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恋愛魔法はじめました。  作者: 奈屋一郎
恋愛魔法であいました。
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1-5 不知火つくしの初恋

 それから三年後、つくしは十三歳になったが、夢の恋愛魔法を使えずいた。

 無駄に年を重ねてしまったと、中二病臭漂わせ嘆いているわけではなく、恋愛魔法関連の書籍を読み恋愛魔法の妄想をし、たまに従姉のあさひの家で遊ぶついでという体で恋愛魔法について学ぶ十歳の頃と変わらない生活を送っていた。

 そんな彼とは違い、変わったのは高倉だった。

 中学に入ると高倉は恋愛魔法を使えるようになった。

 その才能はすぐに開花し、有り余る魔力の限りを尽くしてハーレムを作った。

 もうひとりじゃないからつくしは好きにしていいよ。それが当時の高倉の口癖だった。

 以前は金魚の糞のようについてきた高倉がそんなことを言われるものだから、遠回しに嫌いとかウザイとか言われているのかもしれないと感じ、その言葉を素直に受け取り徐々に距離を置いていった。

 だからといって全く会わなくなったわけではない。

 高倉はあさひに恋愛魔法の師事を受けていた。

 しかしあさひは念願の恋愛魔法の教師になれたものの、その教師の数が少なく、ひとつの県にいる中高生を計三人で相手にすることになっていたので、慌ただしい生活を送っていた。そのため高倉に教える日が少なくなってしまい、やむなく自宅に招いて勉強会を行うことも少なくなかった。

 そんな日は決まってあさひはつくしも家に招いた。両方に教えられると言う利点と、つくしの恋心を知っての気遣いもあったのだろう。

 けれどつくしは高倉と一緒に勉強はしないで、ただ学校の勉強や携帯ゲームをして過ごしていた。

 恋愛魔法に興味がある、とは中学生になってからは言えないでいた。中学生になっても魔法少女モノのアニメを観ていると公言できない感じと似ているのかもしれない。

 それに距離が離れたからこそ、これ以上嫌われる要素を少しでも減らしたかったのかもしれない。

 そんな感じで過ごしていたある日のこと。

 あさひと高倉が恋愛魔法の話しをしている中、つくしは会話を耳に澄ませながらも漫画を読むふりをしていた。二人の話が恋愛魔法から脱線したところでつくしはあさひの部屋に漫画を取りに行くことにした。

 そこで魔が差した。

 真面目と言えど十三才の男子。そんなもの性欲の塊である。

 四六時中悶々と過ごし、成長の早い者は四六時中それを解消し続ける奴も少なくはない。

 エロに多感すぎる年頃なのだ。それが女子大生の部屋に入ってしまったのだ。何日も我慢してきたが、時に我慢が出来ない日だってある。

 それは好きな子が薄着でキャミソールを着ているからだとか、従姉のブラが透けているとか、そういうのが引き金になってしまう。

 そんな多感なつくしの手は、ついタンスに行ってしまった。

 律儀に上段からあけていく。

 眼はタンスに集中させて、耳は扉の向こうに向ける。心がうるさいくらいに高鳴って、足音を聞き逃さないか不安になるほどだ。

 一番下の段にそれはあった。

 心がさらに大きくドクンと高鳴ると音は消え、それに全神経が集中された。

 敷き詰められたブラジャー、そして隣にあるパンツ。

 エロさを引き立てる淡い色彩と肌触りの良さそうな生地、そして本能に呼びかけるヒラヒラ。

 手に取ろうとするがつくしは一瞬戸惑う。

 あさひはこういうことをしないと信頼して部屋に入れてくれているのに、その信頼を壊そうとしている。このことがバレないにしても、その罪悪感は拭うことは出来ないだろうし、感知魔法を得意としているあさひのことだから、いずれはバレてしまうだろう。

 そのリスクを負ってまで、パンツに触れていいものか。

 だがそんな葛藤は数秒と続かなかった。

 目の前にあるエロの原石。ある漫画で願いを叶える龍にパンティーを願った豚がいた。読んだときはしょうもない願いと唖然としたが、パンツを目の前にするとその気持ちが痛いほどわかる。それほどの価値は男子中学生にあった。

