第九十四話 予定を知らせる前にも、知らせたあとにも、「やっぱりやめる」は残しておけました
翌朝、ノルンが家を出た時、空は昨日より明るかった。
薄い雲は残っているものの、その向こうから差し込む日差しは十分に強い。通りの端には昨夜わずかに降ったらしい雨の跡が残り、石畳の窪みにできた小さな水たまりが、朝の光を揺らしながら映していた。
日曜日の天気予報は、晴れ時々曇り。
降水確率は昨日より少し下がっている。
だからといって、美咲との予定に新しく何かを付け加える必要はなかった。
十四時に会う。
駅前の新しい店を見てみる。
混んでいたら、その時に別の場所を考える。
昨日のやり取りで、必要なことは十分に決まっている。
ノルンはスマートフォンを鞄へしまい、管理区域へ向かった。
途中、昨日も見た菓子店の前を通る。季節限定の焼き菓子はまだショーケースの中央に並んでいたが、今日は昨日より客が多く、開店したばかりだというのに二人が店内で商品を選んでいるのが見えた。
少し気になった。
けれど立ち止まらない。
日曜日に美咲と出かけるから、その時に買えばいいとも思わない。
今日欲しくなったら今日買えばいいし、日曜日に欲しくなったらその時に考えればいい。
そこまで考えたところで、ノルンは自分の思考に少しだけ呆れた。
最近、何かを決めることと決めないことについて考えすぎている気がする。
仕事柄、仕方がない部分もある。
それでも焼き菓子一つにまで制度論を持ち込む必要はない。
「……帰りに欲しかったら買いましょう」
小さく呟き、歩く速度を戻した。
◇
「おはよう」
「おはようございます」
管理区域へ入ると、主様は端末を操作しながら片手を上げた。
今日は紙資料の山も、甘い飲み物もない。いつもの机に、いつもの端末と筆記具だけが置かれている。
「今日は普通ですね」
「何が?」
「机です」
「僕の机に毎朝イベントを期待しないで」
「していません」
「昨日は紙、その前は飲み物だったから?」
「違います」
「じゃあ普通って言わなくてもよかったよね」
ノルンは返事をせず、自分の席へ着いた。
主様が少し笑っている。
いつもの朝だった。
世界状態に重大な変化なし。
緊急介入案件なし。
九人の誤転生者も、少なくとも夜間に世界破壊級の問題を起こしてはいない。
ルークは起床済み。朝食を取りながら、同じ生活区域にいる人物と本について話している。昨日記録した「僕は待ってる。でも普通に暮らしてる」について追加発言はなく、ミレイアの現在状態を尋ねてもいない。
現在名ルーク。
過去名についての新しい質問なし。
自動接続、位置相当感覚、名称反応の異常なし。
ミレイアはまだ自室にいる。
昨日、技術担当から届いた回答について、
『今日はいい』
と聞くことを見送っている。
回答が届いていることは本人も知っている。
だから今朝、エリスから「昨日は聞かなかったけれど今日はどうするか」と尋ねる必要はない。
フローラは慈善行事の準備を進めている。
受付補助希望は主催側に受理されたが、当日の配置は未定。衣装準備も終わり、必要な持ち物を使用人と確認している。
アーノルドから接触なし。
第二王女の参加予定にも変更なし。
美咲との約束は日曜日十四時。
駅前の新しい店を見てみる案あり。
混雑時は当日変更。
他の誤転生者にも緊急性のある変化なし。
ノルンは通常確認を終えた。
「第十二版?」
主様が聞いた。
ノルンは端末を閉じないまま、横目で見る。
「毎朝聞くのですか」
「三日くらい気になってるから」
「主様が読んでもいいのですよ」
「一人で?」
「資料ですから」
「ノルンがどこ気にするかも見たい」
「研究対象にしないでください」
「してないよ」
ノルンは昨日の研究記録を開く。
第一接続者の十三年間。
接続を考えなかった日があった。
前ほど気にならなくなった時期もあった。
夢に見て寂しくなったこともあった。
体調を崩し、自分のことでいっぱいだと話した時期もあった。
接続について一年間ほとんど言及しなかった年もある。
十三年目、反応候補を知らされても、即座には確認へ向かわなかった。
それでも、接続終了は希望しなかった。
後世の、
『十三年間待ち続けた』
という一文。
完全な虚偽とは言い切れない。
けれど、その一文だけを本人の十三年間そのものとして扱えば、多くのものが消える。
「今日は第十二版を読む前に、昨日の記録をもう一回見直します」
「まだ読むんだ」
「研究内容ではなく、自分の要約です」
「自分が要約で何か消してないか?」
「はい」
主様は少しだけ姿勢を正した。
「見つかったら?」
「直します」
「見つからなかったら?」
「そのままです」
「シンプル」
「当然でしょう」
ノルンは昨日作成した研究メモを、一行ずつ読み返した。
大きな誤りはない。
