1-13 『世界は時に理不尽で、それでも少年は……』
アルフリッドが術式を唱え、魔術を発動した。
魔法名『シクレバハル』は空気中の酸素濃度を極度に上昇させ、それを導火線に似せて火を放ち、遠距離まで攻撃る術式だ。能力(科学分野)で解釈するなら、空気操作能力、気流操作能力、発火能力の三つを使ったもの、といえば分かりやすいだろう。
鼓膜が破れそうなほどの爆音とともに放たれた炎は、一直線に穴の中へと吸い込まれていった。
直後、穴の中からは悲鳴と夕日のように赤い光が出て来た。
零が観たところ、炎は敵勢力の頭上を通り、その風圧で敵を薙ぎ払ったようだ。つまり、誰一人として死人はいない、という事だ。
ここまでは予定通り。というか、そうでなくては困る。
レイの予想では次に起こることは……
「次! 穴からの銀矢の攻撃! 数五十!」
「ああもうめんどくさい!」
レイが指示した直後、穴からいきなり銀矢が飛び出て来た。その矢は奇妙な事に上空で百八十度曲がって、レイ達をめがけて落ちて来た。
が、その前にアルフリッドが炎で全てを塵も残さず燃やす。
別にレイが軍師レベルの頭脳の持ち主だからこの攻撃を読めたわけではない。
いくつか未確認人物がいるとはいえ、レイの目がある限り敵の情報はレイに筒抜け状態だ。敵の戦力さえわかれば、後は自分自身との質疑応答だ。自分ならどうするかを考え、その前兆さえ見過ごさなければ、このぐらいの攻撃は予測可能だ。未来予知みたいな分かりやすい力ではなく、事前に敵を知れるという点では未来予知に匹敵するほどのものだと言っても過言ではない。
とはいっても、レイはまだこの力を制御しきっていないので、完璧に情報を入手できるほど便利ではないことは、レイ自身が一番よく分かっている。
二、三回ほど銀矢の攻撃をやり過ごし、タイミングを見てレイたちは穴の中へと突入していった。
穴の中の下水道は意外にも広く、高さ三メートル、はば五メートルと十分すぎる広さだった。また、下水道内は明るく、奥の方から焚火を燃やす音が聞こえるので、おそらくかがり火でもしているのであろうと考えた。
地面には何人か倒れていたが、どれも気絶程度で済んでいたようだ。この辺りはアルフリッドの魔術の技量がそのぐらいすごいという事であろう。
「ところでこいつらどうするの? 両手両足を切断しておく?」
「なにお嬢様が物騒なこと言っているのですか!? ちょっとどこじゃなくてマジで鳥肌立ったぞ!!(じー)」
「アルフリッド……見た目によらず過激な奴だな……(じー)」
「え? ちょ、私変なこと言った--ってちょっとやめて! そんな冷たい目で見ないでー!!」
これも時代の流れによるものなのか……と思ってしまうが、どうしても理解ができないのがレイの今の悩みだったりもする。
「まあ、あれだ。別に両手両足を切断しなくても、すぐにこいつらが起きてくることはないだろう」
「そ、ならいいんだけど」
そういってアルフリッドは、念のために両手両足を、物質精錬で作り出したロープで拘束して、解けないのを確認したのち、下水道の奥へと進んでいく。
が、その直前に穴の奥から声が聞こえた。
「動くな。さもなくばこの女を殺す」
一語一句に重圧を感じさせるような低い声とともに、暗闇からフラッシュノズルと発砲音が聞こえた。
弾は運が良いことに、いやまるでそこを狙ったかのようにアルフリッドの真横を通って、再び闇の中へと消えていった。
「な……ッ!?」
発砲音が下水道内に余音を響かせる中、レイは予想外すぎるものを見た。
銃。しかもハンドガン
中世のマスケット銃ではなく、二十一世紀に造られたデザートイーグルと呼ばれる対大型猛獣の銃だった。
たしか噂では、女性や子供がこの銃を使って撃った場合、肩が外れると呼ばれるほどの強力な銃だ。
が、問題はそれ以前だ。
なぜ、この時代、この街に銃という概念が存在するのか?
