第百二十八話 検索した言葉は、その人の答えではありません
翌朝、ノルンが管理室へ入ると、窓の向こうには薄い雲が広がっていた。
雨の気配はなく、庭の石畳も乾いている。日差しこそ弱いものの空は明るく、開けられた換気窓から入る風には、前日まで残っていた湿った冷たさがほとんどなかった。
「おはよう、ノルン」
「おはようございます」
主様はすでに自分の席へ座り、何かの画面を眺めていた。
ノルンが上着を掛けて机へ向かうと、主様は画面を閉じることなく椅子ごと少しだけ振り返る。
「昨日の『第一接続者 α』、気になる?」
「気にはなります」
「やっぱり」
「ただし、先に現在の確認です」
「それもやっぱり」
主様は笑いながら正面へ戻った。
昨日の終業間際に見つけた検索記録は、確かに気になっている。けれど、気になるからといって朝一番に過去へ飛び込む理由にはならない。
ノルンは端末を起動し、現在の観測状況から確認した。
◇
低強度識別不能反応に、新しい通知対象事象はなかった。
三件。
その数は変わっていない。
閾値未満の新規変動もなし。
観測密度は通常。
発生源、対象、意味、意図、同一源かどうか、音声・言語性、既知分類との関係はいずれも未確認のまま。
ノルンはそれぞれの項目を確認し、現在の管理判断にも変更がないことを確かめた。
人物通知なし。
観測密度増加なし。
暫定分類なし。
新しい証拠が得られた場合のみ再評価。
「今日も三件?」
主様が尋ねる。
「はい」
「増えてない」
「はい」
「止まったとは言わない」
「はい」
「三回目だから覚えた」
「回数で数えなくても大丈夫ですよ」
「せっかく覚えたのに」
主様が不満そうに言うので、ノルンは小さく笑った。
同じ注意を毎朝繰り返す必要はない。主様自身が区別できているなら、それで十分だった。
◇
セレナの表示試験は、朝から少し違う形になっていた。
昨日までは『確認できること』と『確認できないこと』を左右へ並べていたが、今日は上下配置の案も用意している。
上段。
『現時点で確認できること』
下段。
『現時点で確認できないこと』
そして最下部。
『新しい証拠が得られた場合は再評価する。』
「左右だと、同じ高さにある項目同士を対応して読む人がいるかもしれないと思って」
セレナが説明する。
「例えば?」
「左に『三件の低強度反応』、右に『同一源か確認できない』が並ぶと、『三件が同じかどうかを調べている画面』だって強く思う人がいるかもしれない」
「実際にその誤読がありましたか?」
「まだ確認されてない。だから、これは私の予想」
セレナはそこを明確に分けた。
「でも、昨日ノルンが配置も意味になるって言ってたから、先に比べてみようかなって」
「私は歴史資料でそういう事例を確認しただけです。現在の画面でも同じ問題が起きるとは限りません」
「うん。だから試す」
ノルンは頷いた。
過去に問題が起きたから、現在でも必ず起きる。
そう考えれば、それもまた過去に現在を引っ張られることになる。
試して、見る。
それでよかった。
◇
午前のルークは、窓辺の机で果物の本を読んでいた。
昨日まで見ていた黄色い果実とは別の頁で手が止まっている。そこに載っていたのは、表面に細かな突起のある赤紫色の実だった。
「これ食べられるの?」
担当職員へ本を向ける。
「食べられるって書いてあるな」
「見たことある?」
「ない」
「僕も」
ルークは説明文を読み直した。
果肉は酸味が強く、砂糖煮や焼き菓子に使われることが多いらしい。
「酸っぱいのか」
「苦手?」
「分かんない。食べたことないから」
その答えに、担当職員は少しだけ笑った。
「じゃあ、見つけたら試してみる?」
「売ってたらね」
「覚えておくよ」
「リンガも忘れないでね」
「増えたな、覚えること」
ルークは楽しそうに笑い、本を自分の方へ戻した。
知らないものがある。
それを、知らないまま怖がるのでも、全部すぐ確かめようとするのでもない。
いつか機会があれば試してみたい。