ただ、一か所だけ気になる。
『接続継続状態が十三年間維持され、本人が終了を希望しなかった』
事実としては合っている。
しかし、
『本人が終了を希望しなかった』
という表現だけでは、十三年間の全時点で積極的に「終了したくない」と考え続けていたようにも読める。
原記録上、本人が毎日そう確認していたわけではない。
むしろ一年目の終わりに、
『毎回、まだ待つかって聞かれるのは嫌』
と定期確認そのものを減らしている。
ノルンは文章を修正した。
『管理上の接続継続状態は十三年間維持された。本人から接続終了希望が提出された記録は確認できない。ただし、本人の終了意思を全期間にわたり継続的に再確認していたわけではない。』
「長くなった」
主様が言う。
「必要です」
「一覧には入らないね」
「研究メモですから」
「教材だったら?」
ノルンは少し考える。
「目的によります」
「逃げた」
「逃げていません」
「十三年間待った、の代わりに今の文章を新人に読ませる?」
「それだけでは不足します」
「もっと長くなる?」
「だから教材を作る人が苦労したのでしょう」
昨日、主様自身が言ったことだった。
主様も気づいたらしく、苦笑する。
「戻ってきた」
「はい」
ノルンは保存する。
そして今日は、そこで古い資料を閉じた。
「読まないの?」
「第十二版は午後にします」
「ついに読むんだ」
「予定です」
「予定」
「変更する可能性はあります」
「はいはい」
主様の返事を聞き流し、ノルンは通常業務へ戻った。
◇
午前の半ば。
セレナが試験運用中の一覧表示について、新しい案を持ってきた。
昨日の問題は単純だった。
意思表示に時刻を付ける。
すると担当者が、
『これは昨日の意思だから、今日も同じか確認しなければ』
と考え、本人へ再質問する。
古い意思を現在の意思として固定しないための表示が、逆に毎日の確認を生みかけた。
「一晩考えたんですけど」
セレナは椅子へ座り、端末をノルン側へ向けた。
「『最終確認時点』だけじゃ足りない気がします」
「理由は?」
「結局、古いって分かったら聞きたくなるからです」
「昨日と同じですね」
「はい。だから、状態と行動を分けました」
画面には試験用の一覧が表示されている。
『本人発言・最終確認時点』
『管理上の現在状態』
『次回行動』
三つの欄。
ノルンは黙って読む。
例一。
『本人発言・最終確認時点:説明不要(昨日)』
『管理上の現在状態:説明未実施』
『次回行動:本人から希望があるまで再提示なし』
例二。
『本人発言・最終確認時点:接触は保留したい(三日前)』
『管理上の現在状態:接触未決定』
『次回行動:定期再確認なし。本人発言または安全上必要時のみ確認』
例三。
『本人発言・最終確認時点:明日まで考えたい』
『管理上の現在状態:回答期限を本人が指定』
『次回行動:本人指定時点以降に必要最小限の確認可』
ノルンは三つ目で目を止める。
「フローラに似ていますね」
「実例は別の記録から作りました。フローラさんの個別内容は使ってません」
「分かりました」
「似た構造だけです」
「はい」
セレナは少し安心したように息を吐く。
「どうです?」
「分かりやすくなっています」
「採用?」
「まだです」
「ですよね」
「ただ、昨日より良いと思います」
「お」
セレナの顔が少し明るくなる。
ノルンはもう一度画面を見る。
「問題もあります」
「はい」
「『次回行動』が強すぎる可能性があります」
「どういう意味です?」
「担当者が、書かれた行動だけを正解だと思うかもしれません」
「ああ……」
「本人から別の発言があっても、一覧の行動を優先する可能性があります」
「じゃあ『予定』?」
「それでも似ています」
「『現在の対応方針』?」
「少し良いですね」
セレナが文字を書き換える。
『現在の対応方針』
ノルンはその表示を見る。
「それと、方針の根拠が必要です」
「根拠?」
「本人の希望なのか、安全上の必要なのか、期限があるのか、管理側判断なのか」
「そこまで一覧に入れたら、一覧じゃなくなりません?」
「そうですね」
二人で画面を見たまま黙る。
一覧を詳しくすれば、詳細記録に近づく。
短くすれば、意味が削れる。
完全な解決はない。
「詳細参照で逃げる?」
セレナが言った。
「逃げるという表現はどうかと思いますが、必要でしょう」
「じゃあ、方針の横に小さい印を付けて、押したら根拠だけ出る」
「全文ではなく?」
「最初の一段階だけ。もっと必要なら詳細記録」
ノルンは頷く。
「試験する価値はあります」
「十件くらい?」
「まずは五件で」
「少ない」
「昨日、表示を変えただけで再質問が増えました」
「……そうでした」
「小さく試します」
「了解です」
セレナは端末を自分側へ戻した。
