第22話 公開講習会!? 王女殿下の悪ノリ
「神殿からのお願いを」
そう言って、フィアナがにこっと笑った瞬間、新堂ユウトは本気で帰ってほしいと思った。
ついさっき、王立学院の風紀委員長セリーナ・ローゼンベルクとの聞き取りが終わったばかりなのだ。
学院側からは「不健全な噂の流通は止める」「本人が発信源ではないことは理解した」という、ぎりぎり人間らしい扱いを得たばかりである。
そこへ神殿のお願い。
ろくでもない予感しかしない。
「内容による」
ユウトが心底警戒しながら言うと、フィアナは悪びれもせず答えた。
「第二王女殿下から、お話があるそうです」
「うわあ」
声が漏れた。
レティシアも、ほんの少しだけ目を細める。
「王女殿下から」
「はい。神殿にも連絡が入って、わたしが迎えに行くようにって」
「嫌な予感しかしないな」
「わたしも少しだけします」
「君がするなら、だいぶ本物のやつだよ!」
フィアナは首をかしげた。
「でも王女殿下なので、きっと素敵なお考えだと思います」
「君はセレスティア王女を信用しすぎなんだよ」
とはいえ、断れる相手ではない。
しかもフィアナ経由で神殿にも話が回っているなら、もう半分くらい外堀は埋まっている。
ユウトは深く息を吐いた。
「……行くよ」
「ありがとうございます!」
「君に感謝されても嬉しくない種類の話なんだよなあ」
レティシアが静かに言う。
「私も同行します」
「それは絶対して」
「もちろんです」
その即答だけで、少しだけ救われる。
◇
王宮へ向かう馬車の中で、ユウトはずっと嫌そうな顔をしていた。
向かいにはレティシア。
斜め前にはフィアナ。
今日の王都は晴れている。外の通りには人が多く、窓越しに見える景色だけなら穏やかな午後だ。
だが、穏やかなわけがない。
「……たぶんさ」
ユウトがぽつりと口を開く。
「王女殿下って、“誤解が広がってるなら正しく整理しましょう”みたいなこと言うんだよな」
「可能性は高いです」
レティシアが答える。
「でも、その“正しく”が絶対にこっちの望む正しさじゃない」
レティシアはそこで一拍だけ間を置いた。
「……可能性は高いです」
「だよなあ!」
フィアナは少し困ったように笑う。
「でも王女殿下は、王都のみなさんを安心させたいのだと思います」
「うん、それは分かる」
「でしたら、悪いことばかりでは」
「その“安心”の手段に俺の名誉が使われるのが嫌なんだって」
フィアナは口を閉じた。
悪気がないからこそ、そこを強く言うと少しだけしょんぼりする。いつものことだ。
王宮へ着くまでのあいだ、ユウトはずっと腹の底が重かった。
◇
通されたのは、いつもの離宮応接間ではなかった。
もっと広い。
そして、明らかに“打ち合わせ”のために使われる部屋だ。
壁には王都の地図。
大きな机には書類が山積み。
絵師が使いそうな紙束まで置かれている。
王宮侍従、神殿付きの文官、騎士団の記録係らしき人物が、すでに数人控えていた。
「うわ、やだ」
部屋へ入った瞬間、ユウトは本音を漏らした。
「これは絶対、何か決める部屋だ」
そして、その中央にいた第二王女セレスティアが、いつも通り楽しげに微笑む。
「察しがいいわね、シンドウ・ユウト」
「察したくなかったです」
「でも来てくれた」
「来ないともっと面倒になると思ったので」
「正しい判断よ」
やはり食えない。
セレスティアは席を勧める。
「座ってちょうだい。今日は少し、建設的なお話をしたいの」
「その“建設的”って単語もかなり怪しいんですけど」
「そうかしら」
そう言いつつ、王女の目は明らかに楽しんでいた。
レティシアはユウトの斜め後ろへ、フィアナは少し離れた位置へ立つ。二人とも完全に陪席の態勢だ。
セレスティアは卓上の紙束をひとつ取り上げる。
「さて」
声の調子が少しだけ変わる。
王女の顔になったのだろう。
「王都ではいま、あなたの兵装について誤解が広がっている」
「はい」
「しかも、日常寄りの方向へ」
「はい……」
「神殿は善意、魔導院は研究、商会は商機、学院は風紀。どの立場も理解できるけれど、そのまま放っておくと収拾がつかないわ」
「そこまでは同意です」
「でしょうね」
セレスティアはそこで、わずかに笑みを深くした。
「だから、逆に“正しい理解”を王宮主導で示そうと思うの」
来た。
ユウトは思わず顔を覆いそうになった。
「やっぱり」
「ええ。そういう話よ」
「ちなみに聞きますけど、その“正しい理解”って何ですか」
セレスティアは実にあっさり答えた。
「“対魔具・対穢具・対疲労用の多機能聖具”」
沈黙。
「…………」
「…………」
「それのどこが正しいんですか!?」
ユウトの悲鳴が、立派な打ち合わせ室に反響した。
セレスティアは涼しい顔のままだ。
「完全な誤りではないでしょう?」
「完全な正解でもないだろ!」
「民衆向けの説明に、厳密性を求めすぎてはいけないわ」
「すごいこと言ってるな!」
フィアナが小さく手を挙げた。