その程度の未来が、彼の生活の中に少しずつ増えていた。
◇
通常業務を終えたノルンは、昨日見つけた資料を開いた。
『FC-set運用評価・第一回』
特徴比較集合の正式運用開始から、およそ半年後。
集合は七つ。
α、β、γ、δ、ε、ζ、η。
各集合は固定された分類ではなく、比較目的に応じて記録が追加・除外される。
同じ記録が複数集合へ所属することもある。
その中で、αの参照回数だけが突出していた。
理由。
『第一接続事例関連記録、ref7関連記録、短時間分類変更記録、初期外在反応研究で頻繁に参照される記録を複数含むため。』
「ここまでは昨日見たね」
「はい」
ノルンはその下へ進む。
検索利用状況。
『第一接続者 α』
十一回。
『ref7 α』
二十八回。
『G α』
二十一回。
『名称様音列 α』
十七回。
『自己識別 α』
九回。
さらに、
『第一接続者 ref7 α』
六回。
「増えた」
「検索語の組み合わせが、ですね」
主様は画面を眺めながら眉を寄せる。
「これだけ見ると、全部つながってるように見える」
「だから、検索語だけで結論を出してはいけません」
「何を探してたか分かる?」
「利用目的の記録が残っていれば」
ノルンは詳細を開いた。
◇
十一回の『第一接続者 α』検索は、匿名化された利用記録上、六つの利用セッションに分かれていた。
一人が複数回検索した場合があるため、十一人が検索したわけではない。
「もう一個減った」
「何がです?」
「十一人がそう思ってた、じゃない」
「そもそも『そう思っていた』も確認されていません」
「はい」
六セッションのうち、三つには閲覧後の参照資料が記録されていた。
一件目。
第一接続者の生活支援記録から、同時期の外在反応研究へ移動。
その後、α構成記録一覧を閲覧。
終了。
二件目。
教育資料から『第一接続者と継続反応』の旧見出しを検索。
α構成記録一覧へ移動。
その後、『対象関係未確認』の注意資料を閲覧。
三件目。
ref7の年代別記録を確認した後、『第一接続者 α』で検索。
αに含まれる第一接続事例関連記録の範囲を確認。
その後、別の比較集合βへ移動。
「これだけじゃ、同じ相手だと思ってたか分からない」
「はい」
むしろ二件目は、『対象関係未確認』の資料まで開いている。
誤解を確認するために検索した可能性もあれば、最初に誤解していて訂正された可能性もある。
閲覧履歴だけでは、頭の中までは分からない。
◇
残る三セッションには、閲覧後アンケートが残っていた。
一人目。
『第一接続者とαの関係を確認するため検索した。αが当時の外在反応をまとめた集合だと理解したが、第一接続者との直接関係は確認されていない。』
二人目。
『研修で聞いた「第一接続者の相手」がαに該当するのか確認したかった。資料上はそのように確定されていなかった。』
主様が画面へ顔を近づけた。
「相手」
「はい」
「この人、研修で聞いたって」
「そう書いています」
「じゃあ講師が言った?」
「そこまでは分かりません」
ノルンはすぐに止めた。
『研修で聞いた』には幅がある。
講師の正式説明。
講師の口頭言い換え。
質疑応答。
同席者の発言。
研修前後の雑談。
本人が研修内容を後からそう記憶した可能性。
以前確認した講師補助資料では、『互い』『相手』『すれ違い』といった一般語への置換が実際に一部で起きていた。
しかし、この検索者がどの研修を受け、誰からどの表現を聞いたのかは、この記録だけでは分からない。
「でも、『第一接続者の相手』って理解が、この人の中には一回あった?」
「検索時点では、その言葉を使っています」
「で、調べたら確定してなかった」
「そうですね」
結果として、この人は資料上の未確認へ戻っている。
それも重要だった。
◇
三人目。
『第一接続者関連の古い反応を探すため。「α」が人物を指すとは理解していない。』
短い回答だった。
「これははっきりしてる」
「はい」