席を立つ前に、ふと思い出したように振り返る。
「ノルンさん」
「はい」
「一覧って、便利にするために作ってるんですよね」
「そうです」
「なのに最近、一覧を作る方が大変です」
「使う人全員が毎回原記録を読むよりは軽いでしょう」
「そうなんですけど」
セレナは少し笑う。
「便利って、作る側が楽って意味じゃないんですね」
「場合によります」
「また場合による」
「何でも一つにしないでください」
「はーい」
セレナが去っていく。
ノルンはその背中を見送りながら、午前中に修正した第一接続者の研究メモを思い出した。
要約は必要だ。
短くすることも必要だ。
だからこそ、短くした結果を原文そのものにしない。
今の一覧試験は、古い教材研究とは別の仕事である。
けれど、古い資料を読んだから見える危険もあった。
そこまで考え、ノルンは思考を切り替えた。
過去を現在へ当てはめすぎない。
参考にすることと、同じ話にすることは違う。
◇
昼を少し過ぎた頃。
ミレイアは母親と昼食を終え、自室へ戻っていた。
窓は半分開けられている。
庭から入る風が薄いカーテンを揺らし、机の上に置かれた紙の端を時々持ち上げていた。
昨日途中まで進めた刺繍は、今日はまだ手を付けていない。
代わりに本を開いていたものの、同じ頁をしばらく見たままになっている。
エリスは部屋の端にいる。
話しかけない。
昨日、
『確認してもいいですか?』
とミレイアが頼んだ内容には、すでに回答が届いている。
そのことも伝えてある。
そして昨日、本人は、
『今日はいい』
と答えた。
だから今日は、本人が何も言わなければ何も聞かない。
しばらくして、ミレイアが頁をめくった。
さらに数分。
今度は本を閉じる。
『エリス』
『はい』
『昨日の』
そこまで言って、ミレイアは一度口を閉じた。
エリスは続きを待つ。
『答え来てるって言ってたやつ』
『はい』
『今、聞いてもいい?』
『もちろんです』
ミレイアは椅子の背へ少し体を預ける。
『長い?』
『少し説明が必要です』
『……じゃあ、ゆっくりお願い』
『分かりました』
エリスは回答をそのまま読み上げるのではなく、まずミレイアが何を確認したかったのかを取り違えないよう、短く確かめた。
『あなたが将来、接続すると決めた場合でも、実施前に撤回できること。それから、ルークへ実施予定を伝える時期をできるだけ遅くできるか。この二点について確認しました』
『うん』
『まず、接続すると決めた後でも、実施前にやめることはできます。以前お伝えした通り、回数によって撤回できなくなることもありません』
ミレイアの肩から、わずかに力が抜ける。
ただ、まだ続きを待っている。
『次に、ルークへ予定を伝える時期です。管理側だけで技術準備を進め、あなたの意思がある程度固まるまで、ルークへ具体的な実施予定を伝えない方法は可能です』
『……できるんだ』
『はい。ただし、条件があります』
ミレイアの指が膝の上で少し動いた。
『何?』
『あなたが最終的に「今日ならできる」と思った瞬間に、何も知らないルークへ突然接続することはしません』
『どうして?』
『ルークにも、接続を受けるかどうかを選ぶ時間が必要だからです』
ミレイアは目を瞬く。
しばらく何も言わなかった。
『……あ』
小さな声が落ちる。
『そっか』
『はい』
『私だけじゃないんだ』
エリスはその言葉を否定も補足もしない。
ミレイアは視線を落とし、膝の上の自分の手を見る。
『私が聞く方だから、私が決めたら始まるのかと思ってた』
『あなたの同意は必要です。でも、ルーク側の意思も必要です』
『ルークが嫌って言うこともある?』
『あります』
エリスは曖昧にしなかった。
『あなたが接続したいと決めた時に、ルークが接続したくない、今は受けられない、もう少し考えたいと答える可能性はあります』
ミレイアの表情が少し変わる。
傷ついた、とはまだ言えない。
驚きと、戸惑いと、何かを考え直すような沈黙が重なる。
『……それ、ちょっと怖い』
『はい』
『私がやっと決めたのに、嫌って言われたら』
そこで言葉が途切れる。
エリスは急いで安心させない。
『嫌かもしれない』
『そうですね』
『でも』
ミレイアは一度息を吸う。
『ルークも決めていいんだよね』
『はい』
『私が何回でもやめていいなら』
もう一度、間が空く。
『ルークも、やめていいんだ』
『はい』
ミレイアは窓の方を見る。
風でカーテンが膨らみ、ゆっくり戻る。
『……それなら、仕方ない』
声にはまだ少し複雑なものが残っていた。
『平気?』
エリスは聞かない。
本人が今感じているものを、一つの感情へまとめる必要はない。
ミレイア自身が続けた。
『嫌じゃないって意味じゃないよ』
『はい』
『断られたら、たぶん嫌』
『はい』
