトの瞳には、これまで誰にも見せたことのない、剥き出しの感情が渦巻いていた。
何発目かの拳を振り下ろしたあと、夢人はふっと力を失い、その場に崩れ落ちるように床にへたり込んだ。肩で息をしながら、荒く上下する呼吸だけが、独房の中に響いていた。
金田は、口の端から流れる血を、腕の甲でぐいと拭った。
「夢人君、君は…」
金田は、静かに、しかしはっきりと言った。
「意地っ張りで頑固な…」
夢人が、顔を上げた。
「手のかかるクソガキだ…」
その言葉は、これまでのどんな尋問よりも、鋭く夢人の中に突き刺さった。
やがて、金田の腕が夢人の体を包み込むように回される。
「離せ!」
「よしよし」
金田は、まるで駄々をこねた子供をあやすような声で、そう言った。
「君の罪を、浄化してあげよう」
その言葉には、皮肉も、揶揄もなかった。ただ、夢人がこれまで誰かに向けてきた、あの静かな救済の言葉を、そのまま裏返しにして返しているだけのようだった。
夢人は、しばらく身を強張らせたまま、されるがままになっていた。だがやがて、その硬さがゆっくりとほどけていき、彼は自分から、金田の背中に腕を回した。
言葉はなかった。ただ、荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていくのが、互いの体越しに伝わってきた。
「…悪いけど」
金田は、まだ困惑した様子で立っていた看守に、顔だけを向けて言った。
「しばらく、二人きりにしてもらえるかな」
看守は、目の前の光景に戸惑いを隠せない様子だったが、それ以上何も追及することなく、小さく頭を下げた。
「わかりました」
そう言い残し、看守は独房を後にした。重い足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。
地下室には、また静寂が戻ってきた。だがそれは、これまでのどんな沈黙とも違う、どこか温かみを帯びたものだった。
蛍光灯の光の下で、二人はしばらくの間、そのままの姿勢で、動かずにいた。
やがて、夢人が目を閉じ、眠り始める。
金田は夢人をベッドにそっと乗せ、その場を後にした。




