3-15 さよならツインズ
恋愛魔法棟は中庭の騒動しさとは真逆で不気味なほどにシンとしていた。
入佐ツインズならたくさんの仲間を使って部室に行くまでにいたぶってくるんじゃないかとと警戒していた桐花だったが、拍子抜けしつつも魔力を溜めながらゆっくりと向かった。
三階への階段を上り入佐第一教室の方を見ると、廊下で仁王立ちをする少女の姿が二つ見えた。 近づくと険しい表情で睨み付ける由美と感情なく笑う梓、入佐ツインズだと確認できた。
「あんたらのことだから何か仕掛けてくると思ったけれど、どうしたの? もしかしてもうアフロディーテは無理だから戦う意欲もなくなっちゃった?」
桐花の挑発に梓は軽く愛想笑いをしてから口にした。
「わたしたちがアフロディーテになるのは確かにもう無理でしょうね。でも、だからって何であんたと戦う意欲がなくなっちゃうわけですか? 逆ですよ。せめてアフロディーテを取れないならあんたとの因縁を切っておこうって思いましてね」
小さく頷いて由美も続く。
「正直最悪な気分だが、明石を再起不能にできるのならそんな気分も薄れる」
「出来るものならやってみなさいよ。お姫様ごっこして胡坐かいてた双子に負けるわけないんだから。どうせなら二人同時にかかってくれば?」
「「そのつもり」よ」
由美は自分の体ほどの長剣を二本、梓は短剣を瞬時に五本作り、空中に円状で配置した。
桐花が構え、球体の戦闘魔法を作る前に梓の短剣が一本飛んでくる。素早い攻撃だが、桐花の感知魔法にかかれば避けるのは難しくない。一本避けると今度は二本飛んでくる。頭と足を狙った攻撃だがこれも簡単に避け、いざ攻撃と梓の顔を見ようとすると今度は五本一気に飛んできた。
「これでも全部避けられるかしら?」
梓の笑いと共に同時に五本が飛んでくる。
左右の手足と顔を狙い、同時に飛んでくるように見えて五本ともほんのわずかにタイムラグがあることを感知した桐花は、飛んでくるものを最低限の動きで難なく三本避け、四本目を避けようと足を動かしたとき、由美の長剣が振り下ろされたことを目の端でなんとなくわかった。しかし由美の長剣と梓の短剣、両方は避けられるタイミングではなかった。
右足に向かう短剣、首元を狙う長剣どちらかを選ばなければならない。足が痛めば動きに支障が出るし、首なら一撃で仕留められてしまうかもしれない。
なんて考えているとどっちも避けるタイミングを失ってしまい、桐花はしまったと表情をゆがませ目を閉じる。
しかし長剣と短剣が首と足に当たった衝撃はなく痛みもなかった。
ゆっくりと目を開けるとそこにはポニーテールを作った長身の女生徒の姿があった。
桐花は顔を見ないでもそれが誰だかわかった。
この学校で自分の盾になってくれる人なんて明石会以外に高倉ともう一人しかいない。
梓はイライラで歯ぎしりをしてからその名を読んだ
「どういうつもりよシキシマさん!」
敷島は首を振りポニーテールを大きく揺らしてから顎を上げ、含み笑いを浮かべ、どこか演技くさくナルシストな仕草をした。
「どういうつもりって? 美香紗さんに明石を守るように言われたので、その言いつけを守っているだけのこと」
「高倉め。居ても居なくても目障りなやつね」
梓がそういうと、敷島は獲物を見つけたライオンのようにギラリとした視線を向けた。
「このわたしの前で美香紗さんの悪口を言うなんて良い度胸ね。後悔させてやろうか」
「待ってシキシマさん。その双子はあたしの獲物よ」
ギラリとした鋭利な視線を今度は桐花に向ける敷島。桐花は息を飲むも、負けじと睨み返す。
「この双子はあたしの手でやられないとずっと馬鹿なままなの」
「因縁か?」
敷島の問いかけに桐花は大きく首を振ったあとため息をついた。
「こんな小物アウトオブ眼中よ。あたしの因縁は高倉美香紗にあるの。だからこいつら倒したら次はシキシマさんと高倉美香紗の番なんだから覚悟してなさい」
敷島は口元に手を当ててふっと軽く笑うと双子に背を向けて、桐花とすれ違い様にぼそりと口にした。
「そうなれば面白いことだろうね」
