1-6 恋愛魔法はじめたものの。
高倉に振られ破れて一年後。
ついにつくしにリベンジのときが訪れた。
「美香紗! お前の相手は俺だ!」
桐花の前に素早く立ってパンツを突き出す。一年前のようにパンツを取り出す前に宣戦布告してからではやられてしまう。戦隊モノのような変身を待ってくれるフィクションじゃない。
そのパンツに桐花と高倉は絶句した。
桐花は「変態だ!」とシンプルな驚き。高倉は恋愛魔法を人前で使われる危険性を危惧した。
パンツが魔力源だということは当然高倉は理解していた。
「つくし。冷静になりなさい。それをすればあなたの未来はドブ色よ」
「じゃあ桐花さんに手を出すな。嫌がっている相手を好きにさせてそれでいいのか」
「恋愛魔法はそういうモノよ。相手の感情何て気にしていて恋愛なんてできないわ」
高倉がそう言った瞬間、つくしの右手が、パンツを持っていた手が光った。
右手が焼けるように熱い。体の奥から温かさが広がる。そして湧いてくる全能感。初めて恋愛魔法を手にした頃を思い出す。
瞳が紫に染まったつくしを見て桐花は再び絶句した。全身の力が抜けるほどの驚愕。
何も桐花が大げさに驚いている訳ではない。むしろ少しは理解がある方だ。それでも実際に男が恋愛魔法を使うところを見ると動揺するしかなかった。
それほどに男が恋愛魔法を使うことはタブーとされている。童貞として生涯を終えるならまだしも、恋愛魔法を使える者は恋愛をしたいと強く願ったからこその魔法とされている。恋を成就できない者が成就出来るようにするための能力。足りないものを埋める能力。だが、その埋めた能力は貞操を失うと消滅し、足りない頃に戻ってしまう。足りなくなってから家族を養わなくてはならない。それを世間は許さなかった。
それでもつくしは自分の好奇心を可能性を信じた。そして偶然を生み、夢を叶えた。
その成果が体から満ちあふれた。
一瞬でケリをつけようと思っていた高倉を怯ませるほどに。桐花が三回目の絶句をするほどに。
つくしを纏う濃い内面魔法は一流の恋愛魔法使いと同様の鍛錬が積まれたものだった。
「前と同じようにはいかない」
「あんたは全然反省ができていないようね。事態の重大さをわかっていない。大馬鹿よ。こんなになるまでのめり込んで。引き返せなくなるわよ」
「恋愛魔法を使えない世界になら引き返せなくていい。その覚悟は出来ている」
つくしは不敵に笑った。
高倉はギリッと強く奥歯を噛み締める。
「ならここで終わらせる。前は気絶させる程度と手を緩めたけれど、今度は殺す気なんだから」
つくしにとって初めての実践に身構える時間なんてなかった。言い終えた高倉はすぐさま攻撃をしかけてくる。
何度か見たあの白い綱のようなものが高倉の手から伸びる。その速度は中学生の頃とは比べ物にならないくらい速く、巻き付けられると死んでも離さない強い意志を感じる。
つくしは、その綱をギリギリのところでかわす。つくしの集中力と感知能力が高くなければ勝負が終わっていたところだ。
つくしは焦った。内心、これまでの努力の成果が発揮されて少しくらいは戦え、桐花を逃がす時間稼ぎくらいはできるだろうと計算していた。けれど対峙してみると戦力差は永遠に追いつけないほどに感じた。ゲームでレベルを上げてボスに挑んだが、三ターンキルされるような圧倒的な差。
「すみません桐花さん。逃げてばかりだと偉そうな口をきいて。これは無理ですね」
「おい! あきらめるの早いって!」
高倉にじわじわとなぶるような遊び心は感じない。そうなるとあと数回の攻撃で仕留められるだろう。
「桐花さんは早く逃げてください。十秒も時間稼げませんっ」
攻撃の姿勢を取らずとも二人の姿をじっと見つめる高倉には野生の王のごとく風格が漂っている。
「あんたごときじゃ壁にならないっての。高倉美香紗の目を見なさいよ。絶対に逃げれない」
話している間にも再び攻撃が迫る。さっきと同じような綱のようなものが何本も襲い掛かる。それをギリギリのところでつくしは避ける。
「くそう。少しくらいいい勝負できると思ったのに! 美香紗の相手は俺だ! 美香紗の相手は俺だ! 美香紗の相手は俺だ!」
「どうした! 落ち着いてつくし!」
「美香紗に突っ込んでもらって少しでも隙作ろうとしたのに桐花さんが突っ込まないで!」
「敵にツッコミ入れてもらうっていう思考がまず違うから! って危ない!」
桐花はいきなりつくしに飛びつき二人は廊下の隅に勢いよく転がる。
「いきなり何ですか」
「あんたには見えないか。すっごい薄いので攻撃してきたわ」
「ほんとうですか?」
信じられないとたどたどしく声にするつくし。。
攻撃を感知されないように不可視に近い攻撃をしかけた高倉だったが、桐花はそれを見破る感知能力を持っていた。つくしも感知能力には自信があったが、桐花には敵わないようだ。
本格的に追い込まれたつくしはゴクリと喉を鳴らして溜まった唾をのむ。
