7
金田は静かに独房を出ると、鉄格子の鍵を閉めた。
「話、聞かせてくれてありがとう」
夢人はベッドに座ったまま、何も言わなかった。
金田は「またね」と、夢人に軽く手を振り、そのままその場を後にした。
足音が遠ざかり、地下室にはまた、いつもの重い静寂が戻ってきた。
しばらくして、看守の二人の男性が夢人のところに戻ってくる。
男は金田から受け取ったであろう鉄格子の鍵で扉を開け、独房の中へと入ってきた。二人は、ゆっくりと夢人との距離を詰めていく。
夢人は、抵抗する素振りも見せず、諦めたように体をベッドに横たえた。
「相変わらず、きれいな顔してるな」
一人の看守が、低く笑いながら言った。
もう一人が、腰につけた警棒を、確かめるように軽く握り直した。
「毎晩毎晩、大人しく座ってるだけのおまえを見てるとよ」
看守は続けた。
「一度くらい、その澄ました顔を、ぐしゃぐしゃに歪めてやりたくなるんだよ」
「今日は、どこまで持つか、楽しみだ」
夢人は天井を見上げたまま、コバルトの瞳を静かに閉じた。抗う言葉も、逃げる素振りもなかった。それは、この仕打ちが、決して今夜が初めてではないことを、何よりも雄弁に物語っていた。
警棒が振り上げられようとした、まさにその瞬間――
「そこまでだ」
金田が低い声で言った。
看守が振り返った先には、いつの間にか戻ってきていた金田が、スマートフォンをこちらに向けて立っていた。
金田は眉間にしわをよせながら、画面をタップして録画を停止した。
「やれやれ」
その声が終わるより早く、彼の体は既に動いていた。踏み込んだ一歩から放たれた拳が、一人目の看守の顎を正確に捉える。呻き声をあげる間もなく、その体は崩れ落ちた。もう一人が警棒を振り上げるより先に、金田はその腕を掴んで捻り上げ、もう片方の手で鳩尾に一撃を打ち込んだ。
短い呻きとともに、二人目とも力を失って床に沈んだ。
金田は気絶した二人の襟首を、それぞれ片手で無造作に掴むと、ずるずると引きずるようにして独房の外へと運び出していった。その手際は、まるで日常の片付けでもしているかのように、あまりにも淡々としていた。
その光景を見ていた夢人は驚く。
これまで、誰かが自分のために、何の見返りもなく力を振るう姿を、見たことがなかったからだ。
「夢人くん」
金田が夢人に歩み寄る。
「君が犯した罪は、殺人だ…。だけど、君の記憶を見た限り、あれは正当防衛に近いと、僕は思ってる」
夢人は顔を上げ、その言葉をじっと受け止めていた。
「それでも」
金田は続けた。
「残酷なやりかたで君が人を殺めたことに、変わりはない。
だから…いまは、ここより、君が安心して暮らせる刑務所を探すよ」
「……」
夢人は、何も答えなかった。ただ、視線を落とし、膝の上で組んだ自分の指先を見つめていた。
金田は踵を返すと、階段をのぼり、別の看守たちを呼びに行った。数分後、複数の看守を伴って戻ってきた金田は、先ほど撮影したスマートフォンの映像を彼らに見せながら、淡々とした口調で説明していった。
「――というわけで、この二人を拘束して、然るべき手続きを頼む。詳しいことは、僕から上に報告する」
映像を見た看守たちの顔から、みるみる血の気が引いていった。彼らは無言のまま頷き、床に転がったままの二人の同僚を、両脇から抱えて運び出していった。足を引きずられる音が、しばらく廊下の奥へと遠ざかっていった。
地下には、金田と夢人の二人だけが残された。
「金田さん」
独房の中にいた夢人が、静かに声をかけた。
「なに?」
「あなたの罪を、浄化します」
夢人は、鉄格子の隙間から、いつものように手を差し伸べた。
金田はその手を一瞥し、それから、あっさりと首を横に振った。
「その必要はないよ」
「…え?」
「僕は、自分の罪を背負いながら生きていく、そう決めたから」
金田は、いつもの軽い口調のまま、しかしどこか揺るぎない響きで言った。
夢人はしばらく黙っていたが、やがて、静かに口を開いた。
「金田さん」
「ん?」
「さっき、僕が安心して暮らせる刑務所を、探すと言ってましたよね」
「うん」
金田は頷いた。
「ここだと、安心して眠れないでしょ?」
「必要ありません」
夢人の声は、これまでになく、はっきりとしていた。
「僕は、ここにいたいです」
金田は、その言葉に、わずかに眉をひそめた。だが夢人は、視線を逸らすことなく、まっすぐに彼を見つめ返していた。
沈黙が、地下室の冷たい空気の中に、しばらく漂っていた。
「……そう」
金田は、それだけ言うと、それ以上の説得を重ねようとはしなかった。彼はゆっくりと鉄格子から一歩離れ、上へ続く階段へと向かった。
「もう、ここには来ないでください!」
夢人が、金田の背中に向かって言った。
金田は、足を止めず、振り返ることはしなかった。
夢人は、一人になった独房の中で、壁にもたれかかった。蛍光灯の平坦な光が、変わらぬ静けさで、彼の白い髪を照らしていた。




