表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣じゃない。どう見ても電動マッサージ機です本当にありがとうございました。 ――なのに異世界では“震界の魔杖”として最強認定された僕、恥ずかしすぎてもう無理なのに魔王軍だけはなぜか倒せる  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/40

第25話 魔王軍の新工作員、王都へ

 王都という街は、たぶん人の口でできている。


 新堂ユウトは、その日、中央街区の大通りを歩きながら本気でそう思っていた。


 石畳の道。

 露店の並び。

 焼き菓子の匂い。

 噴水の音。

 そして、その全部の隙間を縫うように飛び交う、ひそひそ声。


「あの人よ」

「昨日の首飾りの……」

「やっぱり、ただの武器じゃないのね」

「腰にも効くらしいわよ」

「でも神殿では“公的運用ではない”って」

「じゃあ私的なら……?」


「そこを繋げるなあ!」


 思わず振り返って叫ぶと、通りの婦人たちがきゃっと肩を震わせる。

 しまった、と思った時にはもう遅い。


「し、失礼しました」

「でも本当に、ご本人……」

「やはり声まで整って……」


「最後なんなんだよ!」


 ユウトは頭を抱えたくなった。


 昨日の“事故”は、本当に最悪だった。

 説明会は中止。

 なのに、中止前の準備中に、古い呪いの首飾りが浄化され、腰を痛めた老騎士が「少し楽だ」と口にした。


 その結果、王都では今こういう理解になっている。


 “異邦の聖杖は、魔を祓い、呪いを散らし、疲れまで和らげる”