物理的な攻撃をしかけようとしても高倉の恋愛魔法によってその意思をそがれ、恋愛魔法を使って攻撃を仕掛けようとしても圧倒的な戦力差で追い詰められる。逃げ道はない。
「つくしはよくやったわ。この学校であれだけの攻撃をかわせる奴なんて数えるほどよ。だからあんたがヘボなわけじゃない。高倉美香紗が異常なのよ。もういいわ、あり――」
「まだです! 僕は諦めてもいい。でも桐花さんは諦めないでください。桐花さんには絶対告白してもらいます!」
「でもどうやって逃げるのよ! 高倉美香紗の手数の少ない意味わかってんの? 一撃で仕留めるための攻撃力を溜めてるのよ」
「それを避ければ」
「避けれたらあたしは毎日逃げてないっての」
感知能力の天才が言うのだから避けようのないすさまじい戦闘魔法なのだろう。
何か高倉を足止めできる物はないかと思考を巡らせるつくし。そして自分の手の中にあるものに気が付いた。
パンツだ。
ラストパンツだ。
これを失うともう恋愛魔法は使えなくなってしまう。その夢と引き換えにしてまで桐花を救わなくてはいけないのだろうか。そう一瞬考えたが、そもそもは自分が桐花の邪魔をしなければ一人でいつも通り逃げていたに違いない。
これは自分が招いた過ちで、そして運命でもあるようにつくしは感じた。
ここで恋愛魔法を失ってしまえばそれまでだ。弱いものが淘汰される。それは恋愛魔法に限らず、生きていくうえで当然のこと。そう覚悟をしてパンツから魔力を吸いきった。
つくしは全速力で、できる限り透明で、鉄球のように重くできた光球状の戦闘魔法を手から放出し高倉に放り投げる。高倉は細い綱の戦闘魔法を何本も繰り出した。ゴールテープのように切れる高倉の戦闘魔法、それを勢いよく切っていくつくしの鉄球のような戦闘魔法。
徐々に勢いが殺され高倉に届く前に鉄球は消滅した。
その様子を見てつくしはすぐさまもう一回投げた。高倉の顔面めがけて。
何を? 持っていたパンツをだ。
そしてふわりと舞ったパンツは高倉の顔面に当たって乗った。
それを見てよっしゃとガッツポーズを取りながらすぐに桐花の手を取ろうと駆け寄る。
高倉は同性愛者だ。ならば女性モノの下着に興奮に目を奪われえるだろう。そのパンツの持ち主が師匠であるあさひの物なら尚更引きつけられるに違いない。
桐花の元によって手を差し出した瞬間、今度は正面から桐花にタックルを決められてしまう。桐花の肩がつくしの鳩尾に決まりつくしはその場にうずくまって悶えた。
「バカ! あたしがいなけりゃもう終わりだったわよ」
「作戦失敗でした?」
「なんでパンツなんて投げてんのよ。顔から取って表情変えないでポケット入れたっての」
「もっと邪魔をできて興奮させるものがあればいいんですけどね」
つくしがそう言うと、桐花は上着を脱いで攻撃態勢をとる高倉を見据えた。
おそらく魔力が貯まって大技を繰り出すのだろう。高倉の手にはすさまじい魔力が集められている。
そんな高倉に桐花は正対し、そして目が合うとすぐに上着を顔に向かって投げた。
パンツ同様ふわりと舞い、上着は高倉の顔にかかった。
…………。
すうはあすうはあ、と大きく深呼吸する高倉の呼吸音が廊下に響く。
全力で上着の匂いを嗅ぐ高倉。
高倉が徐々に両手から魔力を失う様子を見て、半泣きの桐花は背を向けて足音をできるだけたてないようにしつつも速く走った。つくしとすれ違い様にアイコンタクトをして逃げるように促し、つくしも後に続いた。
廊下の真ん中で制服の上着を頭からかぶり、すうはあと深呼吸する高倉を背にして、二人は体育館裏に逃げ込んだ。
「よかったですね、相手が変態で」
上着を投げ捨てた時は半泣きだった桐花は、逃げ出せた安堵からかそれとも変態に制服をやってしまったからか涙を流していた。
「ええ、いい選択だったでしょ。あたしの制服ならいい餌になると思ったけれどまんまとよ」
強がってはいるが、目を赤くはらし、上着を脱いで寒いことも相まって、鼻水は馬鹿な子供のようにじゅくじゅくと垂らしていた。
「次は桐花さんの番ですよ。告白してください。藤村先輩に」
「あんた暗記力パーなの? 藤本先輩よ」
「今なら美香紗は上着に夢中なので、感知で先輩の居場所探せますよね」
「探せるわよ。てかもう探してるし」
桐花は体育館を指さした。
「部活中ですか?」
「ええ、今四時五十分だから、すぐに休憩よ」
「頑張ってくださいね、桐花さんの恋愛魔法が無くなるかもしれませんが、それよりももっと大事なことってありますもんね」
「当たり前よ。まだ向こうが好きじゃなくっても、これから好きでいてもらうためのスタートだと思えばいいものね」
「おお! バレンタインを告白のゴールではなくてスタートとらえるなんて、前向きすぎです!」
「じゃあ言ってくるわ」
「桐花さんの告白シーンを完璧な妄想して待ってます」
三百六十五敗の妄想力に鳥肌を立てつつも桐花は告白に向かった。




