15
夜の教会は、昼間とはまったく違う顔を見せていた。ステンドグラスから差し込む光の代わりに、祭壇に灯された蝋燭の炎と、窓越しに差し込む月明かりだけが、堂内をぼんやりと照らしていた。
白い衣装を纏った神父が、その静けさの中で、一人静かに祈りを捧げていた。組まれた両手、伏せられた瞼。その姿は、まるで一枚の絵画のように、揺らぐ蝋燭の炎の中に浮かび上がっていた。
やがて、扉が静かに開く。
寝巻き姿の音無が、そっと足音を忍ばせながら、礼拝堂へと入ってきた。神父はその気配に気づきながらも、しばらく祈りを止めなかった。
「……神父様」
音無の声が、静寂の中に小さく響いた。
神父はゆっくりと目を開け、蝋燭の炎越しに音無の方を振り返った。
音無はしばらく躊躇うように視線を落としていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……どうして、毒を盛られたのか」
神父が、その言葉に視線を上げる。
「その原因は、私かもしれません…」
「……どういうことですか?」
神父の声に、初めて戸惑いが滲んだ。
音無は、蝋燭の炎を見つめたまま、ゆっくりと話し始めた。
「私は、神父様に毒を盛ったとされる、男性職員の山口さんから…」
音無の声が、かすかに震えていた。
「告白されたことがあるんです」
「……」
「当時、私は、好きな人がいるからとお断りしました。そのとき、山口さんに好きな人は神父様かと聞かれました」
一度、言葉を切る。
「彼の問いかけに、私は、そうだと頷きました…」
その告白は、まるで自分自身を裁くような、痛みを伴った響きがあった。
「これは、あなたが毒を飲んで倒れる、三日前のことです」
神父は、何も言わず、ただ音無の次の言葉を待った。
「亡くなった、もう片方の職員、村田さんは、山口さんと仲が良くて…二人は本当の兄弟のような関係でした」
「……」
「山口さんの部屋を、掃除していたときのことです」
音無の声が、さらに小さくなった。
「ベッドの下に、液体が入った瓶があるのを、見つけたんです」
音無は両手をきつく握りしめた。
「私は、怖くなって…、見て見ぬふりを、してしまいました」
その告白に、神父は静かに目を閉じた。
「……それだけじゃないんです」
音無は、涙を堪えながら続けた。
「村田さんの机の引き出しには、、夢人くんの写真が、いくつもありました」
「……」
「私は、それが何を意味しているのか、本当はわかっていたのに!」
音無の声が、ついに崩れ始めた。
「何も…できなかった……、本当に…ごめんなさい…!」
そう言うと、音無はその場に崩れ落ちるように泣き崩れた。
堪えきれなくなった涙が、次々と頬を伝い落ちていく。
蝋燭の炎だけが、その震える背中を、静かに照らし続けていた。
神父は、崩れ落ちて泣きじゃくる音無に、静かに歩み寄った。
「音無さん」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「あなたは、ずっと」
神父は、音無の震える背中を見つめながら言った。
「罪悪感を抱きながら、生きてこられたのですね…」
音無は、涙に濡れた顔を上げることもできず、ただ小さく頷いた。
「……はい」
その一言だけで、長年抱え続けてきた重さのすべてが込められているようだった。
神父はしばらく、その姿を見つめていたが、やがて静かに言った。
「あなたの罪を、浄化します」
蝋燭の炎が揺れ、神父の白い衣が、月明かりの中でわずかに輝いた。
「こちらへ」
そう言って、神父は両腕をゆっくりと広げた。
音無は、堪えきれなくなったように立ち上がると、その胸に飛び込んだ。声を殺すこともできず、これまで一人で抱え込んできた罪悪感を、すべて吐き出すように泣き続けた。
神父は、その小さな体を、包み込むように優しく抱きしめた。蝋燭の灯りだけが揺れる礼拝堂に、音無の嗚咽だけが、しばらくの間、静かに響いていた。