「じゃあ六セッションのうち、少なくとも一人は最初から人物だと思ってない。一人は『相手』か確認して違ったって分かった。一人は直接関係未確認って理解してる」
「残る三セッションは閲覧行動しか分からないので、理解状態は判定できません」
「十一回って数字だけ見てたときと全然違うね」
ノルンは頷いた。
検索回数は行動の記録。
検索語は問いの入口。
そこから、その人が何を信じていたかを直接読み取ることはできない。
◇
運用評価には、検索語の扱いについて研究・教育・記録部門合同の協議が残っていた。
『検索語を誤理解の証拠として扱うことの可否』
結論。
『不可。』
理由。
『否定確認、比較、関連範囲探索、旧資料探索、誤記検索等の目的を区別できないため。』
ただし、
『検索語の組み合わせが頻出する場合、その組み合わせを利用者が調べる必要を感じていること自体は示し得る。』
「答えじゃなくて、疑問があることは分かる?」
「その程度ですね」
例えば『第一接続者 α』が何度も検索されるなら、両者の関係を調べたい利用者がいる。
けれど、その人たちが『関係がある』と思っているのか、『関係がない』ことを確かめたいのか、『何が違うのか』を知りたいのかまでは分からない。
検索窓へ入れた言葉は、結論ではない。
◇
ノルンはそこで少し手を止めた。
自分にも思い当たる。
歴史資料を探すとき、『自己名』『名称様音列』『ref7』『第一接続者』を組み合わせて検索したことがある。
それは、それらが同じだと思っているからではない。
後世でどう結び付けられたのかを調べたいからだ。
(私の検索履歴だけを誰かが見たら、全部同一視しているように見えるかもしれませんね)
その考えに、少し妙な気分になった。
「どうしたの?」
「いえ。私も似た検索をしています」
「ノルンも?」
「はい」
「じゃあ、後の人が見たら『観察官ノルンは全部同じだと思ってた』って書かれる?」
「書かれたら訂正したいですね」
主様が吹き出した。
「本人いないかもしれないよ」
「それは困ります」
「じゃあ検索するとき毎回、『同一視してません』って付ける?」
「検索できなくなります」
二人で笑った後、ノルンは再び資料へ目を戻した。
冗談ではある。
けれど、記録の一部だけで過去の人間の考えを決めつける危険は、まさに今調べていることでもあった。
◇
運用評価の後半では、特徴比較集合αの構成変化が記録されていた。
正式運用開始時、αに含まれていた記録は十二件。
三か月後、十五件。
半年後、十三件。
二件が追加された後、四件が除外されている。
「減ってる」
「比較集合ですから」
除外理由。
一件。
『追加データにより開始部類似が観測条件依存と判明。』
二件。
『再処理により比較特徴の一致度低下。』
一件。
『別集合で扱う方が比較目的上適切。』
重要なのは、αが固定された『誰かの記録一覧』ではないということだった。
昨日までαに入っていた記録が、翌月には外れることがある。
新しい解析で似ていないと分かれば除外される。
「人だったら、途中で昔の反応がその人じゃなくなるみたいになっちゃう」
「だから人物ではありません」
「うん」
さらに、ref7関連記録のすべてがαへ入っているわけでもない。
G分類のすべてでもない。
第一接続事例に関係する外在反応のすべてでもない。
それぞれ一部が、特定の比較特徴を理由として重なっているだけだった。
◇
ここで、αの内部表示方法が変更されていた。
旧表示。
記録一覧の上部に、
『α主要特徴』
と表示。
その下に、
『開始部急峻変化』
『中盤一時低下』
『一部記録に音声様変換』
と並んでいる。
改訂後。
『α設定時の比較着目点』
へ変更。
さらに、
『すべての所属記録に共通する特徴ではない』
と追加。
「『主要特徴』だと全部にあるように見えるから?」
「そのようです」
改訂理由には、
『閲覧者が集合そのものの固定属性と理解する例あり』
と書かれていた。
確認対象九名中三名が、『αの反応には三特徴すべてがある』と誤認したという。