『でも、断っちゃ駄目ってしたくない』
『分かりました』
ミレイアはしばらく黙り、やがて昨日から最も気にしていた部分へ戻る。
『じゃあ、いつ言うの?』
『そこは一つの案があります』
『案?』
『あなたが接続を希望した時点で、すぐ日時まで決めるのではなく、まずルークへ「短い接続の提案を受け取るか」を確認します』
『私の名前を言う?』
『そこも、あなたと確認します』
『言わないこともできる?』
『技術上、最終的には接続相手をルークが理解した上で同意する必要があります。ただ、どの段階でどこまで伝えるかは調整できます』
ミレイアの眉が少し寄る。
『分からない』
『順番に説明します』
『うん』
エリスは急がない。
『例えば、あなたが将来「接続を考えたい」ではなく、「実際に短い接続をしてもいい」と決めたとします』
『うん』
『その時点で、管理側からルークへ接続の提案があることを伝えます。ただし、あなたが希望するなら、最初からあなたの迷っていた期間や、怖さの記録や、これまで何度考えたかまでは伝えません』
『それは言わないでほしい』
『分かりました。現時点の希望として記録できます』
『でも、私だってことは?』
『実際にルークが受けるかどうかを決める前には伝える必要があります』
『……そっか』
『ルークが「ミレイアとの接続なら受けたい」と言う可能性も、「今は受けない」と言う可能性もあります』
『うん』
『ルークが受けると決めても、その時点で接続が確定するわけではありません』
ミレイアが顔を上げる。
『え?』
『その回答を受けた後、もう一度あなたに実施意思を確認します』
『私に?』
『はい』
『そこでやめてもいい?』
『いいです』
ミレイアの目が少し大きくなる。
『ルークがやるって言ったあとでも?』
『はい』
『……待たせることになるよ』
『その可能性はあります』
『悪くない?』
『ルークには、接続提案を受ける段階で、相手側が最終的に撤回する可能性があることを説明できます』
『最初から?』
『はい』
『「やるって決まった」じゃなくて?』
『「接続の可能性について確認している」と伝える方法があります』
ミレイアはその言葉を何度か頭の中で確かめているようだった。
『可能性』
『はい』
『決まったじゃなくて』
『はい』
『私がやめるかもしれないって、先に知ってる』
『はい』
ミレイアは胸の前で両手を組む。
『じゃあ……やめた時、嘘ついたことにならない?』
『なりません』
『一回やるって決めたのに?』
『その時点では実施したいと思っていた。その後、実施前に気持ちが変わった。それを嘘とは扱いません』
『ルークにもそう言う?』
『必要なら、接続提案を伝える際に「双方とも実施直前まで撤回可能」と説明します』
『双方とも』
『はい』
ミレイアはその言葉に、少しだけ長く留まった。
自分だけが迷う側ではない。
自分だけが決める側でもない。
ルークも受けるか決める。
ルークもやめられる。
自分もやめられる。
そして、どちらかが一度「やる」と言ったからといって、その後の撤回権がなくなるわけではない。
『……それなら』
ミレイアが言う。
声はまだ慎重だった。
『前より、ちょっと分かる』
『何がですか』
『どうやってやるのか』
『はい』
『今まで、聞くって決めたら、そのまま始まる感じがしてた』
ミレイアは胸元へ手を置く。
『だから決めるのが怖かったのかも』
エリスはそこで「では恐怖が減りましたね」とは言わない。
本人自身も「かも」と言っている。
『今は?』
と尋ねることもしない。
ミレイアはしばらく黙っていたが、やがてエリスの方を見る。
『怖さ、聞かないの?』
『今日は測りたいですか?』
『……ううん』
『では聞きません』
ミレイアの口元がほんの少し緩んだ。
『聞きたいかも、も?』
『確認しません』
『そっか』
また少し沈黙する。
『でも、消さないでね』
『以前の「聞いてみたいかもしれない」という記録ですか?』
『うん』
『消しません』
『今日、言わなかったからって』
『はい』
ミレイアは背もたれへ体を預けた。
窓から入った風が、机の上の紙をまた一枚だけ浮かせる。
『じゃあ今日は、それでいい』
『分かりました』
『接続するって決めたわけじゃないよ』
『はい』
『ルークに言わないで』
『共有しません』
『……あと』
ミレイアは少し迷う。
『もし、いつか本当に言うことになったら』
『はい』
『「ミレイアがずっと会いたがってました」とか、言わないで』
エリスは静かに頷く。
『分かりました』
『私、ずっとじゃないから』
『はい』
『聞きたくない日もあったし』
『はい』
『考えたくない日もあった』
『はい』
『今だって、まだ決めてない』
『その通り記録します』
ミレイアは一度唇を結び、少し考えてから続けた。