「あの、それって、神殿としてはちょっと……」
「ちょっと?」
「ええと、“聖具”と王宮が公式に言うのは、少し早いかもしれません」
「さすがにそこは慎重なんだ」
少しほっとした。
だが、ほっとしたのも一瞬だった。
セレスティアはすぐに別の紙を持ち上げた。
「では、“王宮管理下の特別兵装”にする?」
「いや、そこを選択肢みたいに並べるな!」
王女の斜め後ろに立つ文官が、おずおずと口を挟む。
「殿下、神殿との用語調整は必要かと」
「そうね。では“王都守護の特務具”あたりでもいいかしら」
「どんどん概念がでかくなってるんですけど!?」
セレスティアは面白そうにこちらを見る。
「シンドウ・ユウト、あなた、自分がどの言い方を一番嫌がるかで反応が違うのね」
「嫌がり方を観察しないでください!」
「でも分かりやすいわよ」
すごく嫌だった。
◇
王女が提示した案は、想像以上にろくでもなかった。
要するにこうだ。
王都ではすでに噂が止められない。
ならば、王宮管理のもとで“正しい広報”を出す。
そのために、小規模な公開講習会――もしくは説明会のようなものを開き、
兵装は危険なものであり、勝手に模造してはいけない
神殿や魔導院の管理が必要
しかし王都には対抗手段がある
噂の全部が本当ではないが、全部が嘘でもない
という、なんとも王宮らしい玉虫色の整理を示したい、という話だった。
「言ってることは分かりますよ」
ユウトは疲れた顔で言う。
「でも、それを俺の前で、俺の兵装込みで、“講習会”みたいな形にする必要あります?」
「あります」
セレスティアは即答した。
「なぜ」
「見せた方が、みんな信じるから」
「分かりやすすぎる!」
レティシアが静かに口を開く。
「殿下、公開の度合いは慎重に判断すべきです」
「ええ、もちろん」
「刺客の件もあります」
「承知しているわ」
セレスティアは頷く。
「だから“大演武会”みたいな大規模なものにはしない。あくまで関係者と、王都の代表者、それに少数の見学者程度」
「それ、少数の定義が王宮基準なんだよな……」
ユウトが呻くと、王女は少しだけ首をかしげた。
「でも、完全に閉じると逆に怪しまれるでしょう?」
「それもそうなんだけど」
「それに」
セレスティアは紙束をめくる。
「学院、神殿、商会、それぞれ勝手な理解で動き始めているのよ。なら、王宮が一度まとめるのは悪くない手でしょう?」
そこだけは、たしかに正論だった。
学院では風紀問題。
神殿では癒やしの儀式案。
商会では市場革命。
魔導院では人体影響確認。
全部がばらばらに育つより、王宮がまとめた方がまだまし――かもしれない。
かもしれないが、それを受け入れると、結局また自分が人前へ出されることになる。
「……やだなあ」
心底そう思った。
セレスティアはにこりと笑う。
「率直で結構」
「率直に嫌です」
「でもやる可能性は高い」
「そうでしょうね!」
この王女、本当に話が早い。
◇
そこで、思わぬ方向から口を挟んだのは、ベルナデッタではなくフィアナだった。
「殿下」
「なに、フィアナ」
「もし“正しい理解”を広めたいのであれば、神殿としては、あまり“疲れを取る”を前に出しすぎない方がいいと思います」
ユウトが思わずフィアナを見る。
珍しく、本当に珍しく、すごくまともなことを言っていた。
「ほう?」
セレスティアが面白そうに促す。
「なぜかしら」
「だって、それだけが広がると、困っている人が“すぐ楽になれる道具”みたいに誤解してしまいます」
「うん」
「でも、実際は危険もありますし、長く使えばだめかもしれませんし、シンドウさんも嫌がっています」
その最後の一言に、ユウトはちょっとだけ感動した。
ちゃんと、そこまで見てくれていたのか。
フィアナは真面目な顔で続ける。
「だから、“王都を守るための特別なもの”であって、“気軽に使っていいものではない”を強くした方がいいと思います」
部屋の空気が少しだけ変わる。
レティシアも、小さく頷いた。
「私も同意見です」
ミリスが腕を組んだまま言う。
「ええ。それなら魔導院としてもまだ乗りやすいわね。少なくとも“民生転用を煽る場”にはならない」
「うんうん」
ユウトは珍しく三人に深くうなずいた。
「その方向ならまだまし」
「“まだ”ね」
セレスティアはおかしそうに笑った。
「でも、それだと少し堅すぎるのよ」
「堅くていいんだよ!」
「王都の民はもう少し柔らかい言葉の方が受け入れやすい」
王女はそこで、さらりと言った。
「たとえば“王都守護の聖具にして、取り扱い注意の特別指定品”とか」
「聖具入ってる!」
「そこは捨てきれないわね」
「神殿が乗るからだろうな!」
フィアナが小さく手を挙げる。
「“聖具”はまだ早いです」
「そこは頑張るんだ」
王女は、ほう、と楽しそうに息をついた。
「今日のフィアナは珍しく慎重ね」
「だって、シンドウさんが困りますから」
「うん、もっとその方向でお願いします」
