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聖剣じゃない。どう見ても電動マッサージ機です本当にありがとうございました。 ――なのに異世界では“震界の魔杖”として最強認定された僕、恥ずかしすぎてもう無理なのに魔王軍だけはなぜか倒せる  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第21話 王立学院、風紀委員長が乗り込んでくる

 ベルナデッタ・フロウとの商談とも拷問ともつかない時間を終えた翌日、新堂ユウトは、騎士団本部の食堂で朝食のパンをちぎりながら、ひどく遠い目をしていた。


「……王都って、戦争より日常の方が怖いな」


 心の底からの実感だった。


 四天王と戦った。

 地下魔力炉も止めた。

 刺客にも襲われた。


 なのに、今もっとも心を削っているのは、


肩が軽くなるかもしれない

疲れが抜けるかもしれない

女性市場に革命を起こすかもしれない


 みたいな、ひどく生活密着型の誤解である。


 世界のバランスがおかしい。


「そうでもありません」


 向かいに座るレティシアが、相変わらず真面目な顔で言った。


「民が何に不安を抱くかは、国の安定に直結します」


「正論なんだけど、いまは聞きたくないな」


「でしょうね」


 そこは素直に認めるのか。


 レティシアは今日も騎士団の軽装制服。ユウトはいつもの黒いスーツに、王都で目立ちにくいよう選んでもらった濃い灰の上着。ぱっと見は少し落ち着いたが、隣を歩くのがレティシアである時点で目立つのはどうしようもない。


 その時、食堂の入口のあたりがざわついた。


 騎士団本部の食堂に、明らかに部外者の空気を纏った一団が現れたからだ。


「……誰?」


 ユウトが小声で聞くと、レティシアがそちらへ目を向ける。


「学院の制服……ですね」


「学院?」


 入ってきたのは、白と紺を基調にしたきっちりした制服姿の少女だった。


 年はユウトと同じくらいだろうか。

 長い栗色の髪を高い位置で結び、背筋はまっすぐ、眼差しは鋭い。顔立ちは整っている。かなり整っているのだが、それ以上に隙のなさが目につく。腕には腕章。たぶん風紀委員とかそういう類だ。


