4-5 カオス
触れた瞬間に周囲の空気が一変する。というようなことにはならなかった。
もしかして二人の魔力を吸収したところで水と油のように混ざらず、桐花の魔力ではなく高倉の魔力に上書きされただけではないだろうかと桐花は推測した。
能力を吸収したつくしは呆然として自分の両手を見ているだけだった。
これで勝算はなくなった。桐花はがっかりしたが、敷島の感じていたよくわからない危険な状況にならなくてよかったと安堵もした。
自分は精一杯やった、悔いはない。つくしもよくがんばっていた。なんて自分を慰めようとするけれど、心は言うことを聞かず悔しさだけが支配する。
どうしてもっとうまくできなかったのか、別の方法があったんじゃないか、もしかして間違いはもっと昔にあったかもしれない。どうしてもっと才能をもっていなかったのだろうか、努力をしてこなかったのだろうか。
そんな悔しさから疑念が渦巻く。
その渦を解いたのは敷島のうめき声だった。
「美香紗さん、逃げて」
この場で戦える状況にあるのは高倉しかいない。仲間割れだとすれば敷島が高倉に逃げることを促すのはおかしい。
もしかして……桐花は考えていた最高のパターンを想像してつくしの方を見た。
つくしは敷島を生ごみを見るような眼で見つめ、手のひらを向けていた。高倉はというと駐車場のフェンスにもたれ掛って苦しそうに大きく息をしている。
「つくしやったじゃん!」
桐花が嬉しさで声をかけると、敷島に向けていた手を桐花の方に向けた。そして高倉のものと同等かそれ以上のレベルの上質な戦闘魔法である光球を発した。
「へ? うっそ!」
桐花は避けようとしたが速度が速く完全に避けることはできず、盾を発して避けきれない部分を受け流した。盾はたった一回の攻撃で姿を無くしていた。この攻撃を受けていればどうなっていたか、桐花はゾッとした。味方に向ける質の攻撃ではない。
「あんたバカ!? あたしにそんなことしてあとでどうなるかわかってんの?」
冗談が過ぎると桐花は半笑いながらも心は怒りで煮えたぎっていた。
フェンスでもたれ掛っている高倉は悲壮な顔でつくしの方を見て言った。
「最悪のパターンか」
「えっ? 高倉美香紗、これどういうこと?」
「つくしの中でカオスが起きました」
「カオスって何よ。ってあぶな! 話してるんだから攻撃しないでよ!」
つくしは空気も読まず、桐花に光球を浴びせる。桐花はギリギリ躱しながら話を進める。
「つくしに何を言っても無駄です。理性を無くした本能のみの状態ですのでどんな女性でも自分のものにしたいという感情しかきっとありません」
「だからカオスって何よ!」
「これは春日さんから聞いた話ですが、吸収系の恋愛魔法を持つ場合、吸収する相手が吸収した相手のことを嫌っていると理性を無くし暴走してしまうそうです。そして今のつくしは美香紗の魔力と明石さんの魔力を併せ持っているから相当強いはずです」
「それは最悪ね」
「さらに言いますと、吸収して残っていた魔力の持ち主が吸収した相手に好意を持っていると、その分暴走度が増します」
「補足すると、不知火の暴走度が明石の愛の深さというわけだ」
「シキシマさんは恥ずかしい補足しなくてから助けて!」
「助けてってもう魔力は尽きたよ。明石のせいで」
「そうだった! あたしの馬鹿!」
桐花はまともにつくしと戦うのは無理だと判断し、背を向けて逃げることにした。戦闘を放棄したにも関わらずつくしは攻撃を止めようとしない。
「高倉美香紗! なるはやで加勢してよね!」
できるだけ裏路地を選んで桐花は逃げる。男子高校生が女子高生を追い回しているだけでも問題なのに、さらに恋愛魔法を使っているとなれば大問題だ。
ほぼ一年間、高倉から逃げていた経験があるので、桐花は難はあるものの攻撃を与えられることなく逃げれてはいる。しかしそれも長くは続かなかった。
桐花は尻につくしの光球を受け、その衝撃で前のめりに勢いよく倒れた。擦りむいた膝を見ることなく立ち上がろうとするが、痛みでよろけたわずかな隙に、つくしはもう桐花の前にいた。
つくしは光を発した手のひらを桐花に向ける。桐花は何とかつくしの光球にあるはずの魔力の溝を感知しようとするが、その魔力の高さに恐怖し、精度が乱れ感知しきれない。
高倉以上、いや高倉だけではなく、今まであった有名で力のあるどんな恋愛魔法使いよりも高い戦闘魔法をつくしの手の平から感じた。
そんなものが自分に向けられている。その事実に桐花は動揺した。
「なんであたしを追ってくるのよ。高倉美香紗の方が危険でしょ、こういうのは危険な相手を先に倒すんじゃないの?」
恐怖で可笑しくなった桐花はへらへらと笑いながらそんなことを口にした。
そして手を強く合わせて願った。こんな強い攻撃が当たっても精神が壊れませんようにと。
つくしは光球を発した。が、それは桐花の脇を通り過ぎていき、そして悲鳴が聞こえた。振り返ると尻餅をする高倉の姿があった。つくしの攻撃を受けてしまったのだろう。
「なんとかガードしたけど本当にありえないくらいの攻撃ね。美香紗も初めてよ、こんな強烈なの」
「ってあんたが初めてってことは日本代表でもここまでいなかったってこと?」
「明石さん舐めないでください。高校生で戦闘魔法じゃ美香紗に敵う人はいませんから」
「そんな奴とあたしはやってたの?」
「そうです、だから自信もってください。そうすればきっと勝てるかもしれません。明石さんの魔力はまた増幅してますよ」
桐花は信じられないといった表情で自分の両手を見つめる。
「きっと自分では気づいていない能力があるはずです」
つくしの攻撃が再び高倉を襲う。それに対抗する形で高倉も綱状の戦闘魔法オロチを発して光球の勢いを殺そうとする。しかしさっきまでのつくしとは違い、暴走した状態のつくしの光球は勢いを失いながらも高倉の肩に衝撃を与え、その痛みでうずくまってしまう。
「明石さん協力しましょう。そうすれば糸口がきっとつかめます」
痛みを追いながらも高倉は自信に満ちた笑顔を見せる。
「高倉美香紗。正気なの? あたしと戦いたいからデマカセ言ってるんじゃないでしょうね!」
「違います。まだとっておきもありますから」
高倉はここに来るまでに溜めていた全魔力を両手に集める。その高魔力は見ている桐花に冷や汗をかかせるほどのものだった。
「はっ!」
高倉の気合いの入った大きな声でどんなものが出るのかと期待した桐花だったが、出てきたのはいつも通りの綱状の戦闘魔法だった。
期待して損した、と残念顔の桐花はすぐに驚愕の表情に変わる。
綱は次々と枝分かれしていった。二又、その二又の先が割れ四又、さらに四又の先が割れて八又になった。
「これが美香紗の最終兵器、ヤマタノオロチです!」




