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聖剣じゃない。どう見ても電動マッサージ機です本当にありがとうございました。 ――なのに異世界では“震界の魔杖”として最強認定された僕、恥ずかしすぎてもう無理なのに魔王軍だけはなぜか倒せる  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第19話 魔導院、“人体への影響”を調べたがる

 第二王女セレスティアとの面会を終えて騎士団本部へ戻ったその夜、新堂ユウトは、机の上の黒布袋を見つめながら、本気で遠い目をしていた。


「……やっぱり、そうなるよなあ」


 王女は笑っていた。

 ものすごく楽しそうに、だ。


 神殿内で起きた“肩が少し楽になった”事件は、もう王宮に届いていた。届くだろうとは思っていた。思っていたが、あまりにも早い。


 セレスティアは、いつもの食えない笑みでこう言ったのだ。


『民間利用はまだ早いわ。でも、“何が安全で、何が危険か”を整理しないと、王都の噂はもっと勝手に育つでしょう?』


 つまり、王宮公認で検証しろ、という話だった。


 もちろん、その検証役に最もふさわしいとされたのは――。


「……ミリスだよなあ」


 嫌な予感しかしない名前を口にした、その時だった。


 こん、こん、と扉が叩かれる。


「開けるわよ」


「待て待て待て、返事してからにしろ!」


 叫んだが、もう遅い。

 扉は半ば当然のように開き、黒髪に金縁眼鏡の天才研究者がずかずかと入ってきた。


「おはよう」


「夜なんだけど!?」


「細かいことはいいでしょ」


「よくない!」


 だが、ミリスの手元にある王宮印入りの書状を見た瞬間、ユウトはすっと力をなくした。


「……来たか」


「来たわ」


 ミリスは実に満足げだった。

 絶対にこの人、面白がっている。


「王宮から正式依頼。兵装の人体影響に関する限定的検証。魔導院主導、騎士団監督、神殿立ち会い」


「三重苦じゃん」


「豪華って言いなさい」


「言うか!」


 ユウトが頭を抱えたところで、もう一度扉が叩かれる。

 今度はちゃんと待ってから、レティシアが入ってきた。その後ろには、案の定フィアナまでいる。


「ほら、全員集合」


「誰がうれしいんだよその状況」


 レティシアは部屋へ入るなり、まずユウトを見る。


「先に言っておきます」


「うん」


「本日の検証は、私の監督下で行います」


「ありがとう」


「必要以上の接触、不要な換装、長時間の連続使用は認めません」


「もっとありがとう」


「ミリス殿も了承済みです」


 ミリスは不満そうに鼻を鳴らした。


「制約が多すぎる気はするけど」


「多くありません」


 レティシアの声はきっぱりしていた。


 フィアナは両手を胸の前で組みながら、少しおずおずと言う。


「でも、ちゃんと安全かどうか分かるのは大事です」


「大事なのは分かるんだよ」


 ユウトはため息をついた。


「分かるんだけど、“人体への影響を調べる”って言葉の時点で、もうだいぶ嫌なんだよな」


「嫌なのは分かるわ」


 ミリスがさらっと言う。


「でも、王都じゃもう“疲れが取れる”“整う”“肩が軽くなる”って噂が走ってるんだから、放置した方が危険」


「うん」


「だから、魔導院がちゃんと“どこまでが本当で、どこからが危険か”を整理する必要がある」


 正論だった。

 腹立たしいほどに、正論だ。


「……行くよ」


 ユウトが言うと、レティシアがごく小さく頷いた。


「ありがとうございます」


「その感謝、今日はちょっと重いな」


「そうでしょうね」


 そこで即答するのが、この人らしい。


   ◇


 翌朝、王立魔導院の小型実験室は、妙な厳粛さに包まれていた。


 前に結界やら呪詛膜やらを壊した大げさな実験場ではない。

 もっと室内向けの、生活魔術の研究にも使われそうな部屋だ。長椅子、丸机、緩やかな光を放つ結晶灯、壁際の記録板。雰囲気だけなら、診療所と研究室を足して二で割ったような空間だった。