『もし言うなら……その時の私が決めたことだけ』
『以前確認した希望と同じですね』
『うん』
『維持しますか?』
『する』
『分かりました』
それで会話は終わった。
ミレイアはすぐに刺繍へ戻らず、しばらく窓の外を見ていた。
表情は穏やかとも、不安とも言い切れない。
ただ、昨日まで輪郭のなかった「もし接続するなら、その前後に何が起きるのか」が、少しだけ具体的になった。
それは接続へ進んだことと同じではない。
今日も第二接続は未決定だった。
◇
エリスから報告を受けたノルンは、ミレイアの記録を慎重に更新した。
『次回接続:未決定』
一覧は変えない。
詳細記録。
『将来接続を希望した場合の手順説明を本人希望により実施。双方に接続受諾・保留・撤回の権利があること、相手側受諾後も実施前撤回可能であることを説明。本人は手順について「前より、ちょっと分かる」と発言。接続希望・実施同意の表明ではない。』
『恐怖値・接続希望強度は本人が測定を希望せず、未確認。』
『既存発言「聞いてみたいかもしれない」は本人希望により保持。現在意思へ自動更新しない。』
『将来ルークへ接続提案を共有する場合、「ずっと会いたがっていた」等、過去の迷いを単一の継続希望へ要約する表現を希望しない。その時点で本人が共有を決めた内容のみ伝達希望。』
ノルンは最後の一文を入力したところで、指を止めた。
昨日まで調べていた第一接続者。
『十三年間待ち続けた』
ミレイア。
『ずっと会いたがってました、とか言わないで』
似た問題が目の前に現れたように見える。
しかしノルンは、二つを同じ記録へ結びつけない。
第一接続者の後世記録を見たからミレイアがそう言ったわけではない。
ミレイアは古い教材を知らない。
彼女自身の経験から、自分の迷いを「ずっと会いたかった」という一つの物語にされたくないと望んだ。
それだけだ。
「主様」
「うん?」
「今、何か言おうとしましたか」
「してない」
「顔が」
「ノルンも似てると思ったでしょ」
「思いました」
「言うんだ」
「似ていること自体を否定する必要はありません」
「でも一緒にはしない」
「はい」
主様は椅子の背にもたれる。
「難しいね」
「最近そればかりですね」
「だって難しいんだもん」
「否定はしません」
ノルンは記録を保存する。
今日のミレイアの会話で、もう一つ確認すべきことが生まれた。
ルークへ将来接続提案をする場合。
どの段階でミレイアの名前を伝えるか。
どこまで内容を伝えるか。
ルーク側にどれくらい考える時間を確保するか。
その回答をミレイアへ戻した後、どの程度の時間を置くか。
双方が撤回可能であることを、どう伝えるか。
技術的には可能でも、運用手順としてはまだ粗い。
しかし今日、それを全部決める必要はない。
第二接続そのものが未決定なのだから。
◇
午後。
フローラは慈善行事当日に使う小さな鞄を選んでいた。
華美なものは避ける。
かといって、使用人が最初に持ってきた実用一辺倒の鞄では礼装に合わない。
寝室に隣接する衣装室では、侍女が三つの候補を並べていた。
『こちらでしたら手袋とハンカチ、簡単な筆記具も入ります』
『こっちは?』
『少し小さいですね。見た目は一番合うと思いますが』
『当日、資料も持つ?』
『主催側からは、参加者証は首から下げる形式と聞いております。会場図は折り畳めば入ります』
フローラは二つの鞄を見比べる。
以前なら、こういう場へ出る時には「最もふさわしいもの」を選ぼうとした。
王太子妃候補としてどう見えるか。
公爵令嬢として失礼がないか。
誰の隣に立っても見劣りしないか。
けれど今回は、少し違う。
『物を仕分ける時、邪魔にならないのは?』
『肩から掛けられるこちらでしょうか』
『じゃあ、それにする』
侍女が少しだけ目を瞬く。
最も装飾の少ない候補だった。
『よろしいのですか?』
『変?』
『いいえ。ただ、以前のお嬢様でしたら、こちらをお選びになるかと思いまして』
侍女が示したのは、刺繍の美しい小型の鞄だった。
フローラはそれを見る。
確かに好きだ。
今でも、見た目だけなら一番好きだと思う。
『それも可愛いよ』
『では』
『でも今回は、こっち』
肩掛けできる方を手に取る。
『動くんでしょう?』
『はい』
『だったら、手が空く方がいい』
侍女はすぐに頷いた。
『かしこまりました』
そこへ母親が入ってくる。
『決まった?』
『うん。これ』
『似合いそうね』
『一番地味だけど』
『あなたが選んだ理由があるのでしょう?』
『手が空くから』
『それなら十分ね』
母親は、それ以上何も言わなかった。
王太子と会わないための服装。
王族にどう見られるかを気にしない服装。
そういう意味を付けることもしない。
ただ、慈善行事へ行き、何かを手伝うために選んだ鞄。
