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金田は、罪悪感を覚えながらも、夢人の額にそっと手を当てた。この行為が許されるものではないとわかっていたが、今の夢人を理解するためには、これしかないと思えた。
意識が、夢人の記憶の奥深くへと滑り込んでいく。
そこは、教会だった。ステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの模様を描いている。大勢の人々が、静かに椅子に腰掛け、一人の男の話に耳を傾けていた。
白髪のロングヘア、赤い瞳の男だった。透き通るように白い肌と整った顔立ちは、三十代ほどに見えたが、どこか年齢を感じさせない不思議な雰囲気を纏っていた。その声は、教会全体に穏やかに響き渡っていた。
やがて、名前を呼ばれ、幼い頃の夢人が、神父のもとへと駆け寄っていく。二人は連れ立って教会を出ると、すぐ近くにある児童養護施設へと向かった。
施設の中では、夢人と神父が二人で焼いたのだろう、温かいパンが並んでいた。それを、集まってきた子供たちに一つずつ手渡していく。
やがて神父は、残った一つのパンを、夢人へと手渡した。
だが夢人は、それをそのまま受け取ることはしなかった。小さな手でパンを丁寧に二つに割ると、片方を神父へと差し出した。
「神父様どうぞ」
神父は、その小さな手のひらの上のパンを見つめ、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、夢人」
夢人は満足そうに頷くと、自分の手に残ったパンを、大切そうに口に運んだ。
その光景は、記憶の中とは思えないほど、穏やかで、温かかった。金田はその情景を、夢人の視点を通して、静かに見つめ続けていた。
記憶は、そこで暗転した。
ある日を境に、教会の空気が一変していた。神父が倒れたのだ。誰かが飲み物に毒を盛った、という話が、施設の中で密やかに囁かれていた。神父は意識不明のまま、重い眠りに落ちていた。
幼い夢人は、その報せを聞いた瞬間から、いつもと違う目をしていた。感情の読めない、静かな瞳。それはまるで、何かの答えをすでに知っているかのようだった。
夢人の視界には、二人の男性職員の頭上に重なるようにして、
『毒物混入』
という赤い文字が浮かんでいた。
相手の犯した罪が、まるで焼き印のように、文字となって浮かび上がる。噓も、言い逃れも、彼の前では意味を成さない。夢人はただ、その赤い文字を読み取っただけだった。読み取って、そして__裁いた。
記憶の中の夢人は、その赤い文字を見つめたまま、静かに、けれど確かな足取りで、二人の男に近づいていった。
犯人は、この二人だ。
夢人は誰にも相談せず、その二人を単独で教会へと呼び出した。夕暮れの教会には、他に誰の姿もなかった。
そこから先の記憶は、激しく乱れていた。怒声、殴打の音、幼い体に振り下ろされる暴力。夢人の視界が、痛みと共に何度も暗転していく。
そして、次に視界が開けた時__
そこには、血まみれで倒れている、二人の男の姿があった。
夢人は、その光景を、ただ静かに見下ろしていた。何が起きたのか、その一瞬の空白を、記憶そのものが拒むように、曖昧にぼやけていた。
金田は、その光景を目の当たりにして、言葉を失っていた。夢人の額から手を離すこともできないまま、ただ呆然と、その記憶の断片を見つめ続けていた。
金田の腕の中、夢人がゆっくりと目を開けた。
「……あれ?」
夢人は自分がいつの間にか眠っていたことに気づき、ぼんやりと体を起こした。金田がすぐ傍らに座り、静かにこちらを見つめていることに気づく。
金田はしばらく躊躇うような間を置いてから、口を開いた。
「……神父様との記憶、見せてもらった」
その一言に、夢人の表情がわずかに強張った。だが、怒りや拒絶を示すことはなく、ただ静かに、金田の言葉の続きを待った。
「勝手にごめん」
金田は素直に謝った。
「僕が寝言でなにか言ってたからですか?」
「うん。君の記憶をちゃんと見て、やっとわかった…。
君は神父様の仇をとる為に自ら罪を犯したんだね…」
夢人はしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「神父様は、僕にとって、父のような存在でした…」
その声には、これまで聞いたことのないような、柔らかな温もりがあった。
「だから、僕は」
夢人は続けた。
「自分がやったことに、後悔はしていません」
金田は、その言葉を否定することも、肯定することもしなかった。ただ静かに、夢人の目を見つめ返した。
「……神父様は、いまも意識不明なの?」
「わかりません」
夢人は首を振った。
「だから今日、教会に行って、確かめるつもりでした」
金田はしばらく考えた後、静かに言った。
「なら、明日一緒に行こう」
夢人は少し驚いたように金田を見たが、やがて小さく頷いた。
♢
翌日、二人は連れ立って、教会へと向かった。
かつて夢人が幼い日々を過ごした街並みは、記憶の中とはどこか違って見えた。時の流れが、あちこちに小さな変化を刻み込んでいた。それでも、教会の建物だけは、あの日と変わらない佇まいで、静かにそこに立っていた。
夢人は教会の前で足を止め、しばらくその古い扉を見上げていた。コバルト色の瞳に、迷いのような色が浮かんでいた。
「大丈夫?」
金田が声をかけると、夢人は小さく頷いた。
二人は並んで、その重い扉を押し開けた。




