路地裏に栗鼠の獣人が現れた
今日は馬車で城下の商店街に向かっていた。
馬車の中では私とシャルトさんの二人っきりだ。
何故か今日もシャルトさんの膝の上にお姫様抱っこをされて座っていた。
あの日以来、シャルトさんからのスキンシップが加速していた。
まだ首元に付けられた跡も消えていない。
あの日、夕食前に鏡を見て絶句した。
首元にキスマークが三箇所も付いていたからだ。
誰が見てもはっきりと分かるそれに、跡が消えるまでは首元が隠れる洋服を着ることにした。
シャルトさんからこんなに想いを寄せられているのも『魅了』の効果なのだろうか…。
だとしたら、その『魅了』が何かの拍子に解かれたら私は婚約破棄になるのだろうか…。
きっかけは選択肢が無く選んだけれど、一緒に過ごす中でシャルトさんに惹かれ始めている私がいた。
この感情は恋と言えるほどのものかは私でも分からなかった。
それでも、シャルトさんを信頼しているか?と問われれば、迷わず肯定するだろう。
ぼんやりとした視線をシャルトさんの方へ向けながら、物思いに耽っていた。
そんな私の顔を、シャルトさんは心配そうに覗き込んできた。
「……サラ?…今日は気分が優れないですか?」
「えっ!あ、いや…違います。少し考え込んでしまって……。」
「そうでしたか。…私に、あなたの悩みを聞かせてくれませんか?」
「いや、それはちょっと…、その…。」
「僕に言えない内容なのですか?…はっ!!もしかして、この前の男を思い出して…。」
「この前の男…?」
「…………どうやら違うようですね。サラが僕に話せるようになったら聞かせてくださいね。」
「は、はいっ…!」
シャルトさんの背後から黒いオーラが一瞬見えて嫌な予感がしたが、すぐに消えてほっとした。
シャルトさんにもいつか話せるだろうか、「『魅了』が無くても私を想ってくれますか?」なんて、言えない、言えないよなあぁぁ…、とまた悩むサラだった。
「サラ、そういえば最近は首元が隠れた洋服しか着てくれませんね。………アレは、サラが僕のものだって見せつけるために付けたものなのですが…。」
シャルトさんから唐突に話を振られたと思ったら、後半は耳元で囁くようにそう言われた。
言葉を理解するのに数秒の遅れがあった後、私の顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。
「無理です!!あ、あれは流石に…!」
「そうですか……、残念です…。ですが僕だけが知ってるというのも…、またそそられますね。」
「もう!揶揄わないで下さい〜っ!!」
「いや、本心です。」
「………っ…!」
心臓がドドドドと激しく脈打ち出す。
早く城下に着いてくれーー!!と願うサラとは対照的に、猫のように擦り寄りこのまま二人でこうしていたいと願うシャルトだった。
王宮を出てから暫く馬車に揺られながらシャルトさんとの甘い時間に耐えていると、馬車の中にまで人々の賑わう声が聞こえてくるようになった。
城下まで辿り着いたようだ。
馬車が停車し、先にシャルトさんが乗車口から下りる。
そして、乗車口に立ち私に右手を差し出した。
「サラ、お手をどうぞ。足元にお気をつけてお降りくださいね。」
「ありがとうございます…っ…。」
シャルトさんの手を取り、まだ顔の熱が冷め切らないまま馬車の乗車口から降りる。
馬車の中ではカーテンが閉まっていて、外の様子が見えなかった。
馬車から降りて初めてこの国の城下を見た感想は「楽しそう!!」だった。
見慣れない商店街が数百メートルもずらりと並び、所々に私の世界でもあった食べ物に似ているものが並んでいた。それらはフランスパンや林檎に似ていた。
「今日はこの商店街の先にあるカフェで、サラにはケーキでも食べてもらいたいと思ってたのですが、いかがでしょうか?」
「この世界にもケーキがあるの!?ぜひ食べたいです!」
「ふふ、喜んでいただけて僕も嬉しいです。では、早速行きましょう。……お手をどうぞ、婚約者様。」
「うっ!……は、はい。」
馬車から降りても甘い空気は変わらず、サラの心臓は今にも壊れそうになってた。
連れられるがまま来店したカフェの店内は、人が少なく落ち着きのある雰囲気の店内だった。
各テーブルには造花が飾られていて、壁にも花の絵が額縁に入れられて飾られていた。
「わぁ〜!お洒落な店内ですね!」
「色とりどりの花に囲まれているようで素敵だね。」
「はい!とっても素敵です!!」
「ふふっ、この空間で笑っているサラを見ると、花の妖精を見た気分になるね。」
「……また冗談を〜っ!」
「だから本心ですよ。」
プシューーと音を立てて、また私の顔は赤くなった。
こんなキザな台詞なのにイケメンだから様になってて悔しいっ!!と思いながらも、連れてきてもらった側としては文句は言えなかった。
カフェの店内でもシャルトさんから甘々ダメージを心臓に受けていると、お揃いの紅茶が入ったティーカップが二つと、ニ種類のケーキが運ばれてきた。
私の前には苺のタルトケーキ、シャルトさんの前にはマスカットのタルトケーキが置かれた。
「わぁ〜〜〜!!とっても美味しそうです!!!」
「本当に美味しそうだね!どうぞ召し上がってくださいね。」
「はいっ!いただきます!!」
フォークで三角形の角を少量切り分けて口に運ぶ。
んんんんんん!!美味しい!!!