 しかもその後ろには、同じ制服の男女が三人。完全に「調査に来ました」という空気である。


 嫌な予感しかしなかった。


 少女は食堂をひと目見渡し、すぐにユウトへ視線を定めた。


「異邦人シンドウ・ユウト殿ですね」


「はい来た」


 思わず口から出た。


 少女は眉ひとつ動かさない。


「私は王立学院風紀委員長、セリーナ・ローゼンベルクです」


「風紀委員長……」


「はい」


「嫌な予感しかしないな」


「こちらとしても同感です」


 初手から辛辣だった。


 レティシアが静かに立ち上がる。


「本部食堂です。ご用件を」


 セリーナは一礼こそしたが、視線の鋭さは緩めなかった。


「学院内で、近頃“律動の聖杖”に関する不健全な噂が急速に流入しています」


「不健全」


 ユウトはぱん、と額に手を当てた。


 ああ、来た。

 絶対に来ると思っていたやつだ。


「その中心にいる人物として、シンドウ・ユウト殿へ確認を求めます」


「中心にいたくているわけじゃないんだけど」


「それは後で判断します」


 厳しい。

 厳しすぎる。


 食堂の騎士たちが、ちょっと面白がるような顔で様子を見ているのが腹立たしい。お前ら助けろ。


「確認って、ここで?」


 ユウトが言うと、セリーナは即答した。


「本来は学院へ来ていただきたいところですが、騎士団預かりの立場と聞いていますので、まずは私が出向きました」


「律儀だな……」


「風紀を守るためです」


「その軸がぶれないの、逆に怖いな」


 レティシアが間に入る。


「学院内部の風紀問題と、ユウト殿個人を直結させるのは早計かと」


「だからこそ確認に来ています」


 セリーナはまっすぐユウトを見る。


「あなたが、自身の兵装に関してどのような情報を発信し、あるいは黙認し、あるいは利用しているのか」


「してないしてないしてない!」


 ユウトは即座に両手を振った。


「むしろ止めたい側!」


「ではなぜ、ここまで不健全な尾ひれがついているのですか」


「それが分からないから困ってるんだよ!」


 セリーナは少しだけ目を細めた。


「言い訳としては、わりと筋が通っていますね」


「言い訳じゃなくて現実なんだって」


 セリーナの後ろにいた男子生徒が小声で言う。


「委員長、たしかに困ってる顔してます」


「黙りなさい」


「はい」


 どうやら部下にも厳しいらしい。


   ◇


 結局、食堂では話しきれないということで、騎士団本部の小応接室へ場所を移すことになった。


 応接室に入ったのは、


ユウト

レティシア

セリーナ

セリーナの補佐役らしい男女二名


 の五人。

 学院側が三人も来ているのが既に圧である。


 席につくなり、セリーナは紙束を机に置いた。


「これは?」


 ユウトが聞くと、セリーナは淡々と答える。


「学院内で確認された噂、落書き、模造品、呼称一覧です」


「そんなに!?」


「そんなに、です」


 紙束の厚みがひどい。

 ぱらりとめくって見えた文言だけでも、すでに頭が痛い。


 《疲れを散らす聖杖》

 《触れられると危ないらしい》

 《いや整うらしい》

 《黒衣の英雄が夜ごと秘密の施術を》

 《学院持ち込み禁止》


「最後だけまともだな……」


「風紀委員会としては、そこが主眼です」


 セリーナの声は冷静そのものだった。


「不明な模造品が生徒のあいだで流通し始めています。細長い棒状の雑貨、小型魔導具、怪しい健康器具、簡易祈祷具」


「そこまで行ってるの!?」


「行っています」


 ユウトは頭を抱えた。


 王都全体で変な方向に広がっているのは知っていた。

 だが学院内でそこまで具体的に汚染されているとは思わなかった。いや、汚染という言い方は学院側に怒られるかもしれないが、気分としてはまさにそれだった。


「ちなみに」


 ユウトが恐る恐る聞く。


「どういうのが“不健全”判定なの?」


 セリーナは一拍置いて答えた。


「言葉にするのもどうかと思う内容です」


「逆に気になるな!」


「気にしなくて結構です」


 その即断が本当に風紀委員長っぽい。


 レティシアが静かに訊く。


「学院側のご懸念は理解します。ですが、ユウト殿本人がそれを流している証拠は」


「現時点ではありません」


 セリーナはそこをはっきり言った。


「だから、確認に来たのです」


 そして、まっすぐユウトを見る。


「あなたは、自分の兵装がどう受け取られているか、どこまで把握していますか」


「嫌になるほど」


「どこまで?」


「神器扱い、聖具扱い、癒やし扱い、健康器具扱い、商材扱い、全部」


 セリーナのまばたきが一度だけ止まる。


「……想像以上ですね」


「こっちは毎日その想像以上の中で生きてるんだよ」


 その返しに、セリーナの補佐役の女子生徒が少しだけ肩を震わせた。笑いをこらえたのかもしれない。空気を読んでほしい。


 セリーナは紙束の上へ指を置く。


「では次の質問です」


「まだあるのか」


「重要です」


「はいはい」


 諦め気味に頷くと、彼女は言った。


「あなたは、その兵装を見せることを極端に嫌がっていますね」


「そりゃあね」


「なぜですか」


「なぜって……」


 そこでユウトは言葉に詰まった。


 真正面から聞かれると困る。

 困るに決まっている。

 ここで本当のことなど言えるはずがない。


 セリーナはその沈黙を逃さなかった。


「つまり、理由がある」


「あるけど!」


「しかも、かなり個人的かつ、公には言いにくい理由」


「そうだけど!」


 セリーナが腕を組む。


「ではやはり、学院内で広がっている“不健全”な想像にも、一定の根拠が――」


「ない!」


 ユウトは立ち上がりそうな勢いで否定した。


「そこだけはない! 本当にない! 断じてない!」


 応接室に沈黙が落ちた。


 セリーナは数秒、ユウトの顔を見つめていた。

 その視線の鋭さに、ユウトは少しだけ冷や汗をかく。


「……なるほど」


「その“なるほど”が一番怖いんだけど」


「少なくとも、“そういう人間”ではなさそうです」


「雑に人間性判定されたな」


「ですが」


 セリーナは続ける。


「逆に、なぜそこまで必死に否定するのかが不明になりました」


「そっちは不明のままでいてくれ!」


 レティシアが、珍しくほんの少しだけ肩を揺らした。

 笑ったのかもしれない。今のはたしかに、外から見ればかなり必死だった。


   ◇


 その後の聞き取りは、思ったよりまともだった。


 学院内へ流入した模造品の確認。

 どこで仕入れたのか。

 誰が言い始めたのか。

 学院生徒たちがどの程度本気で信じているのか。


 セリーナは厳しかったが、少なくともユウトを最初から犯人扱いするつもりではなかったらしい。むしろ話しているうちに、本人が一番の被害者ではないか、という認識に近づいていっているのが分かった。


