4-1 桐花と美香紗
灰色の空から降る、すぐに溶けてしまいそうな柔らかい雪を眺め、つくしは通学路を歩きながら昨日の桐花の話を思い出していた。
桐花と高倉の間にある因縁のことを。
桐花は幼いころから親に強制されて恋愛魔法を学ばされていた。その理由は桐花にその才能を感じたから、などという親心ではなく、もっと利己的なものであった。そして狂気に満ちていた。
桐花の両親の理想は、桐花と高倉を恋人関係にさせることだった。
どうしてそんな狂った理想を抱いたかというと、それは桐花の両親と高倉の両親の関係にあった。
桐花の父は高倉の母を、桐花の母は高倉の父に好意を持っていた。
しかしその恋は成就することはなかった。桐花の両親はずっと心残りだった。ずっと思っていた。高倉の両親のことを。
それは二人が互いの同じ心の膿を持つと知ったのは二十五歳の頃に行われた中学の同窓会だった。。
酔った勢いで過去の恋愛を話し合い、互いの思い人同士が結婚したことを知った桐花の両親はそれを運命だと感じた。神が与えた第二のチャンスではないだろうかと。その機会はきっと自分たちの血を分けたものが叶えてくれると信じて疑わなかった。運命なのだから。
運命を逃さないために、当時はまだ世間的にオカルトと科学の間をさまよっていた恋愛魔法を迷わず桐花に学ばせることにした。能力があるかないかなんて関係がなかった。少しでも桐花が高倉と恋人になる可能性を増やしておきたかった。
結果的に桐花には恋愛魔法の才能があった。
両親はさらに運命にのめりこみ、桐花に対し熱心な恋愛魔法の指導を行った。と言っても金を掛けて家庭教師を雇っただけだが。
そうして桐花は万葉高校に進学することができ、一年後、目的である高倉と出会うことになる。
しかしここで桐花は動揺した。
追う立場であったはずが、どうしてか高倉は桐花を追ってきた。一年間、伝説級の恋愛魔法使いである高倉を落とすために恋愛魔法を磨いてきた桐花だったが、ここで迷いが生まれた。
本当に高倉と恋をしていいのか。高倉の恋愛魔法に導かれていいのだろうかと。
運命を背負わされたがその運命に抗いたい。しかし両親がそれを許さない。でも高倉という運命は迫ってくる。
迷いの中で桐花は恋愛魔法だんだん恨むようになってしまった。自分に恋愛魔法がなければ抗うことなく高倉を受け入れられたのにと。しかしわずかだけれど希望も持っていた。
桐花はその希望を口にすることはなかったけれど、今はそのお蔭である決心が出来たという。
高倉に桐花の恋愛魔法によって、恋をされている状態から、させている状態にすることを。
高倉が自分から恋をしているという感情を、桐花が恋愛魔法によって勝利を収めることで、桐花から高倉に恋をさせている認識に変える。そうすることで高倉の恋心に電源を付けることができる。
例えば桐花が両親に高倉を紹介するときにだけ高倉からの恋心にスイッチを入れ、それ以外の時はスイッチを切ればいい。そうすれば高倉から迫られることはない。
ようは桐花は高倉から主導権を握りたかったのだ。
そうするためにはつくしの力が必要だと桐花は言った。
「あたしのわがままなんだけれど、つくしの幼馴染ってことはわかってるけれど。どうか力を貸してください」
余命宣告を受けるような悲痛な表情をして桐花は頭を下げた。
そんな桐花につくしは答えを出せないでいた。
もしかすると桐花は自分の自由を手にするために、つくしの背中を押したのかもしれない。そう考えるとつくしは利用されているみたいで複雑な心境になって桐花の願いをすぐ受けれいれることが出来なかった。それに幼馴染である高倉の気持ちを弄ぶような行為に加担をしたくなかった。
やっと恋愛魔法使いとしての道が開けたと思ったのになんだかスッキリしないなあと、空を見ながら嘆息した。
するとその空からレーザー状のものが降り注いできたので、つくしは「うひゃっ」と情けない声を上げ、驚きのあまり尻餅をつきつつもコンクリートの地面を転がりながらレーザーを避けた。
何事だと起き上がってレーザーの方を見ると、そのレーザー状のものは消えずに地面に突き刺さったままだった。この光景を見てつくしはすぐに太秦の顔を思い出した。
もしかして昨日の復讐だろうか。
そう思ったつくしは昨日借りたままだった桐花の見せパンをポケットの中で握る。そして瞳を紫に光らせ周囲を感知魔法を使って確認した。しかし何の気配もない。
「太秦さん!」
路地裏で彼女の名前を呼んでも反応はなく、狭い路地に反響するだけ。
もう一度名前を呼んでみようと息を吸い込んだ時だった。背後から多数の魔力を感じ振り返るとつくしの目前には無数の短剣が向かってきていた。
咄嗟に壁を発して防御をするが、降り注ぐ短剣の中からブーメランも紛れて飛んできて壁が簡単に粉砕される。これは昨日つくしが嫌というほど浴びてきた宇治の攻撃だ。
「入佐会大集合?」
太秦青海、入佐梓、宇治千早。
この人数で来られるとつくしと言えど平気ではない。しかも魔力源である桐花がいないので、昨日のように全開で戦えないから宇治一人を相手にできるかもわからない。
そう言えばもう一人足りないような気がしつつも降り注ぐ短剣を避けるため後ずさりすると、曲がり角から長剣が伸びてきて容赦なくつくしの腕を貫いた。
痛みでもがきながら、攻撃した相手が誰なのか脳裏をよぎる。、一六〇センチほどある長剣を扱う恋愛魔法使いなんて彼女しかいないだろう。そう思いながら顔を上げるつくしだが、その長剣を持つ少女の姿を見て絶句した。
体が震え心臓が痛いくらい激しく伸縮し、冬というのに汗が全身から噴き出る。
つくしの目の前にいたのは入佐由美ではなく、高倉美香紗だった。
帰ってくるのは明日のはず。それなのにどうしてという疑問が動揺を大きくさせる。
「この攻撃。全て美香紗の仕業なのか?」
高倉は答えず、手に持った長剣を瞬時に短剣、ブーメラン、レーザー状と姿を変化させた。
つくしの頭の中には恐怖が埋め尽くす。
四人と対峙する恐怖とは比べ物にならない絶望感が高倉美香紗を前にして漂った。




