4-6 始まるために
一つだけでも強力なのに、それを力が衰えることなく八つも生みだし、さらに制御もちゃんとできている。高魔力に高制御力、さらに尋常じゃない集中力と器用さも必要となる。なにせ八つのことを同時にこなさなければならないのだから。
「動きを封じるうちに明石さんの必殺技でやってください!」
これだけの戦闘魔法ならつくしに勝てるかもしれない。期待の視線で桐花はヤマタノオロチを見つめる。
ヤマタノオロチは八ツ又同時につくしに襲い掛かる。けれどつくしは身構えることなくゆっくりと高倉の方に歩みを進める。八又は容赦なくつくしの首、腕、足、胴を縛り上げる。身動きの取れないつくしに対して高倉は締める力を緩めるどころか強めていく。
それでもつくしの表情は変わることはない。それが不思議で仕方ない桐花はついじっと見つめてしまう。
「明石さん! 見てないで早くやってください」
「あっ、そうか。ごめん」
桐花は思い出したようにつくしの体をスキャンし始める。しかしどれだけ探ってもつくしの体に魔力の吹き溜まりはなかった。どこも平面でプラスチックのようだ。
「どうしよう、全然見えない」
「そんな! ちゃんと見てください。爪の垢からお尻の穴まで」
「だから見てるって!」
「へっ!?」
高倉はつい情けない声を出してしまった。けれども無理はない。動けるはずがないつくしが動いたのだから。
つくしは何事もなかったかのように縛り上げられた体を動かしゆっくりと高倉の方に進む。
「どうして? どうしてよーーーー!」
わけがわからない恐怖で叫ぶ高倉に更なる恐怖が襲い掛かった。
高倉が発したヤマタノオロチが高倉の体に撒きついてくる。
「なんで? 制御できない? あれ、消えてよ! ヤマタノオロチ!」
「だめ……なんなのこれ」
桐花は感知魔法で状況を理解したうえで、理解できなかった。
ヤマタノオロチから感じる魔力はつくしのものだった。
高倉が発した戦闘魔法の制御権がつくしに変わったとしか考えられない。けれど、それをどうしやっておこなったのか、どのタイミングでなのかが全く見当がつかなかった。
「高倉美香紗! 相手の魔法を奪う能力って聞いたことある?」
「ええっ? ありませんけれど、もしかして今の状況ってそれなんですか!?」
「そうかも!」
そんな会話をしている間にもヤマタノオロチは高倉の首を締め付け、腹を締め付け、呼吸をさせなくしようとする。絶望的な状況の高倉の目は戸惑いが見えるもののまだ死んではいなかった。
そんな視線と期待は桐花に向いていた。
自分はそんな期待に応えられるのだろうか。桐花は疑問に思う。
強大な戦闘魔法をよくわからない方法で操り、日本最高の恋愛魔法使いを窮地に追い込む理性を無くした相手。それに勝てるのだろうか。勝てるわけがない、でも高倉は諦めていない様子だ。彼女の中に勝利の方程式は存在しているに違いない。
それならば諦めるにはまだ早い。
いつもどんなに追い込まれても、絶体絶命な状況でも、感知することでその場を切り抜けてきた。馬鹿の一つ覚えのようだが自分にはそれしかできない。
覚悟を決めろ。桐花は自分自身を奮い立たせようとする。
このまま何もできないままだと自分の恋愛がどうとかこうとか言っている場合ではない。つくしがつくしで無くなって、つくしの未来が無くなってしまうかもしれない。
この原因を作ったのは誰だ? 桐花に他ならない。恋愛魔法の世界に引き入ようとしたのは桐花だ。ならばここでつくしを止める義務と責任がある。いや、義務と責任なんかじゃない。元のつくしに戻したいという根源的な願いが桐花にあった。
今、この追い込まれた状況で生まれている気持ちをごまかすことは集中力を、恋愛魔法を鈍らせてしまう。もうこの気持ちから逃げてはいけない。追いかけなくちゃいけない。
恋愛魔法とは、恋愛とはきっとそういうものなのだから。
「つくし! あたしはあんたのことが好き。特別に好きなんだから」
桐花は抑えきれない気持ちを言葉にした。
ずっとずっと前から芽生えていて、見ないふりをしてごまかしていた気持ちをぶつけた。
つくしは何も言わないで桐花の方を一瞥すると、高倉をヤマタノオロチからの緊縛を解いた。高倉は力なくその場で座り込む。反撃する気力はなさそうだった。
そしてつくしはヤマタノオロチを桐花に向けた。
向かってくるヤマタノオロチを桐花は寸前のところで躱し、そして戦闘魔法を纏った手で一又を殴ると力なくよれよれの状態になり、消失した。
消えるまで見ることなく、桐花は二又三又と消していく。飛び込んでくるヤマタノオロチを次々ともぐらたたきのように叩き消していく。
