猫の獣人と国王
僕の名前はシャルト。
隣国からポケット国にやって来た猫の獣人だ。
王国騎士団に所属し、国王の護衛の一人として働いている。
今日は召喚の儀式に参加される国王を護衛するために、神殿に来ていた。
神殿の一帯は既に護衛騎士と儀式の関係者だけでも50人ほどは集められていた。
大人数が忙しなく動き回りザワザワとしていた。
僕の国には召喚の儀式は無く、初めて目にする召喚士が現れた。
召喚士が赤い絨毯の中心まで歩き国王へ挨拶をする。
国王は赤い絨毯の最奥で椅子に座り、両隣に近衛騎士が立ち、僕はその後ろに立っていた。
召喚士の挨拶の後、周囲は静まり返る。
しばらく呪文を唱える声だけが神殿に響き渡っていた。
呪文を唱える声は数分続き、召喚士が最後に天井に向けて杖を振りかざした。
それと同時に神殿一帯が眩しい光に包み込まれた。
太陽光なんて比ではないほど明るいその光に、片目を薄く開けるのが精一杯だった。
薄目で国王の座る位置を確認すると、国王も眩しそうにした顔が見えたが無事な姿にほっとする。
眩しい光は数秒で消え、視界が開けた。
数メートル離れた赤い絨毯の上に呪文を唱えた時には居なかった若い女性が立っていた。
この国では一番美しいとされている黒髪に、大きな茶色の瞳、あどけなさが残る顔立ちが魅力的だった。
その女性を視界に入れた瞬間、目が逸らせなくなった。
まるで胸に矢が深々と突き刺さったかの様な衝撃が心臓を駆け巡った。
それは苦しい痛みでは無い、甘い痛みだった。
今まで護衛中に意識が逸れることはなかったのに、今は彼女を目で追ってしまっていた。
国王と召喚士の話し声も耳を通り抜けていた。
どのくらい彼女を見ていただろうか。
ふいにバレク国王から名前を呼ばれて我に返る。
「手始めに、そこにいるシャルトに魅了を使ってみてくれないか。」
いつの間にか彼女の近くまで移動していたバレク国王に、手招きでこちらに来いと呼ばれていた。
『魅了』とは何か分からなかったが、彼女の側に行けることが無性に嬉しかった。
足早に国王と彼女の側まで移動した。
彼女の側に立ち彼女を見ると、不安そうな、恥ずかしそうな、慌てているような、そんな複雑な表情をしていた。
無理もない。
急にこんな大人数の空間に召喚されて怖いのだろうと思った。
彼女の役に立てるのならば『魅了』とやらを僕にしてくれて構わない、失敗しても怒りはしないと、そう安心させるように静かに彼女を見つめていた。
ところが彼女は考え事をしているのか、一向に何もしてこない。
もしかして、僕のことが嫌なのだろうか?
僕は彼女に嫌われてしまったのだろうか?
彼女の役に僕は立てないのだろうか?
それならば…僕ではない方がいいのだろうか。
彼女の役に立てないのならば、せめて安心させてあげなければ…。
頭の中に過った『嫌われた』『役に立てない』、その言葉が自分の心臓をギリギリと締め付ける。
気の利いた一言を彼女に言いたいのに言えなくなる。
それでも何かを言わなければ彼女を不安にされてしまうと思い、回らない頭で口を付いた言葉は余りにも粗末だった。
「あの…もし僕が嫌でしたら別の者でも大丈夫ですよ。」
安心させるために優しく微笑んであげたかったのに、僕の顔はひどく歪んだままで表情を作れなかった。
彼女は僕の表情を見た後、何かを決意した表情になり僕に近づいて来た。
僕の目の前に立った彼女は、そっと両手を僕の腰に回して抱きしめてくる。
そして、愛らしい瞳で下から上目遣いで見つめられた。
心臓がバクバクと暴れ出し、身体中から甘い痺れを感じた。
この状況はなんだ!?
一瞬で終わるかと思ったこの状況が、まだ彼女に見つめられている。
……ああ、駄目だ。
我慢できない。
この愛らしい彼女を抱きしめたい。
……愛したい!愛されたい!