 だが、そこに並んでいる面子がよくない。


 ミリス。

 補助研究員二名。

 レティシア。

 フィアナ。

 さらに、魔導院の中でも生体魔力流を専門にしているらしい年配の女研究者までいる。


「人数、多くない?」


 ユウトが本気で嫌そうに言うと、ミリスは即答した。


「少ないわ」


「この世界の“少ない”の基準がおかしいんだよ」


 年配の女研究者が眼鏡越しにこちらを見る。


「王宮案件ですので」


「その一言が全部を悪化させてる気がする」


 レティシアが中央へ歩み出る。


「始める前に確認します」


 その声音は完全に護衛隊長のものだった。


「本日の目的は、“兵装が人体に与える影響の確認”です。ただし、治療行為ではありません」


「うん」


「対象部位は肩、腕、背部上面まで。腰部以下は禁止」


「そこを区切るの、妙に生々しいからやめてくれない?」


「必要です」


 レティシアはきっぱり言った。


「長時間の連続使用は禁止。痛み、違和感、不快感が出た時点で即中止」


「それ大事」


「換装は標準型のみ。近接型、広域型は今回は使いません」


「よし」


「以上です」


 ミリスがやや不満そうに口を挟む。


「本当なら比較のために換装も入れたいんだけど」


「入れません」


 レティシアの即答に、ユウトは心の中で拍手した。


 フィアナが小さく手を挙げる。


「神殿としても、安心しました」


「君は最近、立ち会うだけで空気を危険にするからな」


「えっ」


「いや、悪気がないのは分かってるんだけど」


 そう。悪気がないのが一番厄介なのだ。


   ◇


 最初の観測対象は、魔導院の若い研究員だった。


「なぜ俺じゃないの」


 ユウトが聞くと、ミリスが当然のように答える。


「自分の体感だけじゃ偏るでしょ」


「もっともだな」


「それに、あなたはすでに何度か使用側の振動に慣れてる可能性がある」


 それももっともだった。


 若い研究員は、かなり緊張した顔で長椅子に座る。

 肩に力が入りまくっている。


「そんなに緊張しなくても……」


「いや、だって」


 彼女は真面目な顔で言った。


「いま王都で一番噂の兵装ですよね、これ」


「そういう確認から入らないでくれる?」


 ミリスが記録板を構える。


「では、未起動状態で近接。生体魔力流の微細変化を確認」


「いや、その言い方が既にいやだな」


 ユウトは黒布袋から本体を取り出した。

 もう、この動作だけで部屋の空気が少し変わるのがつらい。


 未起動のまま、肩口近くへ寄せる。


 結晶板に細い波形が走った。


「……やっぱり、微弱反応がある」


 年配の女研究者が呟く。


「所持者以外でも、近接時に魔力流へ微小干渉」


「持ってるだけで人に影響あるの怖いな」


「怖いわよ」


 ミリスが普通に同意した。


「だから調べてるの」


 次に、ごく弱い起動。


「時間は三秒だけ」


 レティシアが釘を刺す。


「分かってるって」


 ユウトはスイッチを入れる。


 ぶ……ぉん。


 弱い。

 出力低下中だからか、以前よりもはっきり弱い。だが、その振動を肩へ近づけると、結晶板の波形が少しずつ整い始めるのが見えた。


「止めて」


 ミリスの合図で、ユウトはすぐに止める。


「どう?」


 研究員へ訊くと、彼女は肩を回して、目を丸くした。


「あれ」


「はい来た」


 ユウトが頭を抱えたくなる。


「少し、軽いです」


 その一言に、フィアナがぱっと顔を輝かせた。


「やっぱり!」


「やっぱりって言うな!」


 ミリスは冷静だったが、その目は完全に研究者のそれだった。


「筋緊張の緩和はある。しかも、想定より自然ね」


「自然?」


「無理やり緩める感じじゃない。流れの滞りだけがほどける感じ」


 その表現を聞いて、ユウトは本気で嫌そうな顔をした。


「その言い方、あとで絶対に神殿が拾うやつだろ」


 フィアナが無言で視線をそらした。