実際には、音声様変換を持たない記録も多い。
開始部急峻変化が弱い記録もある。
複数の比較観点が重なりながら、完全一致ではない。
◇
その誤認確認の自由記述に、さらに一つの文章があった。
『αは、最初に接続した外在者が繰り返し出している特徴をまとめたものだと思っていた。』
ノルンの指が止まった。
主様も何も言わない。
続き。
『理由:第一接続事例関連資料からαへ移動した際、「α主要特徴」と表示されたため。』
調査担当の確認。
『第一接続者の初回接続対象とαを同一視する根拠をどこで得たか。』
回答。
『明確には覚えていない。研修か、先輩から聞いた説明だったと思う。第一接続者には向こう側の相手がいて、その反応を長く追っていたという理解だった。』
ノルンは最後まで読み、すぐには口を開かなかった。
◇
「これ……」
主様が慎重に言う。
「一人の理解です」
「うん」
「本人も、どこで得た理解か明確には覚えていません」
「でも『向こう側の相手』って思ってた」
「はい」
「αがその相手だとも」
「閲覧時点では、そう理解していたようです」
これまでより一段具体的だった。
『第一接続者の相手』という非公式な人物像。
そして、その人物像と特徴比較集合αの結合。
ただし、まだ一人。
しかも起源不明。
研修かもしれない。
先輩の説明かもしれない。
本人の記憶の再構成かもしれない。
複数の情報が後から一つになった可能性もある。
「後の第七外在個体?」
「まだ言えません」
ノルンははっきり答えた。
「αと後の第七外在個体が同一だという証拠は、ここにはありません」
「分かった」
「ただし、比較集合を一人の外在者として理解した例が、この時点で少なくとも一件確認できた。それは記録できます」
◇
個別フォローでは、集合の定義が改めて説明されている。
αは人物ではない。
初回接続対象との同一性は未確認。
第一接続者を対象としていることも未確認。
単一発生源かどうかも未確認。
所属記録は変更され得る。
本人は説明後、
『理解した。人ごとに分けた記録だと思っていた』
と回答していた。
その後の確認問題では正答。
つまり、この人も誤解したまま放置されたわけではない。
「みんな直されてるね」
「確認できた範囲では」
「でも、確認されなかった人がいたかは分からない」
「はい」
そこは推測で埋めない。
◇
昼を少し過ぎたところで、ノルンは資料を閉じた。
午前中だけで十分に情報が増えている。
歴史調査を続けることはできるが、続けられることと続けるべきことは別だった。
「今日はここまで?」
主様が尋ねる。
「一度止めます」
「続き気になるのに?」
「気になるから止めるんです」
「どういうこと?」
「今の一件を見た直後に続きを読むと、次の資料でも『人物化の証拠』ばかり探してしまうかもしれません」
主様は数秒考えた後、ゆっくり頷いた。
「見つけたいものができちゃったから?」
「はい」
後世に第七外在個体という表現が存在することを、ノルンは知っている。
だから『どこで一人になったのか』を探している。
その目的自体は悪くない。
けれど目的が強くなりすぎれば、曖昧な記録まで全部そこへつなげてしまう。
今は離れた方がいい。
◇
昼下がり、フローラは自宅の厨房にいた。
焼き果物を作れるか尋ねたことから、料理人が「試してみますか」と提案したのがきっかけだった。
マリエと食べたものをそのまま再現するつもりはない。
店で食べた味を家でも確かめてみたいという、単純な興味だった。
「同じ果物でも、焼き時間でかなり変わります」
料理人が切った果実を並べながら説明する。
「お店では、外側がもう少し柔らかかった気がします」
「では少し長めにしてみましょう」
フローラは頷き、邪魔にならない位置から作業を眺めた。
焼き上がるまでの間、母親が厨房へ顔を出す。
「いい香りね」
「まだ焼き始めたばかりです」
「あなたが厨房にいるのが珍しいから見に来たの」
「見ているだけです」