セレスティアはそれを聞いて、数秒だけ考え込み、やがて羊皮紙の上に軽く何かを書いた。
「ではこうしましょう」
その文言を読み上げる。
「“王都防衛に用いられる異邦由来の特別兵装。その作用には浄化・整流・破砕が含まれるが、個人運用は禁止”」
ユウトは少しだけ黙った。
「……だいぶまし」
「完全には満足できないでしょう?」
「うん」
「でも最初よりずっとまし」
「……そうですね」
レティシアも認めた。
ミリスも、不承不承ではあるが頷く。
「技術的には雑だけど、害は少ない方」
「雑なんだ」
「王宮広報だもの」
そこはもう仕方ないのかもしれない。
◇
話が少しまとまりかけた、その時だった。
控えの侍従が、そっと部屋へ入ってきて王女へ耳打ちする。
セレスティアの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「……そう」
「どうかしましたか」
レティシアが問うと、王女は軽く頷いた。
「学院からも連絡があったわ」
「学院?」
「ええ。風紀委員長のセリーナが、“王都で兵装の正しい理解を広める場が設けられるなら、学院側も立ち会うべき”と」
「来たあ……」
ユウトは本気で机に突っ伏したくなった。
「なんでみんなそんなに集合したがるの」
「中心だからよ」
セレスティアがにこやかに言う。
「やめて、その言い方ほんと重いから」
しかも、王女はさらに楽しそうだった。
「これはいいわね。神殿、魔導院、学院、騎士団、商会――」
「商会まで入れるな!」
「まだ呼んでないわ」
「“まだ”なんだよなあ!」
セレスティアは扇子を軽く振る。
「でも、公開講習会――いえ、“正しい理解のための説明会”は、思ったより面白い形になってきたわ」
「面白がるな!」
「そこは諦めて」
王女にそれを言われると、本当にどうしようもない。
◇
王宮を出るころには、ユウトの精神はだいぶすり減っていた。
話し合いの結果としては、たしかに最初よりましになった。
疲労回復の宣伝にはしない
民間利用の許可にはしない
神殿の“癒やしの儀式”色も抑える
王都防衛のための特別兵装として扱う
そういう方向で整理はされた。
だが、問題の本質は何ひとつ解決していない。
むしろ悪化している。
「……結局、俺また人前に出るんだよな」
離宮から本館へ続く回廊を歩きながら、ユウトがぼそっと言う。
「可能性は高いです」
レティシアが答える。
「しかも今度は、学院も神殿も魔導院も揃った前で」
「そうですね」
「地獄だな」
「否定はしません」
フィアナが横から小さく言う。
「でも、少しはよくなったと思います」
「何が?」
「“疲れを取る道具です”には、ならなかったので」
その言葉に、ユウトは少しだけ苦笑した。
たしかにそうだ。
フィアナが最後にちゃんと止めてくれたのは大きかった。
「ありがとうな」
「え?」
「さっきの」
フィアナは目を丸くしたあと、ふわっと笑った。
「どういたしましてです」
その素直さだけは、やっぱり救いになる。
だが、その救いをぶち壊すように、回廊の向こうから軽い足音が響いてきた。
現れたのは、見覚えのある赤茶の巻き髪。
「ちょうどいいところでお会いしましたわ」
「なんでいるんだよ!」
ベルナデッタ・フロウだった。
しかも、彼女はまったく悪びれた様子もなく笑っている。
「王宮とのお話が終わったころかと思いまして」
「嗅覚が商人すぎる!」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
ベルナデッタはセレスティア付きの侍従らしき人物へ軽く一礼してから、ユウトたちへ向き直る。
「もし“正しい理解の説明会”が開かれるのでしたら、ぜひわたくしにも席を」
「だめです」
レティシアが即答した。
「早い」
「当然です」
ミリスがいればまた揉めたのだろうが、彼女は王宮側の文官へ追加資料を渡すため、まだ後ろの部屋に残っている。
いまこの場は、レティシアとフィアナとユウトでなんとか耐えるしかない。
ベルナデッタは肩をすくめる。
「まあ、正式な招待がなければ入りませんわ。でも、王都の需要が本物であることだけは、お忘れなく」
「忘れたいよ」
「それでも消えません」
彼女の笑みは、本当に揺るがない。
商人の怖さってこういうことなのだろうな、とユウトは本気で思った。
英雄だの聖杖だのより、生活と金に接続された噂の方が、よほどしぶとい。
ベルナデッタは最後に、にこりと笑って去っていった。
その背中を見送りながら、ユウトは空を仰ぐ。
「……嫌な予感しかしない」
レティシアが静かに言う。
「当たるでしょう」
「もう少し慰めてくれ」
「では」
ほんの少しだけ、レティシアの表情が和らいだ。
「私が止められる範囲では止めます」
その言葉は、十分に慰めだった。
だが同時に、レティシアにしか止められないようなことが、すでに始まりつつあるのだという現実でもあった。