 どこをどうすれば、そんなに都合のいい方向にまとめられるのか。

 だが、人はそういうふうに理解したいのだろう。

 魔王軍や四天王の話は遠い。地下魔力炉も遠い。

 でも、肩の重さや腰の疲れは近い。


「……俺、王都の便利グッズじゃないんだけどな」


 小さく呻くと、隣を歩くレティシアがいつもの調子で答える。


「その認識は、王都の一部にあまり共有されていません」


「知ってる」


「ですが、王宮も神殿も、一応は火消しに動いています」


「一応、なんだよな」


 今日のユウトは、外套の下にいつもの黒いスーツ。肩には黒布袋。

 レティシアは軽装の騎士団制服だ。銀青の上着に剣帯、長い金髪を後ろでまとめ、相変わらず歩いているだけで目立つ。


 本当は街へなんて出たくなかった。

 だが王都の噂は、現場の空気を見なければ分からないから、とレティシアに半ば説得される形で外へ出たのである。


 そして、結果だけ言えば、見事に最悪だった。


 露店では妙な細長い木の棒が売られていた。

 薬屋の軒先には“整流香”とかいう怪しい香袋が並んでいた。

 路地裏では若い男たちが、なぜか黒い袋を肩から提げる真似までしていた。


「うわ……」


 ユウトが引きつった声を漏らす。


「もう模倣文化が始まってる」


「始まっていますね」


 レティシアの声も、さすがに少しだけ疲れていた。


 しかも問題は、その方向性だ。


 英雄譚の模倣ではない。

 剣技でもない。

 “生活に役立つかもしれない異邦の聖具”として、じわじわ根を張り始めているのである。


「……これ、ほんとにまずくないか」


「かなり」


 レティシアが即答する。


「学院の風紀委員会が警戒するのも当然かと」


「セリーナ、胃痛くなってるだろうな……」


 そこへ、通りの向こうから元気な売り声が聞こえてきた。


「さあさあお立ち合い! 王都で話題の整流棒! 肩を叩けば気分すっきり、腰へ当てれば――」


「やめろおおお!」


 ユウトの悲鳴に、見世物師がびくっと飛び上がる。

 その瞬間、周囲の視線がまたこちらへ集まった。


 地獄だった。


   ◇


 だが、その地獄めいた王都の喧騒を、少し離れた屋根の上から、静かに見下ろす影があった。


 黒ずんだ外套。

 目立たない痩せた体躯。

 人に紛れれば、たぶん次の瞬間には忘れられるような薄い顔。


 その男は、しかし、その目だけは異様に冷静だった。


「……なるほど」


 低い声で呟く。


「そういう弱さか」


 魔王軍諜報部所属、リグ。


 剣で正面から斬り込む者ではない。

 呪具を振り回して派手に殺す者でもない。

 彼の得意は、綻びを見つけることだ。


 敵の陣営の中で、何が笑われ、何が噂され、何が当人にとって一番痛いのか。

 それを嗅ぎつけ、そこへ指を差し込む。


 国境砦の戦い。

 地下魔力炉の暴走失敗。

 ガルドス配下の工作も失敗した。


 だが、王都で拾った情報は別の可能性を示していた。


 異邦人シンドウ・ユウト。

 四天王を退け、呪具を砕き、地下炉を止めた危険な兵装使い。

 そのくせ、当人は妙な方向の噂を極端に嫌がっている。


「兵装そのものより、噂に刺されるか」


 リグの口元がわずかに歪む。


 王都の人間は愚かだ。

 だが、その愚かさは使える。

 怖い話は遠い。近い困りごとの話は広がる。

 肩、腰、疲れ、整う、癒やし。そういう言葉だけで、人は勝手に想像を膨らませる。


 そして当人は、それに耐性がない。


「面白い」


 リグは屋根の影へ溶けるように身を引いた。


「ならば、剣ではなく、恥で削る」


   ◇


 同じ頃、ユウトたちはようやく人通りの少ない脇道へ入り込んでいた。


「……疲れた」


 ユウトが本気で言う。


「まだ昼前なんだけど」


「本日は精神的負荷が高いですね」


 レティシアが答える。


「“高いですね”で済ませないでくれ。俺いま、王都で一番“肩こりに効く人”みたいな扱いされてるんだぞ」


「それは一部です」


「一部でもつらい!」


 脇道の先には、小さな広場があった。

 中央に井戸があり、周囲に小さな店が数軒並んでいる。大通りより人通りは少ない。


 少しは落ち着けるかもしれない――そう思った、そのときだった。


「見つけました!」


 声。


「うわあ、また来た」


 振り向くまでもない。フィアナである。


 白い法衣を揺らしながら小走りに近づいてくる。今日も目がきらきらしていた。嫌な予感しかしない。


「シンドウさん!」


「何」


「神殿に、また変な相談が来てます」


「知ってた!」


 反射でそう返したが、フィアナは真面目だった。


「“自宅で使える整流用の祈祷具は作れないか”って」


「帰れ!」


「まだ話してません!」


「十分話したよ!」


 フィアナは少しだけしょんぼりしたあと、でもすぐに言葉を続ける。


「でも、断っています。ちゃんと」


「お」


「“本物は王都防衛のための特別兵装であり、気軽に扱えるものではない”って」


「偉い」


 ユウトは本気でそう思った。


「すごく偉い」


「でも」


「“でも”が付くなあ!」


「“では本物に近いものはないのか”って聞かれました」


「ほらああああ!」


 脇道に悲鳴が響く。


 レティシアが額に手を当てる。


「やはり、そう来ましたか」


「やっぱり予想してたの!?」


「はい」


「止めてくれよ、その予想の当たり方!」


 フィアナは困ったように言う。


「わたしも全部は断ってます。断ってるんですけど、王都の人たち、すごく熱心で」


「熱心さの方向がおかしいんだよ」


 そして、その時だった。


 広場の反対側で、小さな騒ぎが起きた。


「おい、やめろって!」

「いや、これくらい平気だろ!」

「待ちなさい、学院の持ち込み禁止って!」


 若い声。

 複数人。

 そして、嫌な単語。


「学院?」


 ユウトが眉をひそめる。


 広場の隅では、学院制服を着た男子生徒二人と女子生徒一人が、何か細長いものを押し付け合うように揉めていた。

 片方の男子生徒が持っているのは、見るからに粗悪な模造品だ。黒い木材を削り、先端を妙に丸く整えた、最悪に説明しづらい形の棒。


「うわ……」


 ユウトは思わず顔をしかめた。


「模造品」


「しかも雑」


 レティシアの声が冷たくなる。


 フィアナも目を丸くしている。


「神殿でも見たことあります、こういうの……」


「あるんだ!?」


 その瞬間、広場の端からまた別の声が飛んできた。


「そこまでです!」


 きっぱりした、よく通る声。


「来た……」


 ユウトが小さく呻く。