 分かりやすすぎる。


 そこで、もう一人の研究員が、おずおずと口を挟む。


「ミリス殿」


「なに」


「肩だけでなく、背中上部でも確認すべきでは」


「駄目です」


 レティシアが即答した。


 研究員がびくっとする。


「し、しかし」


「肩と腕のみで十分です」


「ですが、疲労回復の実用性を考えると――」


「考えなくていい」


 レティシアがきっぱり言い切る。


 ユウトは心の中でまた拍手した。今日のレティシアは本当に頼もしい。


 だが、最悪なのはここからだった。


   ◇


 数回の短い確認のあと、年配の女研究者が記録板を見ながら言った。


「ミリス殿、局所反応は出ていますが、これだけでは“気のせい”と言われる余地もあります」


「そうね」


「せめて、もう少し慢性的な疲労部位で」


「だからその言い方!」


 ユウトが叫ぶ。


 だが、ミリスは考え込んだ顔で、部屋の中を見回した。


 嫌な予感しかしない。


「……誰か、慢性的に肩や背を痛めてる人いる?」


「いると思いますが、すぐには」


 補助研究員が答えかけた、その時だった。


 実験室の隅で、資料を運んでいた若い男性研究員が、小さく呻いた。


「いてっ」


 全員の視線がそちらへ向く。


「……え」


 本人が一番気まずそうだった。


「いや、その、最近寝不足で首と肩が……」


「はい来た!」


 ユウトが叫ぶ。


「なんでこういう時だけ都合よく“ちょっと困ってる人”が出てくるんだよ!」


「観測対象としてはありがたいわね」


 ミリスが冷静に言うのが腹立たしい。


「ありがたくない!」


 レティシアは完全に警戒していたが、男性研究員本人が恐縮しきっているため、強く止めるに止められない空気になっていた。


「す、すみません。別に無理にとは」


「いや、君は悪くないんだけど!」


 悪いのは状況だ。


 結局、そこでも短時間、肩と首の境目へごく弱く当てることになった。


 ぶ……ぉん。


 三秒。


 止める。


 男性研究員が首を回す。


「……あ」


 その一言だけで、全員が察した。


「軽いですか」


 ミリスが確認すると、彼は気まずそうに頷く。


「すごく、ではないですけど……さっきより、動きやすい感じが」


「ほらあああ!」


 ユウトの悲鳴が響いた。


「これでまた王都に変な噂が増える!」


「まだ外には出しません」


 ミリスはそう言ったが、表情はもう完全に“研究対象としては面白い”になっている。


 フィアナなんて、今にも立ち上がって拍手しそうだった。


「やっぱり、疲れにも」


「君はその“やっぱり”を飲み込め!」


 レティシアが深く息を吐く。


「……ここまでです」


「えー」


 フィアナが素で言ってしまった。


「えー、じゃない」


「でも、もう少しだけ確認すれば、安全な範囲も――」


「今日の実験目的は達成されています」


 レティシアは一歩前へ出る。


「これ以上続ければ、“人体への影響確認”から“実用試験”へ意味が変わる」


 その言葉は重かった。


 ミリスですら、数秒黙る。


 そして、やがて小さく頷いた。


「……そうね」


「そこは素直なんだ」


「研究内容が変質するのは、私も嫌だもの」


「研究者らしい線引きだな」


 だが、線引きがあっても、結果が変わるわけではない。


 観測は終わった。

 そして、その観測結果は明らかだった。


 兵装は人体に対して、限定的だが、確かに“疲労緩和に近い作用”を示す可能性がある。


 最悪だ。


   ◇


 実験後の取りまとめは、予想通り揉めた。


 魔導院としては、誤解を防ぐために危険性を強調したい。

 神殿としては、希望を潰しきらない形で表現したい。

 レティシアは「広めること自体が危険」と主張。

 ユウトは「全部なかったことにしてくれ」と心から願っていた。


「報告書の文言はこう」


 ミリスが板に書く。