 出来れば脱ぎたてが良かったが、そんなワガママな童貞心は手に触れた瞬間に吹っ飛んだ。

 今までにないすべすべな触り心地と洗剤以上の甘い香り。それは女性の肌に触れるよりも気持ちのよいものだと思えるほどだった。背徳心は更なる興奮を生み、胸の高鳴りどころか体が芯から熱くなって、まるでサウナにいるようだった。

 さらにブラジャーもと手を伸ばした瞬間だった。

 部屋の扉が開いた。

 つくしと目が合ったのはあさひではなく、高倉だった。

 高倉は顔を青ざめ、口元を抑え、足は小刻みに震えていた。

「ど、どうしてつくしが……」

 タンスを勢いよく閉め、無かったことにしようとしたが、手に持ったパンツでその行為に意味が無いことを覚ったつくしは部屋から出ようと立ち上がった。

 しかし扉の前で両手を広げ高倉はとうせんぼをする。当然だ、変態を逃してはならない。いい正義心だ。しかしその変態と二人きりということを忘れてはならない。

「あんたいつからなの? いつからそんなことを!」

「バ、バカ! 初めてだよ初めて!」

「初めてなのにそんな高い魔力なわけ無いでしょ!」

「魔力って何だよ! パンツだよ」

 そう言いつつも、妙な体温の昂りを感じたつくしは、部屋に置いてあるスタンドミラーで自分の姿を確認した。

 そして気付く。自分の瞳の色に。その怪しく高貴さのある色に。

「むらさき。もしかして魔法? 恋愛魔法?」

 嬉しさよりも動揺が大きかった。

 体から溢れる全能感は同時に不安を襲った。

 こんな大きな力を制御出来るのだろうか。心は耐えきれるのだろうか。

 怖くなったつくしは部屋を飛び出そうとした。しかしその動きを高倉が止めようと瞳を紫に変えた。

「行かせない。あさひさんにちゃんと説明してもらうんだからね!」

 両手をつくしの方に伸ばし、戦闘魔法を発し、つくしの動きを止めようとする。

 高倉の手から伸びた白い綱のようなものは動きを拘束することに適していた。触れると蛇のように巻き付いて離さない、そんな雰囲気がある。

 触れられてはいけない。つくしはそう強く念じて白い綱を見つめる。すると白い綱は燃えるように伸びた先から消えていった。

 扉の前で唖然とする高倉を手で押しのけつくしは部屋を出てその勢いのまま靴を持って玄関を飛び出した。エレベーターを使わないで階段を使って六階から降りる。疲れを感じる余裕など無かった。

 マンションを出てからやっと座り込んで大きく深呼吸をした。

 そして手に複数のパンツを持っていることに気付いて慌ててズボンのポケットに詰め込んだ。

 数分間息を整え靴を履いて、少し気持ちが落ち着いてから路地裏でつくしは携帯で自分の顔を撮ることにした。自分の眼が紫色、つまり本当に恋愛魔法使いになれたのか、その確認をしようとした。

 しかし瞳はいつもの濃い茶色のままだ。

 もしかするとこの能力は自分のモノではないのかもしれない。そうつくしは思い直す。

 自分が触れたモノは日本有数の恋愛魔法使いの下着。あさひには感知魔法以外の能力があるのかもしれない。それは身につけた物に触れることで、触れた者が恋愛魔法を使えるようになる能力だ。