結論は、すぐ出た。
「(くそ! 俺と同類かよ! 分が悪すぎるぞおい!!)」
同類、つまりは旧人類。
かつて世界を支配していた種族の生き残り。歴史に取り残された者。
レイが目を使って確認してみたが、やはり旧人類で間違いなかった。
黒いポンチョを身にまとっているせいで、暗くて顔までは解らなかったが、どうやら年齢は二十代後半から三十代の日本人だった。
この時、レイが目をこれ以上使わなかったのは、もう情報は必要ないと思ったからだ。
理由は単純。
救うべき人がそこにいるからだ。
黒ポンチョをまとっている旧人類の隣には、先ほど学校に襲撃してきた空間転移能力の使い手であるヘストイ・アーシンと、ヘストイに縄で拘束されたビルビットがいた。
「ビルビットさん!!」
それを見てアルフリッドが近づこうとするが、その前に足元にデザートイーグルの銃弾が刺さる。
旧人類は再びアルフリッドに銃口を向け、次はないぞと警告するかのような構えだった。
ビルビットはなんとか手を解こうと……してなかった。いや、まるで全てを受け入れたような状態だった。
「てめえ、誰だ」
レイは旧人類を睨みつけながらそう言った。
旧人類は少し渋めな声で、あざ笑うように答える。
「『蒼の騎士団』幹部、水竹杉乃。と言っても分からないか」
「……ッ?!」
『蒼の騎士団』というワードを聞いて、アルフリッドは大きく目を開けた。
いや、この場合は驚きの余りに、と言ったほうがいいか。
が、流石は世界屈指の名家の娘というべきか、すぐに思考を切り替えて、速攻で詠唱を開始する。
だが、その動作は水竹にバレていた。
「おやおや、君はこの少女を救うきかい?」
アルフリッドはつかさず答える。
「当たり前でしょ! 友達なんだから!」
が、その言葉がこの場を黙らせるトリガーとなってしまった。
厳密には、その言葉を発するためのトリガーに。
「たとえその友達が、この街に不法に移住していたとしてもか?」
「ッ?!?!」
言ってる意味が、分からなかった。
いや言っていることはわかっていたが、なぜアルフリッドが動きを止めたかが、レイには分からなかった。
長い沈黙。
なんとか拡散していた意識を元に戻したアルフリッドが、恐る恐るビルビットに尋ねる。
「ビルビット、さん。……本当、ですか?」
ビルビットはアルフリッドから目を晒すと、事実を述べる。悔しそうな顔も、今にも泣き出しそうな顔をせず、ただただ普通に言った。
「うん。本当だよ」
「……そう、ですか」
アルフリッドはそれ以上ビルビットに聞かなかった。とても悔しそうな顔をしながら。
レイはその顔を見て思わずこう言ってしまった。
「だから、それがどうしたって言うんだよ!! そんなのいったい何の関係があるって言うんだ……ッ!?」
レイが杉乃に向かって大きく一歩を踏み出したところで、アルフリッドはレイとリンカの首元を掴み、そのまま冷たい石の床に叩きつけた。誰かの意思に従ってではなく、自分の意思に従って。
杉乃は口を三日月にし、「それでいい」とだけ呟くと、ビルビットを連れて闇の奥へと消えて行った。
「アルフリッド!! てめぇどうゆうつもりだ!!」
「そ、そうだぞアルフリ! なぜアイツの味方をするんだ!」
「アルフリって何よ! アルフリッドよ!!」
思わずツッコミを入れてしまったアルフリッドを見て、どうにか体を動かして解こうとするが、アルフリッドは離そうとしない。いや、まるでこれ以上レイにかかわらせないようにしているような……?
アルフリッドは強い口調で、レイの知らない事実を述べる。
「アンタはこの街に来たばっかだから知らないと思うから教えてあげる。治安法第三十三条、『不法侵入、または不法に移住した者とは関わってはならない』っていうのがあるのよ! これだ私がしたことがわかるでしょ!!」
「な……ッ!?」
つまり彼女はこう言いたいのだ。
『法律だから仕方がない』と。
たとえそれが、友達を見捨てることになっても、だ。
確かにこの世界の住人は、絶対に法律を守らなければならないという意志が強すぎるというのがあるが、アルフリッドはそうは言っていないが、この状況からはそう察するしかない。
「ふざけるな……」
気が付けば、レイは無意識のうちにそう呟いた。
レイはアルフリッドの拘束を解こうと足掻きながら、こう言った。
「ふざけるな! てめえが言っていることは最悪な事だぞ! てめえが言いたいことを俺が代弁してやる。自分を犠牲にするぐらいなら、他人を傷つけた方が良いってことじゃねえか! たとえそれが大切な友達だとしてでもだ! そうだろアルフリッド!!」
「……ッ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
このレイの発言には矛盾が存在する。
それは今日の朝に見た光景についてのレイの行動だ。
奴隷少女がごく普通にいて、その少女が今にも泣きそうな顔をしているのを見たレイは、助けようとしたが、最終的に自分の身を優先してしまった。
そう、結局のところ、レイとアルフリッドの差はほとんど無いのだ。普通だったら。
が、何故だろう。かつてのレイはそうでは無かったような気がしてならないのだ。
――本当に自分はどうしたい?
レイは自分自身に問いかける。
――助けれるものを救いたい。全てとは言わない。せめて自分が守れる範囲の者は守る。
――なら、俺がするべきことは何だ? 記憶になくても、心では、本心的に覚えてるだろ?
――そんなの、決まっているだろ!!
ああ、そうだ。
俺はそういうやつだ。
いつだってそうしてきただろ?
記憶になくても、自然と解る。それはまるで、その事実は体が、心が覚えているかのように。
――わかっているなら、後は行動に移すだけだ!