それで終わる。
フローラは肩紐の長さを侍女に調整してもらいながら、少しだけ笑った。
『受付じゃなかったらどうしよう』
『当日配置ですものね』
母親が答える。
『うん』
『別の仕事になったら嫌?』
フローラは少し考える。
『……ちょっと残念かも』
『そう』
『でも、行くのやめるほどじゃない』
『分かったわ』
『受付、やってみたいけどね』
その声には、以前のような「失敗してはいけない」という硬さだけではなく、初めてのことへ向かう小さな期待が混ざっていた。
参加を決めた時にもなかった種類の感情だった。
◇
午後の研究枠になっても、ノルンはすぐに第十二版を開かなかった。
まず通常業務の残りを終える。
ミレイアの技術確認について、追加手順は保留。
セレナの一覧試験は五件に限定。
フローラの慈善行事準備に問題なし。
ルークは昼食後、屋外で少し過ごしてから生活区域へ戻っている。
新しい質問なし。
時間を見る。
研究枠は十分残っている。
「読む?」
主様が聞く。
「読みます」
「やっと」
「大げさです」
ノルンは第十二版を検索する。
発行時期。
第十一版からさらに十数年後。
目的。
『教育体系統合に伴う標準教材全面改訂』
最初の頁から読む。
旧版との変更一覧。
用語統一。
図表更新。
初学者向け事例の再配置。
上級課程へ移管されていた一部の歴史資料を、別冊参照資料へ再編。
第一接続者事例。
残っている。
しかし見出しが変わっていた。
第十一版。
『長期的相互接続の代表例――第一接続者と第七外在個体』
第十二版。
『長期相互接続モデル――第一接続者事例』
「モデル」
主様が読む。
「はい」
「成功事例じゃなくて?」
「モデルです」
本文。
『第一接続者事例は、長期間の接続断絶を経ながらも双方が関係継続意思を保持し、再接続へ至った長期相互接続の標準的モデルである。』
ノルンの視線が止まる。
双方が関係継続意思を保持。
昨日確認した原記録では、
『接続者側は継続意思を保持。外在反応側の継続意思は確認不能。』
だった。
後世で、
『互いに待ち続けた』
へ変わった。
そして第十二版では、
『双方が関係継続意思を保持』
が、モデルの前提になっている。
「また強くなった?」
主様が尋ねる。
「表現上は」
「新しい証拠?」
「今のところ引用されていません」
ノルンは脚注を見る。
原記録への直接参照なし。
第十一版。
長期相互接続研究総覧。
標準分類集。
つまり、第十二版の第一接続者事例は、原記録ではなく、すでに整理された後世資料を主に参照している。
「元まで戻ってない」
「少なくとも引用上は」
さらに読む。
十三年間について。
『双方は十三年間、直接的な双方向応答を成立させない状態にありながら、関係終了を選択しなかった。』
ノルンは眉を寄せる。
「外在側が関係終了を選択しなかった証拠は?」
「確認します」
参照先。
第十一版。
そこでは、
『十三年間にわたり互いの再接続を待ち続けた』
とされている。
その文章が根拠になっている。
新しい原記録はない。
「前の本にそう書いてあったから」
「次の本では事実として使われています」
「第十一版を書いた人は、もっと前の資料を簡単にした」
「はい」
「第十二版を書いた人は、第十一版を資料にした」
「そう見えます」
「じゃあ、第十二版の人からしたら、勝手に作ったわけじゃない」
「はい」
ノルンは改訂会議の記録を探す。
残っている。
『第一接続者事例の位置付けについて』
『旧版では歴史事例として扱われているが、現行運用における長期相互接続の基本原則と一致するため、標準モデルとして再配置する。』
反対意見。
『歴史事例は現行制度成立以前のものであり、現行モデルとして扱う場合は制度差を明示すべき。』
回答。
『初学者段階で制度史を詳細に扱う必要性は低い。差異は別冊参照資料へ移管する。』
別の意見。
『外在側意思の確認手法が現行基準を満たしていない。』
回答。
『後続研究において相互継続意思事例として一貫して分類されているため、教育上の扱いに支障なし。』
ノルンはそこを二度読む。
「後続研究で一貫してるから」
主様が言う。
「はい」
「でも後続研究の元は?」
「さらに前の教育・分類資料です」
「ぐるぐるしてない?」
「循環している可能性があります」
原記録。
外在側継続意思は確認不能。
後世の研修要約。
双方が継続を望む事例。
教材。
互いに待ち続けた。
後続研究。
長期相互接続の代表例。
さらに後の教材。
後続研究で相互継続意思事例として一貫して分類されている。
だから標準モデル。
「これ」
主様の声から冗談が消える。
「今の検索で『第一接続者 相互接続』って調べたら、第十二版が上に出る?」
「確認します」
検索。