自分のものにしたい!!!!
そう思った時には、抑えきれずに彼女を抱きしめていた。
「あなたに一目惚れしました、よろしければ恋人になっていただけませんか?」
と溢れ出した想いを口にしながら。
僕の言葉のすぐ後に、彼女は倒れ込むように気を失ってしまった。
慌てて彼女を抱きしめていた力を強め、倒れないように支える。
呼吸音が聞こえ息はしていることに安堵しつつ、疲れて気絶してしまったのだろうかと心配になった。
一連の状況を間近で見ていた国王は、僕に指示を出した。
「シャルトよ、彼女を客室に連れて行って休ませてやってくれ。空いている一室を彼女用に既に手配しておる。……それから、後で私の執務室へ来てくれ。」
そう言って国王は近衛騎士を連れて神殿を出て行った。
僕は指示の通り彼女を客室のベッドへ寝かせてから、国王の執務室へ向かった。
コンコンッと扉の前でノック音を鳴らし、『シャルトです、失礼致します』と名乗ってから入室する。
執務室には、茶が置かれたテーブルと、ソファーに腰掛けている国王がいた。
「こちらへ座れ。」
「はい。失礼致します。」
国王の向かい側のソファーへ座る。
「彼女は大丈夫そうだったか。」
「はい。呼吸に異常は無く、疲れて眠ってしまったのだと思われます。」
「そうか、それならば安心だ。…ところで、そなたに一つ任務を与えたいのだが…。」
「はい、私で出来ることでしたら何なりと。」
「そうか。では、彼女の護衛に就いてくれないか。彼女は我々王族が呼び出した者だ、それ故に王族に等しい存在である。彼女に危険が無いとは限らない。そなたが、彼女を守ってやってくれ。まぁ、別の騎士でも構わないのだが、そなたが彼女を大層好いてるように見受けられたからな。」
「!い、いつからご存知で!?…はい、彼女を好い…て………おります。」
国王の直球的な発言にごにょごにょと小さな声での返答となってしまった。
「ハハハっ!まぁ、あれだけ彼女に見惚れてたら誰でもわかるさ。」
国王は豪華に笑い、楽しそうに僕を見た。
「もしかして…『魅了』というものを私にさせたのも…?」
「あぁ、もちろん。そなたが見惚れてるのが目に入ってな。…魅了は受けてどうだった?」
「……胸が熱くなり、それで…彼女を愛おしいと思いました…………。」
「そうか、そうか。ハハハッ。」
「『魅了』って聞いた事がないスキルなのですが、そんな感情を引き出すものなのですか?」
「…さあな、彼女はスキルを使ってないしな。」
「……え?」
「ん…なんだ?」
「いまなんと…仰いましたか。」
「彼女はスキルの使い方を知らなかったからな、私が適当に言った言葉の通りにそなたに実行してただけだ。この国で一番美しい髪色の若い女性に、抱きつかれて見つめられたら健全な男は落ちるだろうと思ってな。」
「!?…なっ!」
「まぁ…半分冗談だ。この国の人間と獣人の間に必要なものは『心を操る』ものでは解決しないと思ってな。彼女の獣人を見る目は、人間を見る目と同じで対等だっただろう?そなたは人間に抱きしめられても存外悪くなかっただろう?獣人でも人間でも心が動かされるもの、………彼女にはそれがあると思ってな。」
「……そう、ですね。」
国王の冗談混じりの言葉の中に真実を感じた。
この国は彼女がいれば変わる、そう思えてくる。
「そうだ、シャルト。彼女を気に入ったなら、結婚してくれてもいいからな。だが、彼女は王族に等しい存在だからな、それに相応しい男になれ。…ハハハッ、そう身構えるな。私からは以上だ、彼女のところへ戻ってやれ。」
最後まで本気か冗談か分からない言葉を告げて、王は執務用の机へと戻って行った。
僕はソファーから立ち上がり、執務室の入り口でお辞儀をして退出した。