レイは体全体の力を抜いて、抵抗の意思をなくす。
「とはいっても、俺にはどうしようもない。俺には彼女を救うだけの力なんて持ち合わせてねえからな。悔しいけど、諦めるしかないだろ」
「レ、レイ……?」
アルフリッドとリンカは不思議そうな顔をした。
それもそうだろう。
先ほどまで反抗していたのに、いきなり掌を返したのだ。
だからこそ、アルフリッドはほんの少しだけそちらの方に思考を向けたのだ。
その瞬間を、レイは見逃さなかった。
レイは体を両腕の筋力を使い、体を反らしてアルフリッドの拘束を無理やり解いた。
「きゃ!?!?」
アルフリッドは驚きのあまり、普通に過ごしていては想像もしないような声を出したが、レイにそんな事に思考を割いている時間はなかった。
レイはすぐ隣にいるリンカに向かって、無意識にこう言う。
「リンカ! アルフリッドを押さえろ!」
「……!! よく分からんが分かった!!」
形成逆転。
今度はリンカがアルフリッドを抑え込む番になった。
アルフリッドは魔術を使用して脱出しようとするが、レイの魔術を消失させる力がすべての術式を無かったことにしていく。
「ちょ、アンタ嵌めたわね!!」
そう言われても仕方がない。
が、今はそんな戯言に付き合っている暇はない。
レイはアルフリッドを見つめ、笑いながら、レイは自らの本心を言う。
「わるい、やっぱり俺はビルビットを助けにいくよ」
「……ッ!?」
アルフリッドは驚きのあまり声を失った。
「アンタ……それ本気?」
アルフリッドはレイの姿を見つめながら、強く睨みつける。
レイはそんなアルフリッドを見て、話を続ける。
「本気だ」
「……はっ。はは、あははは。あははははははははははははッ!!」
アルフリッドはレイが言っていることがあまりにもおかしくて笑ってしまった。
理由は、レイがどんな手を使っても、魔術を使う敵に対してはあまりにも無力だという事だ。
「アンタにいったいどんな勝算があってビルビットさんを助けにいこうとするの? 敵は魔術師。そこら辺に居るチンピラたちとはわけが違う。魔術もろくに使えないアンタにどのようにしたら助けることができるっていうの?」
確かにレイには、特別な力も、これといった才能も、一発逆転が可能な物なんて何も持っていない。
だが、レイはこう言える。
普通の人間になったレイはこう言える。
「だから、それがどうしたっていうんだ? 確かに俺には何もすごいもんなんて持ち合わせていない。けど、誰かを救うのにそんな力は必要か? 必要ないね。本当に必要な物は、救う覚悟と、それを成し遂げるだけの意識を持っているかだ!! それが無かったら、ただの偽善だ! 力があったからたまたま救いましたと言っているようなものだ!!」
だからこそ、今だから言える。
別に力がなくでも、誰かを救うことだってできるって。
だってそうだろ?
誰だってヒーローにはなれるんだから。
誰だって主人公になることができる!!
「お前が友達より法律を優先するというなら、そうしておけばいい。けど、俺があいつを連れて帰ったら、絶対ビルビットの前で謝ってもらうぞ! お前がいう友達っていうもんはそんなちっぽけなもんだって言うんだったなら!!」
別にアルフリッドの意見は否定しない。
いやむしろ、彼女の意見の方が、この時代としては正しいのだから。
彼女を責めたところで、おそらく何も変わりはしないだろう。
だから、レイは立ち去る直前にこう言った。
「もしお前が、本当にビルビットのことを思っているならば、お前ができることをしておけ。お前には、俺には無い物を持っているだろ?」
「……ッ!!」
それを聞いてアルフリッドは迷った。
ここで本心を言うべきか、それともこのまま仮面を被り続けるか。
答えは、目の前にあった。いや、彼が提示してくれた。
「……もう好きにしなさいよ」
アルフリッドは抵抗の意思をなくした。
だが、先ほどのレイが使った手口を注意しているのか、リンカは一瞬の隙も作らない。
けど、そのは必要なかった。
もはや反抗の意思がないアルフリッドは、自分でどうにかするのではなく、自らができないことを他人に頼った。
だから……とアルフリッドは付け足してこう言った。
「お願い! 彼女をこの不条理な現状から救ってあげて!!」
それは、彼女にはできないことだった。
しようとしても、自分の立場やプライドが邪魔をする。これまで自らの本心を仮面で隠してきた。
だからその言葉は、彼女の本心だったのかもしれない。
純粋な、どこにでもいる女の子の願いだった。
レイはその言葉を聞いて、笑って答えた。
「ああ、約束する。あいつらをぶっ飛ばして、ビルビットを助けて、誰も傷つかないようなハッピーエンドで終わらせようぜ!」
そう言って、レイは闇の中へと走って行った。
全ての問題は取り除かれた。
目の前にある議題はただ一つ。
さあ、少年よ。拳を握れ。
この理不尽な世界に、黒崎零を見せつけろ。