出た。
第十二版の標準モデル。
後続の研修資料。
要約データ。
原記録はかなり下。
「……そういうことか」
主様が呟く。
「何がですか」
「今の人が普通に調べたら、最初から『双方が待ってた事例』として出会うんだ」
「可能性は高いですね」
「原記録まで行かないと、確認不能だったって分からない」
「はい」
ノルンは第十二版の続きを読む。
さらに気になる一文がある。
『本モデルでは、長期中断期間中も双方の関係意思が維持されたことが再接続成功の主要因と考えられる。』
「主要因?」
ノルンが小さく声に出す。
原記録では、十三年間待ったから再接続できたとは証明されていない。
観測密度を上げなかった。
相手へ呼びかけを増やさなかった。
名前を付けなかった。
不確かな反応へ毎回答えなかった。
それらが安全上重要だった可能性はある。
しかし、
『双方の関係意思が維持されたから再接続に成功した』
という因果関係は、少なくとも今まで読んだ原記録にはない。
改訂会議。
『「主要因」の表現は因果を強く示しすぎるのではないか』
という意見が残っている。
回答。
『教育上、長期接続における意思尊重の重要性を示す必要がある。』
採用。
ノルンは画面を見たまま、しばらく動かなかった。
「目的はいいんだよね」
主様が言う。
「双方の意思を尊重すること自体は」
「でも、その大事さを教えるために、昔の人がそうだったことにした?」
「そこまで意図的だったとは断定できません」
「うん」
「第十一版や後続研究ですでに、相互継続意思事例として扱われています。第十二版編集者は、それを事実として受け取っていた可能性があります」
「悪い人いない」
「今のところは」
「なのに話が変わってる」
「はい」
ノルンは一度画面を閉じた。
第十二版はまだ途中だ。
全てを今日読む必要はない。
時計を見る。
研究枠も終わりに近い。
「今日はここまでにします」
「途中だけど?」
「はい」
「気にならない?」
「気になります」
「じゃあ読む?」
「明日でも資料は消えません」
「第一接続者みたい」
ノルンの手が止まる。
主様も、自分で言ってから「あ」と顔をした。
「ごめん」
「何がですか」
「今の、繋げた」
「そうですね」
「十三年待った人も、反応候補に『あとで』って」
「はい」
「ノルンも資料に『明日』って」
「私は研究資料を読んでいるだけです」
「全然違う」
「はい」
「似てるだけ」
「はい」
主様は素直に頷いた。
「気をつける」
ノルンは少しだけ意外に思った。
普段なら、もう一つくらい冗談を重ねるところだ。
「ありがとうございます」
「素直」
「今ので台無しです」
「ごめんって」
ノルンは小さく息を吐き、第十二版の閲覧位置を保存した。
◇
終業前。
セレナの五件試験はまだ結果待ち。
ミレイアは午後、回答を聞いた後に接続関連の追加発言なし。
刺繍を進め、母親と短く話し、夕方には庭を散歩している。
ルークは本を読み終え、次に読むものを選んでいる。
ミレイアについて問い合わせなし。
フローラは鞄を決め、当日の持ち物準備をほぼ終えた。
アーノルドから接触なし。
第二王女の予定変更なし。
他の誤転生者も、それぞれの生活を続けている。
ノルンは最後に、自分の研究メモへ第十二版の途中経過を残した。
『第12版にて第一接続者事例は「歴史事例」から「長期相互接続モデル」へ再配置。』
『本文は「双方が関係継続意思を保持」「双方は十三年間、関係終了を選択しなかった」と記載。現時点で新規の外在側主観原記録は確認できず、第11版および後続分類研究を主に参照。』
『改訂会議では、外在側意思確認手法が現行基準を満たさないとの指摘あり。後続研究で相互継続意思事例として一貫分類されていることを理由に現行モデル化。』
『「双方の関係意思維持が再接続成功の主要因」とする因果表現あり。因果を強く示しすぎるとの異論があったが、意思尊重教育上の必要性を理由に採用。』
『原記録→後世要約→教材→後続研究→後続研究を根拠とする教材、という参照循環の可能性あり。要追加確認。』
『第12版読了せず。続きは後日。』
保存する。
今日はそれで終わりだった。
◇
帰宅途中、ノルンは朝に通り過ぎた菓子店の前で足を止めた。
季節限定の焼き菓子は、朝より数が減っている。
売り切れてはいない。
店内も空いていた。
ノルンはショーケースを見る。
朝は欲しいかどうか分からなかった。
今は少し食べたい。
だから店へ入った。
「一つください」
店員へ頼み、包んでもらう。
二つではない。
日曜日の分を今から買う必要はない。
明日の分もいらない。
今日食べたい一つだけ。
店を出ると、スマートフォンが震えた。
美咲からだった。
『例の店、日曜そこまで混まないっぽい! 友達が今日行ったって』