そう答えたものの、フローラの表情は少し楽しそうだった。
母親はそれに気づいても、マリエとの外出について詳しく聞かなかった。
「出来たら一つもらってもいい?」
「私が作っているわけではありませんけど」
「では料理長にお願いしましょう」
フローラは小さく笑った。
次にマリエといつ会うかは、まだ決まっていない。
それでも、一度の外出で知った味が家の厨房へ持ち帰られ、何でもない午後の話題になっている。
友人との時間は、会っている間だけに存在するものではなかった。
◇
管理室では、セレナの配置試験の結果が出始めていた。
左右配置を見た六名。
上下配置を見た六名。
管理判断に誤りはない。
ただ、自由記述に違いがあった。
左右配置では二名が、
『左の各項目に対応する未確認事項が右にある』
と理解。
上下配置ではその回答はゼロ。
一方、上下配置では一名が、
『上が確定事項、下が重要度の低い未確認事項』
と受け取っていた。
「今度は上下で優先順位になった」
セレナが机へ額を付けそうな顔をする。
「表示には何かしらの読み方が生まれますね」
「左右も駄目、上下も駄目ならどうするの」
「どちらも駄目とは限りません」
「でも誤解あるよ?」
「重要なのは、その誤解が管理判断へどう影響するかと、詳細を確認すれば修正できるかです」
セレナは顔を上げた。
「全員同じ印象は無理」
「おそらく」
「じゃあ、どの誤解が危ないかを見る?」
「それが現実的だと思います」
左右配置で『項目が一対一対応している』と思うことと、上下配置で『未確認事項は重要度が低い』と思うこと。
どちらが実際の管理上より危険か。
それを判断するには、もう少し行動を見る必要がある。
「試験、延ばしていい?」
「五日間の限定試験内なら、予定された範囲でしょう」
「じゃあ明日も比較する」
セレナは少し元気を取り戻して席へ戻った。
◇
夕方近く、ミレイアの生活記録が更新された。
『薄緑布の巾着、縫合作業継続。上部折り返し途中。本人希望により本日は終了。』
接続状態に変更なし。
ノルンは確認だけして閉じた。
昨日より少し進んだ袋。
昨日と変わらない接続状態。
その二つが同じ記録日に並んでいても、因果関係があるわけではない。
歴史資料を読んだ後だからこそ、ノルンはその当たり前を少し意識した。
◇
エリオたちの盤上遊戯も続いていた。
中央位置の有利を弱めた結果、後手側の序盤選択肢が減った問題について、今日は二つの案を試したらしい。
一つは開始時だけ追加行動を認める。
もう一つは初期配置を少し変える。
試遊後の記録。
『追加行動案は分かりにくい。配置変更の方が自然。次回もう一回試す。』
エリオ本人のコメント。
『直すたび別の変なところ出るけど、前より面白い。』
ラウルのコメント。
『紙は最初から三枚渡した。今日は四枚使った。』
ノルンは思わず口元を緩めた。
「ラウル、負けた?」
主様が画面を覗く。
「何にですか」
「紙の予想」
「三枚では足りなかったようですね」
「次は五枚渡すかな」
「本人たちに任せましょう」
◇
終業前、ノルンは午前中の歴史調査を記録へまとめた。
『FC-set運用評価・第一回を確認。』
『「第一接続者 α」検索十一回は六利用セッションによるものであり、十一人・十一件の独立理解を示さない。』
『検索語は利用者の結論ではない。否定確認、比較、関連範囲探索、旧資料探索等を含むため、検索語のみから信念・理解状態を推定しない。』
『六セッションのうち、閲覧後記録が確認できる範囲では、第一接続者とαの直接関係未確認を理解した例、研修で聞いた「第一接続者の相手」がαか確認し資料上未確定と理解した例、最初からαを人物と理解していない例を確認。残るセッションの理解状態は判定不能。』
『α構成記録は正式運用後も追加・除外されており、固定された一主体の記録一覧ではない。ref7関連記録・G分類記録・第一接続事例関連外在反応の全件を含むものでもない。』