それだけ言うと階段の方に向かって去って行った。
桐花はそれを見送ると両手に魔力を溜めて双子をにらみつけた。
「邪魔はなくなったわ。続きをしましょう」
「こういう時は部外者が入った分一撃食らわされるのが筋と思うのだが」
長剣を構えた由美がボソリというと桐花は馬鹿にしたように笑った。
「あの邪魔も言わば盾。あたしの人徳によって発生した盾なの。だから部外者じゃないわ」
やっぱりいけ好かないやつだと入佐ツインズは微笑したあと、攻撃態勢に入った。
「これで終わりですよ。明石!」
桐花の視界には五本以上、両手の指の数よりも多い短剣が飛んできて、切りつけようと構える由美の姿も見えた。
二人の攻撃に逃げ道はない。ならば作るまでと、桐花はここに来る途中に見かけたつくしの戦闘魔法を思い出し、思い切って真似てみることにした。見よう見まねでできるか不安はあったが、迷っていてはさっきと同じようにやられてしまう。
向かってくる短剣、振り下ろさた二本の長剣、それらが最も近づいた瞬間を狙う。息を吸い込み、その時が来ると大きく息を吐いて両手に蓄えていた魔力を手にまとわせ、思い切り両手を合わせた。
すると手を打つ音よりはるかにうるさい爆音が廊下中に響き渡り、それに続く形で爆風が起こって短剣は桐花の体とは違い四方八方に飛び散り、長剣は風に押され振り下ろすことが出来なかった。
何が起こったのかわからない双子は挙動不審に辺りを見渡すが、桐花はもう二人の懐に入っていた。
「おりゃああ!」
甲高い叫び声とともに両手に作った光球を腹にお見舞いする。双子は同時に吹っ飛び、三メートルほど宙を舞うと受け身も取れず背中から落ちた。
背中を打ったことで息が止まった苦しさに悶絶する双子に、桐花はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「さ、もう観念なさい。今ごめんなさい明石桐花様って土下座したら、、教室の窓から中庭にいる生徒たちに向かって票集めは平和維持のためではなく、ただアフロディーテになりたかっただけでした。って言うだけで許してあげるわ!」
それを言えばもう入佐会の終わりじゃないかと双子は思うも、息が出来ず言葉にすることができない。
追い込まれた入佐ツインズは目を合わせると同時に頷く。そしてすぐに立ち上がって手に魔力を溜める。
「まだやる気? ハッキリって魔力消費はあんたらのが上なんだけ……ど?」
桐花は二人の動作がさっきと違うことに気づいて言葉を詰まらせる。
由美は長剣を一本と、その後ろで梓は短剣を数本宙に浮かばせている。その二つの戦闘魔法の形にはほんの少しの変化があり、その小さな変化が桐花は気になった。何よりも魔力の雰囲気が全く違う。
刃を無くした長剣はツインソードのように中央あたりに柄があり、短剣も槍のような形状に変化していた。二つを合わせると何かの武器に似ていると桐花は感じた。
そして思い出す。師匠である入佐梓弓の戦闘魔法の形状を。
「もしかして弓?」
入佐家は代々弓の名手で、それは現在でも続いて入佐ツインズ、そしてその姉の梓弓も習い事で弓を習わされていた。
由美は必死に弓を手にし、梓は顔を真っ赤にして弓矢を引きながら言った。
「姉さんと同じ形状が嫌だったけれど、もうこうなったらプライドなんてどうだっていいわ。あんたをやれるならそれだけで十分」
幼いころから習っていたので扱う技術は相当高いはず。そして二人分の魔力が注ぎ込まれた武器はSランクに近い出来だ。これをまともにくらえば一撃だろう。しかし弓は威力よりもその速度が問題だ。避けられる気がしないし、さっきのように爆風を起こしたところで吹き飛ばせる勢いではないはずだ。同じ対処法で通用する攻撃をするような馬鹿な双子ではないはず。
桐花は何か方法を考えるも答えは見つからなかった。
桐花が考えている間にも弓が引かれ、そして放たれた。
最後の最後の奇跡でつくしが来ることを願ったけれど、足音はしない。
こうなれば自棄だと桐花は総魔力の八割を使って弓矢の飛ぶ先を感知した。が、その弓が実物でないことに気づく。おそらく由美の持つ外見魔法で弓が飛んできていると錯覚させたのだろう。桐花はそれを感知して一本目を無視して二本目に集中した。