ノルンは包みを片手に持ちながら返信する。
『それなら入りやすそうですね。楽しみです』
送る。
少しして、
『私も楽しみー』
と返ってきた。
ノルンは画面を見て、自然に笑った。
これは双方が楽しみにしている。
少なくとも今、このやり取りの中では、二人とも自分の言葉でそう言っている。
だからといって、日曜日までずっと同じ強さで楽しみにしていなければならないわけではない。
明日は仕事に集中して、美咲との予定を一度も思い出さないかもしれない。
美咲だって同じだろう。
それでも今の、
『楽しみ』
が嘘になるわけではない。
そこまで考えて、ノルンは足を止めかける。
また仕事の話へ寄せている。
「……今日は焼き菓子を食べましょう」
自分に言い聞かせ、歩き出した。
◇
その夜。
ノルンが焼き菓子と温かい飲み物を用意している頃、ミレイアは自室のベッドに腰掛けていた。
昼間に聞いた説明を、ずっと考えていたわけではない。
夕方には母親と庭を歩いた。
使用人が持ってきた新しい刺繍糸を選んだ。
夕食では父親が仕事の話を少しだけして、母親に「食事中くらい仕事を置いてきなさい」と注意されているのを聞いて笑った。
それから部屋へ戻った。
寝る準備をしている途中で、ふと昼の会話を思い出した。
自分が決める。
ルークも決める。
どちらもやめられる。
ルークが「やる」と言った後でも、自分はやめられる。
自分が「やる」と言った後でも、ルークはやめられる。
それは少し怖い。
自分がようやく勇気を出した日に、ルークから「今は嫌だ」と言われたら、きっと傷つく。
その想像をすると胸の奥が少し重くなる。
でも。
自分が断る権利だけ欲しくて、ルークには断らないでほしいと言うのは、何か違う気もした。
ミレイアは枕を整え、横になる。
目を閉じる。
以前、一度だけ届いた声。
『……こんにちは』
思い出しても、前のように胸が強く締め付けられることはない。
だから聞きたい。
そう決めるところまでは、まだ行かない。
今日も決めなかった。
でも今日、決めなかった理由は、昨日までと少し違う気がした。
怖くて何も分からないからではない。
少なくとも、始まるまでに何が起こるのかを少し知った上で、まだ決めていない。
ミレイアは薄暗い天井を見つめる。
「……まだでいい」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
その声は管理側へ届かない。
記録にも残らない。
それでよかった。
本人が自分の部屋で、自分のためだけに言った言葉まで、すべて記録される必要はない。
◇
翌日に持ち越されたものは、いくつもあった。
第十二版の続き。
参照循環がどこまで後世の資料へ広がっているのか。
セレナの新しい一覧表示試験。
ミレイアが今後、第二接続を実際に望むのか。
望んだ場合、ルークへ何を、いつ、どのように伝えるのか。
ルークがその提案を受けるのか。
フローラが慈善行事でどの役割を任されるのか。
日曜日、駅前の店が本当に空いているのか。
どれもまだ答えは出ていない。
けれど、今日一日で何も進まなかったわけでもなかった。
ミレイアは、接続を決めた後にもやめられると知った。
それだけではなく、ルークにも同じ権利があると知った。
そして、自分が一度「やる」と言ったことを理由に、最後まで実行する義務が生まれるわけではないと確認した。
過去の記録では、一つの選択が十三年間ずっと同じ気持ちだったかのように語られていた。
今の管理側では、少なくとも同じことをしないための余地を残そうとしている。
ただし、それで今の制度が正しいと決まったわけでもない。
一覧表示を一つ変えれば、別の問題が生まれる。
相手への配慮を増やせば、今度は別の相手へ判断を迫る可能性が出る。
撤回しやすくすれば、待つ側へ何を伝えるかが問題になる。
何かを守れば、別の何かとの間に調整が必要になる。
だから、完成した制度などまだない。
ノルンもそれを知っている。
ミレイアも、ルークも、フローラも、第一接続者も、それぞれ違う。
似た言葉を使っていても、同じ気持ちとは限らない。
同じ「待つ」でも。
同じ「会いたい」でも。
同じ「やる」でも。
その後で変わっていい。
そして変わったからといって、その前に言った言葉まで嘘になるわけではない。
少なくとも今夜のミレイアは、まだ第二接続を決めていなかった。
それでも以前より少しだけ、決めた後にも自分の意思が残ることを知っていた。
接続の扉を開ける鍵を一度手に取ったら、必ず開けなければならないわけではない。
手に取って。
考えて。
置いて。
また必要なら手に取る。
そのたびに、選び直せる。
扉の向こうにいる相手にも、同じように選ぶ時間がある。
今はまだ、それだけでよかった。




