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数日後、夢人がいる独房の空気は相変わらず変わらぬ冷たさを保っていた。
しかし、その日訪れた男は、これまでの誰とも違う気配をまとっていた。
金髪をゆるくパーマがけした頭に、季節外れのアロハシャツ。捜査一課の刑事だというその男は、夢人がいる鉄格子の前に立つと、まるで旧知の友人にでも会うような気安さで手を上げた。
「はじめまして、夢人くん。僕は刑事の金田、よろしく」
言うが早いか、金田は腰につけた鍵束から2本を選び出し、迷いのない手つきで鉄格子の鍵を開けた。重い音を立てて扉が開く。看守たちが慌てて制止しようとしたが、金田は片手を軽く上げただけで、それを制した。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと世間話をするだけだから。しばらく2人きりにしてくれないかな」
そう言って、金田は躊躇なく夢人がいる独房の中へと足を踏み入れた。
看守たちは不安そうな表情を浮かべながら、去っていった。
夢人はベッドの上でゆっくりと体を起こし、真っ直ぐに金田を見つめた。これまで誰に対しても浮かべたことのある、あの静かで底の見えない眼差しだった。
その視線が、金田の頭上へと移る。
そこには、いつものように赤い、歪んだ文字が浮かんでいた。「不法侵入」「器物損壊」「記憶消去」。
夢人の目が、わずかに細められた。
――記憶消去。
それは、これまで彼が見てきたどんな罪状とも、質感が違っていた。不倫や暴力、隠蔽といった、人間らしい弱さの匂いがする罪ではない。それはむしろ、人ならざる力の使用そのものを示す文字だった。
夢人は、壁にもたれたまま立っている金田を、あらためて頭のてっぺんから爪先まで、ゆっくりと見た。この男もまた、自分と同じように、この世界の理から少しだけ外れた場所に立っている――そのことを、夢人は確信していた。
「あなたも、能力者なんですか?」
夢人は静かに口を開いた。
金田は、その言葉に驚いた様子も見せず、ただ片方の口角を、面白そうにわずかに上げた。
「話が早くて助かるよ」
金田は言った。
「君は人を殺めた時のこと、まだ覚えてる?」
金田は世間話でもするような軽さで、そう切り出した。
「んー」
夢人は視線を少し宙に浮かせた。
「全く、覚えてないです」
「そう…。風間さんから聞いたよ」
金田は続けた。
「被害者を殺害した理由は、彼らが君を汚したからだって…。それはホントの話?」
「はい」
夢人は静かに頷いた。
金田はしばらく夢人の顔を見つめ、それから、にっこりと笑った。
その笑顔には、どこか少年っぽい無邪気さと、それとは裏腹な、底の見えない鋭さが同居していた。
「金田さんの能力は、記憶消去?」
夢人は静かに言った。
「そうだよ。どうしてわかったの?」
と金田は訊ねた。
「…僕には見えるんです。その人が犯した罪が、文字として浮かび上がってくる。それが、僕の能力です。あなたの罪は記憶消去、だから僕と同じ能力者だと思いました」
「へえ~、凄い能力だね」
金田は感心したように眉を上げた。
しばらくして、夢人が口を開く。
「金田さんの能力について、詳しく教えてください」
「相手の記憶を探って、特定の記憶を消すことが出来る。そんな能力だよ」
夢人は、その言葉をしばらく黙って受け止めていた。それから、小さく口の端を上げた。
「ふーん。じゃあ」
夢人は、自分のこめかみのあたりを軽く指差しながら言った。
「僕の記憶、見てみてください」
金田は面白そうに片眉を上げると、迷いのない足取りで夢人に近づいた。そして、その手のひらを、そっと夢人の額に押し当てた。
一瞬、独房の空気が変わった。
蛍光灯の光が、心なしか弱くなったように感じられた。金田の瞳孔が、かすかに揺れる。彼の意識が、夢人という人間の内側――幼い頃の記憶、施設での日々、そして夢人が殺めた二人の死の真相を、次々と辿っていった。
そこにあったのは、紛れもない事実だった。夢人が語った言葉のひとつひとつに、誇張も、隠蔽も、作為的な歪みもなかった。彼が「汚された」と語る記憶の断片は、あまりにも生々しく、見ていて気分が悪くなる光景だった。
金田はゆっくりと手を離した。表情から、先ほどまでの軽薄な笑みが、いつのまにか消えていた。
「……なるほどね」
その声には、これまでとは違う、静かな重みが混じっていた。
夢人は、そんな金田の変化を、じっとコバルトの瞳で見つめていた。