 その推理は的中した。

 再びポケットのパンツに触れると、体の芯から熱くなって、同時に瞳の色が紫に変わった。

 高倉が高い魔力と言った理由も頷ける。それはあさひの魔力だったのだから。

 しかし自分の能力でないにしろ、つくしは夢のひと時を味わえたことに満足していた。

 このパンツさえあれば、夢が叶う。

 いつ恋愛魔法が必要なときがくるかわからないからいつも持ち歩くことをつくしは決めた。変態心がわずかに残っていたことは否定できない。


 パンツ窃盗から一か月後。

 あさひの家に行くきっかけを失っていたつくしの元にあさひか連絡があった。

 唐突だが引越がきまったらしく、都会の方の地区を担当することになったという。

 つくしはショックだった。

 あさひが自分たちよりも毎日電車で往復二時間揺られる苦しみを避けたからだ。

 そして引越当日。

 出て行く前に別れを言わなければとマンションに向かうと、エントランスであさひの胸の中で涙を濡らす高倉の姿が見えた。

 熱心にあさひが高倉に何か伝えているように見える。師匠と弟子の間柄だからこその絆があるのだろう。

 つくしは二人がマンションから出てくるまで路駐されている引越のトラックの側で待つことにした。

 そして五分ほどして出てきた二人につくしは上ずった声で「おはよう」と挨拶をした。

「仕事が忙しくってその上、電車で一時間もかかるんだからもうほとんど会えないかもね」

 あさひはいつもと変わらない優しい笑みをつくしに向けた。

「いきなりでごめんね、つくし」

「いいんだよ。せめて夏休み終わってからの方が良かったけど仕方ないよね。向こうでもがんばってきてよ」

 あらかじめ頭の中で何回も呟いていた言葉を不自然なくらいにスラスラと言うつくしは明らかに動揺していたし、緊張もしていた。

 頭の中では別れのこととパンツのことがごちゃごちゃになってパニックを起こしていた。

 それでも何回もシチュエーションを繰り返した通り、別れの挨拶の後は握手で終わろうと決めていたので、右手をあさひに差し出した。しかしあさひはその手を見なかった。わざと視線を逸らしたと思えたのはつくしの考えすぎだろうか。

「二人仲良くしてよね。それじゃつくし。さようなら」

 颯爽と、あっさりとあさひは引越のトラックに乗って、遠くに行ってしまった。

 つくしは差し出した右手を見つめていた。

 水滴のようだった不安は、大きく広がって心を埋め尽くす。汗が止まらない。右手は震え、ズボンのポケットに入れたパンツがカイロのように熱い。

 そんなつくしに高倉は喧嘩腰で声をかけた。

 恨み怒りを滲ませた禍々しい重い声だった。

「おいつくし。あんたのせいだからね、わかってんの?」

 それに答えられるほど強い心を持っていないつくしは、ただ震える右手を見ていた。

「あんたがあんなことするからあさひさんは離れなくちゃいけなくなったのよ!」

 そう言われてつくしの心は折れた。心の中に溜まった膿のようなものを溜め込むにはまだ幼すぎた。

「なんだよ、僕が全部悪いのか? 美香紗があさひちゃんに言わなけりゃなんもなかったんだよ!」

「はあ? 相手はあさひさんよ? 隠し事何かしても気付かれるに決まってるじゃない!」

「やってみなくちゃわからないだろ!」

「わかるわよ! 私だって恋愛魔法使いなんだから! 相手が何か隠してて、それを知らないフリすることがどれだけ辛いかわからないでしょ」

「そんなの禁じ手だ! 恋愛魔法使いの気持ちなんか僕にわかるわけない」

「いいのよ、それで! わからないでいいのよ」

 紫色の瞳をした高倉は流れた涙を手で力強く拭い、涙をこらえるようにくしゃくしゃの顔をしてつくしを睨み付けた。

 溢れ出す憎しみは恋愛魔法によって増幅されてつくしの胸に届いているからかなのか、今まで味わったことの無いような恐怖を覚えた。眼前に迫ったトラックのような威圧感だった。

「次、恋愛魔法使ったら覚悟なさい。全身全霊でやってやるから。心が折れるまでとことんよ」


 高倉から脅しを受けてから二週間はパンツに触れられない日々が続いていた。けれど夢が手の届く位置にあるという事実が次第に恋愛魔法への憧れを再燃させ、パンツを手に取る日は遅くなかった。

 こうして恋愛魔法使いへの道をリスタートをさせたつくしは、家族が寝静まった深夜にあさひのパンツを鍵のついた箱から取り出し、そのパンツから得た魔力を元に恋愛魔法の鍛錬を行うことにした。

 どういった訓練をすればいいのかという大体の情報は、あさひの近くにいたから理解していた。

 感知魔法を鍛える為の練習法の基礎は、まず探したい人の大まかな位置を調べ、そこから徐々に範囲を狭くしていくという方法だ。その逆で、探したい人が一定以内の距離に近づくと察知する、という練習も行った。