『旧表示「α主要特徴」により、集合内全記録が同一特徴を持つとの誤認例あり。「α設定時の比較着目点」へ変更し、全記録共通ではない旨を追記。』
『研究部門外確認者の一名に「αは最初に接続した外在者が繰り返し出している特徴をまとめたもの」との理解を確認。本人は第一接続者に「向こう側の相手」が存在し、その反応を長く追っていたと理解していたが、情報源は研修または先輩説明との曖昧な記憶で特定不能。』
『当該人物は個別フォロー後、αが人物ではなく、初回接続対象との同一性・第一接続者への指向・単一発生源性がいずれも未確認であることを理解。』
『この一件により、比較集合を一人の外在者として理解する例が少なくとも存在したことは確認できる。ただし、理解の起源、共有範囲、継続性、後世の第七外在個体との直接連続性は未確認。』
ノルンは最後の一文を読み直した。
言い過ぎていない。
削りすぎてもいない。
保存する。
◇
「今日は続き読まないんだよね」
主様が尋ねる。
「はい」
「明日は?」
「明日になってから決めます」
「気になるのに」
「主様も気になっているでしょう」
「うん」
「だからこそです」
主様は少し不満そうだったが、やがて納得したように息を吐いた。
「昔の人の間違いを調べてるのに、こっちが急いで間違えたら嫌だもんね」
「そういうことです」
ノルンは端末を閉じ、帰り支度を始めた。
◇
鞄を手に取ったところで、ミサキから連絡が届いた。
『手書き地図の写真、旅行本に載ってた』
続けて写真が送られてくる。
小さな町の地図。
中央に湖。
その周囲へ細い道が延び、四軒の本屋が小さな四角で描かれている。印刷された整った地図ではなく、線は少し曲がり、店主が書き足したらしい短い説明まで添えられていた。
『一軒目 古本多め』
『二軒目 絵本』
『三軒目 お茶あり』
『うち なんでも』
ノルンは最後の一文で少し笑った。
『自分の店が一番雑ですね』
ミサキからすぐに返る。
『そこがいい』
『確かに少し面白いです』
『ノルン、こういうの好きそう』
昨日も似たことを言われた。
けれど、今度は実物を見た後だった。
『好きです』
送信してから、ノルンは一瞬だけ指を止めた。
何が、とは書いていない。
しかし文脈は明らかに地図だ。
それでも少しだけ気になり、追加しようか迷っている間にミサキから返事が来た。
『やっぱり』
それだけだった。
ノルンは補足を送るのをやめた。
◇
夜。
歴史資料を閉じたまま帰るつもりだったノルンは、未読一覧に新しい文書名が追加されていることに気づいた。
自動関連付けによって、今日閲覧した運用評価から参照された文書だった。
『外在反応比較集合・利用者理解追跡調査』
作成時期は、第一回運用評価から約八か月後。
概要だけなら開いてもよいかと一瞬思ったが、ノルンは手を止めた。
(今日は読まないと決めました)
題名だけ確認する。
それで終わる。
ところが、その下に付された関連文書名が目に入った。
『第七比較系列・呼称整理案』
ノルンの指が完全に止まった。
これまで見てきた正式名称は『特徴比較集合』。
αからη。
七つ存在する。
だから『第七比較系列』という言葉だけなら、七番目の集合を意味する可能性がある。
ηのことかもしれない。
あるいは全く別の制度かもしれない。
後世の『第七外在個体』と文字が似ている。
だからといって、つながっているとは限らない。
「ノルン?」
主様が声をかけた。
「帰ります」
「開かないの?」
「開きません」
「偉い」
「その言い方はやめてください」
ノルンは画面を閉じた。
けれど、題名はもう見てしまった。
『第七比較系列・呼称整理案』
比較のために作られた七つの集合。
そのどれかが、いつしか『第七』と呼ばれるようになったのか。
それとも、まったく別の七番目なのか。
答えはまだ分からない。
分からないまま、ノルンは管理室の灯りを落とした。
検索した言葉が、その人の答えではないように。
似ている言葉もまた、それだけでは同じものの証明にはならなかった。