桐花には完全に魔力の溝が見えていた。溝どころかその戦闘魔法がどこからどこに向かうのか、寸分の狂いもなく感知することができた。
それは正直な思いを伝えることでの精神の解放による影響なのか、それとも追い詰められたことによる火事場の馬鹿力的な現象なのか、あるいは高倉が言っていた隠された能力の一つなのか、そのすべてなのか。
桐花の極限にまで高められた魔力と集中力はあらゆるものの速度が遅く見え、感知にかかる時間なんてほとんどなく、さっきまで何分もかかっていた魔力の溝を感知することも、一瞥するほんの一瞬でできてしまうほどだった。
桐花はつくしを助けたいという一心のみで、一歩一歩、ゆっくりと歩みを進める。
つくしが放出する光球もすべて桐花が魔力の溝を感知して消失させていく。つくしは無表情で連続して放出するも、その全てが無駄となっていく。
高倉はその光景を現実のものとは思えず、桐花がつくしの強力な戦闘魔法を触れるだけで消失させていく夢のような現実を瞳に焼き付けようとした。自分もいつかはやってみたい。そして次はやられないよう対策を練るために。
夢のような気分を味わっているのは高倉だけではなく、桐花も同じだった。
研ぎ澄まされた感覚は四肢の感覚が無く、宙に浮いたような気分だった。けれども意識はしっかりとしていて考えると同時に体は動き、四肢全に脳があるような処理速度だ。
そして桐花はつくしの目と鼻の先まで近づく。理性がないつくしも、さすがに諦めがついたのだろう。攻撃をやめて桐花をジッと見つめていた。
「やっぱり好き」
桐花は頬を赤らめるも真剣な表情で言った。
「つくしがどんなになってもあたしの気持ちはきっと変わらない。理性がなくたって、あったってつくしはつくしなんだから……もう近すぎだし我慢できないわ」
桐花は少しつま先を伸ばし、つくしの首辺りに腕を伸ばす。
そして触れるだけの幼く優しいキスをした。
「こんなときにバカみたいね。早くつくしを元に戻さなきゃいけないのに。やっぱ恋ってすごい」
照れ笑いを浮かべる桐花は少し俯く。するとつくしの手が桐花の顎に伸び、グイッと勢いよく上に押し上げられ、桐花はつくしに奪うようなキスをされた。
唇と唇を強く押し付けるだけの幼いキス。つい、桐花は笑ってしまう。
「あんたねぇ。もう元に戻ったでしょ。理性ないふりしてるのバレバレよ」
「え、っとあの……はい。すみません」
つくしはぼりぼりと頭をかいて照れくさそうにした。
「童貞臭いキスして。そんなんだからダメなのよ。舌を入れるってのも知らないの?」
「し、知りませんよ! 舌舐め合うんですか? てか桐花さんもしてないじゃないですか!」
「うっさいわね! そういうのは男が先にするものなのよ!」
「あっ。そうやって女だからって責任逃れするのはよくないですよ!」
「ていうかさっ。あんたから好きだって言葉聞いていなんだけど。そこんところどうなのよ」
「今さらですか?」
「今さらも何もないでしょ、明石さんにちゃんといいなさい」
横から割り込んできて高倉は瞼を濡らしながら必死な形相で言った。
桐花はちょこんとつくしの胸を人差し指で押す。つくしは大きく息を吸い込んだ。
「僕も桐花さんのことが好きです」
「あたしのどんなところが好きなの?」
桐花は照れながらも少し硬い悪戯な笑みを向けた。
「恋愛魔法がすごいところとか……なんて言うか性格も合ってるっていうか」
「じゃあさ、あたしが恋愛魔法無くしたら嫌いになる?」
「それは……わかりません。でも恋愛魔法をなくした桐花さんはきっと今よりも魅力的になってるはずです。桐花さんはそんな人です。そんな人を嫌いになる理由がありません」
桐花はふふっと軽く鼻で笑ったあと、満面の笑みで高倉を見つめた。
「こういうことだからごめんなさい、高倉美香紗」
悔しそうに唇を突き出していた高倉は、桐花の満面の笑みを見てつられて笑う。
「そんな顔されて謝らるなんてひどいです。もう大嫌いです……大嫌いなんだから!」
言っているうちに涙が止まらなくなった高倉は涙をぬぐいながら二人に背を向けて学校の方に駆けて行った。
つくしはそんな高倉を見送りながら口にした。
「桐花さん。僕は絶対に美香紗よりも……桐花さんよりも優れた恋愛魔法使いになってみせます。そしてあさひちゃんがしたみたいに世の中を変えられる日が、その時が来るまで、恋愛魔法を辞めないでください」
「一生処女とか笑えなんだからね。ま、我慢できなかったら襲ってやるけど」
「ちょっと桐花さん。発言がひどすぎます」
桐花は舌を出して「ごめん」と笑う。つくしも「仕方ないですね」と笑った。
自然に絡む手。桐花の手はいつもより柔らかく、つくしの手はいつもより大きく感じ、その温もりに二人は恋をはじまりを覚えた。