 外見魔法は鏡の前で、自分の顔を変形させて、より細かくよりきれいに変化出来るようにした。

 内面魔法は相手がいないと成り立たない魔法だが、それでも練習は怠らなかった。相手に与えたい印象を想像し、言葉に発するというただの演技の練習のような形だが、一人で行うつくしにとって、それ以外に方法は見つからなかった。

 戦闘魔法も同じく相手がいないと成り立たない魔法だ。しかしやれることは最低限しておきたかったつくしは、手から発した光球のような戦闘魔法を自由自在に出来ればいいのではと考えた。太さ、分厚さ、透明度、強度、それらをコントロール出来るように鍛錬を行った。

 しかし三か月後に問題が起こった。

 あさひのパンツの魔力が切れたのだ。電池が切れたように唐突に。

 三か月を四時間、毎日行っただけでパンツ一枚に貯まっていた魔力が使えなくなってしまった。このままのペースだととても高倉に追いつくことなんて出来ない。高倉はほとんど一日中練習しているというのに。

 つくしはあの夏の日、あさひのタンスから三枚のパンツを盗っていた。

 残るパンツは二枚。それが無くなると恋愛魔法使いではなくなってしまう。

 本当に大事なとき以外は魔力は使えないと判断したつくしは、日々の鍛錬を恋愛魔法のイメージトレーニングに切り替え、月に一回、パンツを用いた実際の恋愛魔法を使用する方法に変えた。

 それでも上達にそれほど差がなかったのは、つくしの努力による物か、それとも才能だったのか、二年が過ぎる頃には全ての中級の魔法どころか、感知に関しては上級魔法も扱えるようになっていた。

 それでも高倉に叶うとは到底思えなかった。

 力をつければつけるほど、つくしは高倉が化け物に思えた。

 全校生徒のほとんどの男子を引き付ける魔力、魔力制御、魔力回復力、どれをとっても想像を絶した。

 そして何よりも戦闘魔法の強さは圧巻だった。

 つくしの中学には恋愛魔法使いがつくしを除くと八人いて、その全てが高倉の敵だった。その全てで強襲しても、高倉は傷一つ付けられること無く、相手をずたぼろにした。

 まぎれも無い天才。隙のない能力。そしてつくしに対する憎しみ。それらが合わさった高倉に勝てるとは到底思えなかった。

 それでも男ならやらなければならない時が来る。


 パンツ窃盗から二年後のバレンタインデー。つくしは中学三年生になっていた。

 つくしはついに高倉に気持ちを伝えた。チョコレートを添えて。

 この日に告白し、恋愛魔法を使う。それはつくしにとって特別以上のものだった。

「美香紗。僕は美香紗が好きだ」

 その意味を高倉も十分理解していた。

「今日みたいな日に告白してくるなんてふざけた覚悟ね。いいわ、やってやる。あの時は不意打ちだったのよ。今度は負けない」

 高倉の体から溢れ出す内面魔法はつくしに一点集中する。巨大な人食い鮫に大口を開かれたような絶望感を覚える。これは威嚇ではない。確実に潰しにかかっている。

 つくしの告白は高倉からすれば宣戦布告。恋愛魔法の戦いを挑まれたのと同じ意味になる。

 心の奪い合い。好きと嫌いのぶつかり合い。

 勝負は一瞬だった。

 つくしがパンツから魔力をもらおうと、制服の内ポケットに手を入れた瞬間、容赦のない戦闘魔法が襲いかかってきた。

 高倉の背中から伸びてきたものは目を凝らさないと見えないような半透明な綱だった。三本伸び、つくしが身構える前に両手と両足を二本で縛られ、最後に首を締め付けられの自由を奪われてしまう。もがいている間に黒いモヤのようなものがつくしの体を多い、すぐに戦意を失った。高倉に対する恋愛感情も。

 遠のく意識の中、高倉の罵声が聞こえた。

「男のくせに恋愛魔法を使うんだじゃない。汚らわしい!」

 こうして不知火つくしの初恋は終わった。

第二回登場人物紹介


恋愛魔法国家公務員教育部/28歳/春日あさひ/カスガ アサヒ

万葉高校の恋愛魔法科の一期生。万葉高校初のSランク保持者。

日本有数の感知魔法の使い手。

不知火つくしの従姉であり、高倉美香紗の恋愛魔法の師でもある。

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