「つまり、あなたは」


 セリーナが言う。


「自分の兵装に関する誤解を、積極的に否定したい立場である」


「そう」


「にもかかわらず、周囲が勝手に広げていく」


「そう!」


「神殿の善意、魔導院の研究、王宮の政治利用、商人の商機」


「全部そう!」


 セリーナは静かに息を吐いた。


「なるほど。思ったよりひどい状況ですね」


「だろ?」


「ええ」


 そこで初めて、ユウトはこの風紀委員長と少し分かり合えた気がした。


 だが、その直後である。


 セリーナは眉間へ指を当て、少しだけ考え込んでから、こう言った。


「ただ、ひとつだけ納得できない点があります」


「え?」


「あなた自身が、そこまで兵装を見せたがらない理由です」


「そこ掘るなあ!」


「風紀委員として、曖昧なままにはできません」


「なんで!?」


「曖昧さは噂を育てます」


 正論だった。

 今日いちばん痛い正論だった。


「もし、その理由が“単なる羞恥”なら、私はその点も含めて学院側へ説明できます」


「いや、それは」


「ですが、“言えない理由”である以上、生徒たちはそこへ勝手な意味を見出します」


「だからって説明できることじゃないんだよ!」


 ユウトが頭を抱えると、セリーナは本当に少しだけ困った顔をした。


 そこへ補佐役の女子生徒が、おずおずと口を挟む。


「委員長」


「なに」


「たぶん、そこは無理に聞かない方が……」


「なぜ」


「その……本当に言えないことって、人にはあると思うので」


 それは、ものすごくまともな意見だった。


 ユウトは思わずその女子生徒を見た。

 地味めな眼鏡の、いかにも真面目そうな子である。名前はまだ聞いていないが、いまこの場で最も人の心が分かる人間かもしれない。


 セリーナは少し黙り、それからゆっくり頷いた。


「……そうですね」


「引いてくれるの!?」


「完全には引きませんが」


「やっぱり風紀委員長だな!」


 だが、その言葉には少しだけ救われた。


   ◇


 話し合いの終盤、セリーナは学院側の結論をまとめた。


「まず、シンドウ・ユウト殿本人が噂の発信源ではないことは理解しました」


「よかった」


「むしろ、相当困っている」


「そこも分かってもらえて助かる」


「ただし」


「また“ただし”か」


「学院の風紀が乱れているのも事実です」


 セリーナの目が鋭くなる。


「したがって、私は今後しばらく、あなたと兵装に関する噂の流れを監視します」


「え?」


「必要なら、あなたにも協力していただきます」


「なんでそうなるんだ」


「元凶だからです」


「被害者だって言ったじゃん!」


「被害者であり、同時に中心でもある」


 それは否定しきれないのがつらい。


 セリーナは立ち上がる。


「学院へ戻ります。模造品の回収、噂の出所の洗い出し、生徒への注意喚起を行います」


「……ありがとう?」


「礼を言われる筋合いではありません」


 そこまで言ってから、彼女は少しだけ目を細めた。


「ですが」


「うん」


「あなたが、噂を面白がって放置している類の人間でなかったことは、確認できました」


「そこは一応、よかったのか」


「私にとっては」


 それだけ言って、セリーナは踵を返す。


 補佐役の生徒たちも続く。

 扉の前で、さっきユウトをかばうようなことを言ってくれた眼鏡の女子生徒が、こっそり小さく会釈した。


 ユウトも、小さく会釈を返す。


 応接室の扉が閉まる。


 ようやく静けさが戻った。


   ◇


「……疲れた」


 ユウトが椅子に沈み込みながら言うと、レティシアが短く答えた。


「でしょうね」


「風紀委員長って、みんなああなのか」


「知りません」


「そこは知らないんだ」


「ですが、真面目な方でした」


「それはそう」


 ユウトは天井を見上げる。


 セリーナは厳しかった。かなり厳しかった。だが、筋の通らない人間ではない。だからこそ、こっちが曖昧にしている部分だけを鋭く刺してくる。ああいうタイプは苦手だ。


「……レティシア」


「はい」


「俺、あの人にちょっと怪しまれてるよな」


「かなり」


「即答するなあ……」


「ですが、“不健全な張本人”という意味では薄れたかと」


「じゃあ何を怪しまれてるんだ」


 レティシアは一拍置いてから、言葉を選ぶように答えた。


「“なぜそこまで見せたくないのか”の理由です」


「そこは放っといてほしいんだけどなあ……」


「難しいでしょうね」


 そこへ、扉の外からまた足音が近づいてきた。


 こんこん、と軽いノック。

 嫌な予感でしかない。


「入ります!」


 元気な声とともに現れたのは、案の定フィアナだった。


「今日は元気だな」


「はい!」


「それが逆に怖い」


 フィアナは明るく部屋へ入り、にこっと笑った。


「学院の方、どうでしたか」


「真面目で厳しくて容赦なかった」


「そうなんですね」


「で、君は何しに来たの」


 フィアナは悪びれず答えた。


「神殿からのお願いを」


「帰ってくれ」


「まだ何も言ってません!」


 レティシアが深く息を吐く。

 どうやら今日も、ろくでもない方向へ話は続くらしい。


 ユウトは椅子の背へ体重を預けながら、心の底から思った。


 王都の日常は、戦場よりも油断ができない。

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