 《兵装は限定条件下で筋緊張緩和および浅層魔力流整流を引き起こす可能性がある。ただし安全域は未確定であり、長時間・高頻度・高出力の運用は危険を伴う》


「うん、最後大事」


 ユウトが頷く。


「すごく大事」


「神殿としても、そこは尊重します」


 フィアナが真面目に言う。


「でも、“可能性がある”も消さないんですね」


「消せないから困ってるんだよ!」


 レティシアがきっぱり言う。


「この件は、王宮と騎士団の管理下でのみ扱うべきです」


「民衆には?」


 フィアナが聞く。


「知らせません」


 即答だった。


 ユウトはその言葉に心から同意した。


「そうしてくれ。ほんとに」


 だが、その願いは長くは保たなかった。


   ◇


 魔導院を出た帰り道。

 王都の中央通りへ戻る手前で、向こうから派手な馬車が止まった。


「また!?」


 ユウトが反射で声を上げる。


 降りてきたのは、やはりベルナデッタ・フロウだった。

 赤茶の巻き髪、高級感のあるドレス、そして相変わらず“商機の匂いを嗅ぎつけた猛獣”みたいな目。


「よいところで会えましたわ」


「会いたくはなかったなあ……」


「本日、魔導院で“人体への限定的良性反応”が確認されたと聞きまして」


「なんで知ってるんだよ!?」


 全員が固まる。


 ミリスですら、一瞬だけ本気で目を丸くした。


「まだ外に出してないわよ」


「正式な報告書はそうでしょうね」


 ベルナデッタは扇を口元に当てて笑う。


「でも、王都には王都の風の流れがありますの」


「その風、止められないのか」


「商人にそれを言います?」


 最悪だった。


 レティシアが前へ出る。


「ベルナデッタ嬢。この件は未確認情報です」


「ええ、ええ。もちろん“正式には”そうでしょうとも」


 絶対に信じていない顔だった。


 彼女はユウトの黒布袋をちらりと見て、満面の笑みを浮かべる。


「やはり、王都女性市場に革命を起こせますわね」


「起こさないよ!?」


「肩、首、疲労、気分の滞り――」


「気分の滞りまで入れるな!」


 ベルナデッタは本当に楽しそうだった。

 こっちは全然楽しくない。


「近いうちに、もっと本格的なお話をさせてくださいませ」


「しない」


「交渉の余地は?」


「ない」


「即答、きらいじゃありませんわ」


「好きになられても困る!」


 ベルナデッタは軽やかに一礼すると、また馬車へ戻っていった。

 去り際まで「高級会員制」「限定施術」「王都上流向け」みたいな単語が聞こえてきて、ユウトはその場でしゃがみ込みたくなった。


「……終わった」


「終わっていません」


 レティシアがきっぱり言う。


「むしろ始まりです」


「そういう正確な訂正、今はいらない!」


 ミリスはこめかみを押さえながら言う。


「情報漏れの経路を洗う必要があるわね……」


「そこじゃない気もするけど」


「でもそこも大事」


 フィアナは、少しだけ困ったように微笑んだ。


「でも、シンドウさんが困っているのも本当ですね」


「いまさら!?」


 だが、その一言だけは少しだけ救いになった。


 みんながみんな、兵装だけを見ているわけではない。

 少なくとも、この場にいる何人かは、困っている自分も見てくれている。


 ……もっとも、それで状況が改善するわけではないのだが。


「……レティシア」


「はい」


「たぶん次、もっとろくでもないことになる」


「ええ」


「否定しないんだ」


「できません」


 それがあまりに真っ直ぐで、ユウトは深く、深くため息をついた。


 王都の空は今日も青い。

 だがその下で、自分の兵装は、英雄の武器であるだけでなく、疲労を和らげるかもしれない“変な聖具”としても理解され始めていた。


 最悪だ。

 しかも、たぶんまだ序の口である。

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