これならいくらでも食べれちゃう!!!
あ〜〜幸せ〜〜〜!!
苺のタルトケーキに夢中になっていると、目の前にマスカットのケーキが乗ったフォークが視界に入る。
「サラ、こっちのケーキも美味しいよ!どうぞ。」
こ、これはあ〜〜んってやつでは!?
この国にもあるのそれ!?
「サラ?どうしたの?…口移しのほうがいい?」
「食べます!今すぐ食べます!!」
「ふふっ…、はいどうぞ。」
「…〜っ!……お、美味しいです…。」
「うん、それは良かったよ。ふふふっ、やっぱりサラは可愛いな。」
「も、もうやめてください〜っ!!」
シャルトさんからのあーん攻撃に耐えて、ニコニコと上機嫌なシャルトさんと他愛も無い話しをしながら紅茶を飲み終えた。
「サラ、そろそろお店を出ようか。」
「はい、そうですね!馬車までの道で少し商店街に寄ってもいいですか?私、見たいものがありまして…」
「もちろんいいよ。僕が買ってあげようか?」
「い、いえ…大丈夫です!」
「…そっか。わかったよ。」
椅子から立ち上がり、カフェを後にした。
「サラは何を見たいの?」
「えっと、この辺りにお菓子屋さんがあったような気がして……、あ!ありました!」
「あぁ、クッキーやチョコレートがあるお店だね。」
「はい!すぐに買ってきます!」
「急がなくていいよ、待ってるね。」
シャルトさんは数メートル先でこちらを見ながら待ってくれていた。
私は紙箱に入ったクッキーとチョコレートを一箱ずつ買ってシャルトさんのところへ戻った。
「早かったね。お目当ての物は買えた?」
「はい!お待たせしました。」
「それじゃ、行こっか。」
シャルトさんがさり気なく私の手を取って歩き出す。
この国の人もエスコートとかは慣れているのだろうか。
商店街の大通りをシャルトさんと手を繋ぎながら歩いていると、路地裏に抜ける道に大きな何かが道に転がっているのが見えた。歩きながら目を凝らして見ると…………
子供が倒れていた。
ーーーっ!!
「シャルトさん!あそこに子供が倒れています!!見に行って来ますっ。」
「僕も行くよ、あっちだね?」
シャルトさんの手を離そうとする前に、手を繋がれたまま路地裏の方へとシャルトさんが誘導してくれた。
商店街の大通りよりも日当たりが悪く薄暗い細道に小さな少年が倒れていた。
年齢は5〜7歳くらいだろうか。
少年には猫よりも小さくて丸みのある茶色い耳が生えていた。
顔には殴られた跡があり、腕にも擦り傷が無数にあった。
「………っ!!」
ゾッとして背筋が凍る。
少年の痛々しい姿に声が出ない。
倒れている少年の横に膝を折り、顔に近付いて呼吸を確認する。
すぅー…と弱々しい呼吸音が聞こえた。
ーーー生きている。
「シャルトさん、この子を王宮に連れて帰っても良いでしょうか?このままだと死んでしまうかもしれませんし、目が覚めたら両親を一緒に探してくれませんか?」
「わかりました。急いで馬車で王宮まで帰りましょう。この子は僕が抱えて運びます。」
「はい!ありがとうございますっ。」
私たちは足早に王宮へと向かった。