 王立学院風紀委員長、セリーナ・ローゼンベルクである。


 栗色の髪を高く結い、今日も隙のない制服姿。腕章つき。後ろには風紀委員の生徒が二人。見事なまでに“摘発しに来ました”の空気だった。


「学院指定の持ち込み禁止物品を、なぜ街中で実演しようとしているのですか」


 冷たい。

 圧が強い。


 生徒たちはあからさまに固まった。


「い、委員長……」

「これはその……」

「違うんです、ただの木工品で」


「木工品を肩へ当てながら“整うかな”と言う趣味があるのですか」


「うわ、そこ聞くんだ」


 ユウトが小声で呟くと、レティシアが本当に少しだけ肩を揺らした。笑ったのかもしれない。


 セリーナは模造品をさっと取り上げ、それからこちらへ気づいた。


「……またあなたですか」


「また俺です」


「なぜこうも、噂の中心にいるのですか」


「好きで中心にいるわけじゃないんだって!」


 セリーナは模造品を片手に、疲れたようにため息をつく。


「見ての通りです。学院の外でまで模造品が流通しています」


「うん」


「しかも、“疲れに効くらしい”“少し当てるだけで整うらしい”という形で」


「うん……」


「最悪です」


「分かる」


 いま、この風紀委員長とはかなり気持ちが合う。


 だが、その広場でのやりとりを、少し離れた物陰から観察している者がいることに、誰も気づかなかった。


   ◇


 路地の影。

 リグは広場の様子を静かに見ていた。


 学院。神殿。騎士団。

 全部が同じ噂に引き寄せられて動いている。

 兵装の正体は分からない。だが、その必要もない。重要なのは、どう扱われているかだ。


 そして今、ひとつ確信したことがある。


 シンドウ・ユウトは、単に兵装を奪われるのが嫌なのではない。

 “そういうもの”として見られることそのものに、ひどく弱い。


 彼がもっとも激しく反応するのは、


神器扱いされた時ではない

英雄扱いされた時でもない

兵器として危険視された時でもない


 兵装が日常寄りに、しかも微妙に下品な方向で理解された時だ。


「なるほど」


 リグは口元をゆがめた。


「そこが急所か」


 ならば、次に打つ手は決まっている。


 剣も呪具も使わない。

 王都そのものに、少しずつ、もっと具体的で、もっと恥ずかしい誤解を流せばいい。


 学院には学院向けの噂を。

 神殿には神殿向けの言い回しを。

 商会には商会が食いつく効能を。

 王宮には王宮が無視できない民意を。


「愚かな街だ」


 だが、それゆえに使いやすい。


 リグは外套の内側から小さな紙片を取り出した。すでに用意していた偽の触れ書き案だ。

 そこには、王都で一番流れやすい言葉ばかりが並んでいる。


 整流。

 安眠。

 軽快。

淑女向け。

秘密の正しい使い方。


「これなら、勝手に育つ」


 彼は笑った。


   ◇


 広場での騒ぎは、結局セリーナが模造品を押収し、学院生たちを散らして終わった。


 その後、ユウト、レティシア、フィアナ、セリーナは、井戸端の脇で短い情報共有をすることになった。


「学院内だけではなく、市場経由で模造品が出回っています」


 セリーナが言う。


「しかも昨日より質が悪い」


「質が悪い?」


 ユウトが聞くと、彼女は押収した棒を見せた。


「見た目だけを真似した粗悪品、という段階ではありません。“効能の説明”が具体化し始めています」


「うわ」


「“肩の重さ”“集中力の乱れ”“眠りの浅さ”……生徒が興味を持ちやすい言い回しです」


「いやらしいなあ……」


「ええ。誰かが意図的に整えています」


 その言葉に、レティシアの表情が引き締まる。


「自然発生ではないと?」


「少なくとも、ただの噂にしては揃いすぎています」


 セリーナは淡々と言った。


「学院内に流れた紙片も、妙に洗練されていた。“正しい使い方”“本物に近い感覚”“王都上流でも話題”――そういう、人を引っかける文言ばかり」


 ユウトはぞっとした。


 誰かが、わざと育てている。


 これまでは、王都の人々の善意や欲や好奇心が、勝手に噂を膨らませているだけだと思っていた。

 だが違うのかもしれない。

 その流れに乗り、さらに燃料を投げる何者かがいる。


「……レティシア」


「はい」


「これ、刺客とか呪具とかとは別方向でやばくない?」


「やばいです」


 即答だった。


 フィアナも不安そうに言う。


「神殿でも、似たような言い回しの相談が増えてます」


「ほらあ!」


「“少し整うだけでいいから”とか、“本物に近いものはないのか”とか……」


 セリーナが鋭く言う。


「つまり、学院だけではない」


「王都全体ですね」


 レティシアが答える。


「誰かが、王都じゅうへ広げている可能性があります」


 その場に、短い沈黙が落ちた。


 ユウトは無意識に、肩の黒布袋へ手をやった。

 その中身は、いまも黙っている。

 だが、その沈黙の周りで、どんどん話だけが育っていく。


「……最悪だな」


 心底そう思った。


 セリーナが真面目な顔で頷く。


「ええ。風紀委員会としても、これは学院の範囲を超えています」


「そこまで言うんだ」


「言います」


 そして彼女は、ユウトへまっすぐ視線を向けた。


「ここから先は、噂の出所そのものを探るべきです」


「俺も?」


「中心にいる以上、無関係ではいられません」


「うわあ……」


 また重い役回りが増えた。


 だが、今回はレティシアも止めなかった。

 ミリスがいれば、きっともっと早くそう言っただろう。


 噂は、もう勝手に育つだけのものではない。

 誰かが意図して、王都に流し込んでいる。


「……分かった」


 ユウトは小さく頷いた。


「やるしかないなら、やるよ」


 セリーナは一瞬だけ目を丸くし、それから静かに言った。


「助かります」


 その素直な一言に、ユウトの方が少しだけ驚いた。


   ◇


 その日の夜、王都の裏通りでは、見覚えのない小さな紙片がいくつも撒かれていた。


 灯りの下で拾えば、そこにはこう書かれている。


 《王都上流でひそかに話題》

 《疲れと重さを散らす整流具》

 《本物に近い感覚を再現》

 《知る人ぞ知る、正しい扱い方》


 ごく短い。

 だが、人を引っかけるには十分な言葉。


 それを撒く影は、夜気に紛れてひとつ、またひとつと通りを移っていく。


 リグは、誰にも見つからないまま、静かに次の地点へ向かった。


「さあ」


 その声は、夜の中へ溶ける。


「もっと恥を育てよう、異邦人」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