二本目は本物だった。一本目が体をすり抜けていって二本目がくる。弓矢が狙う先は腹だと感知した桐花は避けようとするも、梓の内面魔法の影響か思ったよりも体が動かない。それならと両手を叩いて魔力を爆発させる。
しかし完全に弓矢の飛ぶ方向を変えることはできなかったが、それでもほんのわずかにずらすことができ、必死に感知した結果もあって、腹への直撃は避けることはできた。しかし左腕を貫かれてしまった。
痛みなんてものはほとんどなく、それどころか左腕がある感覚すらなかった。全く力が入らずだらりと力の抜けた左腕を見て桐花は自嘲気味に笑った。
「協力しても、プライド捨てても無駄よ」
「あがきやがって! 次で仕留めてやる」
ヒステリックに叫び、梓は実質二本目を射るため魔力を溜め始めた。
「協力には準備が必要なのよ。もちろんプライドにも。あんたたちみたいに追い詰められて尻尾切って逃げるようにしてプライド捨てたってたかが知れてるのよ!」
桐花の脳裏にはつくしの顔が浮かぶ。
「あんたらに負けるなんてあたしが許さない」
入佐ツインズに勝つためには圧倒的に魔力が足りない。
魔力とは何か。桐花は考える。
恋する気持ち。愛する相手を思う気持ち。
桐花にとってその相手は誰なのか。
初心を思い出せ。
誰のためにこの感知能力を磨いたのか。
そして誰のために魔力をここまで高めたのか。
思い出せ。これまでの日々を。
じわりと心臓が解けるように熱くなる。
桐花は熱くなる心臓に驚きながらも、あふれ出る魔力に感動した。
自分にまだこれほどまでの魔力が秘められていたことを。
その魔力を手足にまとわせる。
入佐ツインズの魔力も限界に近いようで、外見魔法と内面魔法を発しないで、ただ弓に、攻撃だけに魔力を注いでいた。そして射るタイミングを計る。
桐花は弓を射る前に始末しようと間合いを詰めにかかる。
二人の方にジグザグに不規則にステップを踏みながら進む。
入佐ツインズは動いているものを射る経験がほとんどなかったので戸惑うも、桐花のステップを見定め、弓を射った。
まぐれなのか入佐ツインズの実力なのか、弓矢は桐花に直撃する方向に飛んだ。
しかし桐花が足に貯めた魔力を、足元に撒いた魔力を踏みつけると爆発したような音の後にジェット噴射のように一瞬加速した。その影響で弓矢は掠る程度のダメージで済ますことができ、その勢いのまま桐花は二人に突撃した。
「ちょっと嫌!」
「待て、待ってくれ」
拒絶する二人に貯めに貯めた右手の魔力をぶつける。
縦に並んで前に立つ由美の腹に思い切りぶつける。その勢いは後ろにいる梓に十分に伝わる。
二人は五メートルほど吹っ飛び壁に体を打ち付け鈍い声を上げて力なく廊下に倒れると、その瞳に紫の輝きは失っていた。
やったーと喜ぶ気力もなく、桐花は膝が笑うように力が入らなくってその場でへたり込んだ。
「やればできるじゃないですか」
背後から朗らかな声がした。桐花は振り返らなくても、声そしてペタペタとしたどんくさそうな足音で誰だかわかった。
「あたしを誰だと思ってるの? 恋愛魔法の天才よ」
「知ってますよ。一年少し前から」
「あっそ。てかあんたがもう少し早くくれば楽できたのに、しっかりしなさいよ」
「桐花さん」
桐花のやっかみを遮るようにつくしは言った。その声は不安で震えていた。
「これで本当に僕は恋愛魔法をはじめられるのでしょうか?」
「それは……高倉美香紗を倒せばわかるでしょうね」
「美香紗。確かにあいつは僕が恋愛魔法使いになることをすごく嫌っていました。そして桐花さんの天敵でもありますしね。もしよければ、美香紗との間に何があったのか教えてもらえますか?」
「まだ言ってなかったけ?」
そうはぐらかそうと思ったけれど、それは信頼を置いてくれる人に対して失礼だと思い直し、桐花は振り返ってつくしに言った。
「入佐会で話しましょうか。あたしと高倉美香紗。いや、明石家が高倉家に抱く勝手な因縁の話を」




