3-14 待つわ。
万葉高校の生徒、入佐会からすれば良い結末を迎えられたといった感じだろう。
卒業間近に反旗を翻すものが現れ、そいつが思っていたよりも強く仲間や会長までもがやられてしまうが、最終兵器、隠し玉の存在によって最後の最後に倒すことができた。
ほどよい緊張感があって生ぬるい日常の良質なスパイスになったことだろう。
そんなハッピーエンドな雰囲気の中、心が折れたつくしは倒れたまま俯き半笑いを浮かべ、何を考えているかわからない常陸は空を見つめ、桐花は唇をかみしめて地面を殴りつけていた。
明石会にとってバッドエンドなのは言うまでもない。
桐花はまだ諦めきれないようで使い物にならないつくしを見てはため息を吐いた。
明石会が勝つにはつくしの能力が必要だった。しかしそれも中途半端な形でしか発揮できず、桐花としては諦めきれなかった。
つくしに魔力を与えれば心が折れた状態も治るかもしれない。桐花はそう考え近づくも、あと三歩といったところで竜田の攻撃が飛んできた。魔力の補給は簡単には行わせてくれそうにない。
「もうやめなさい。明石さん。これ以上は無駄よ」
「うっさい。何も知らないくせに」
うかつに近づくことができない桐花はつくしを睨み付ける。
「あたしは恋愛魔法が男女平等に扱えることで、より人は先に進むことができると思っている。そしてその先導を切れるのがあんただって信じてた。でもあんたは自分をそこまで信じていないのね。残念だわ。それだけの能力があるんだから裏打ちされた自信と覚悟があると思っていた」
桐花は息を切らしながらも言葉を紡ぐ。魔力はある程度回復したものの、体力の消費は著しい。
「あんたが先導を切れないならあたしがやるしかない」
桐花は手に高濃度の魔力を発する。
周りの生徒もそれに気づきざわつき始める。そんな中、竜田は冷静に桐花を諭すように言った。
「明石さん、あなたの覚悟は十分伝わったわ。だからもうやめなさい。これ以上の争いは自分を傷つけるだけ」
「そんなこと竜田如きが感知できるわけないでしょ」
桐花はニヤリと笑い、竜田の顔面に向かって戦闘魔法を向ける。
桐花の手元で風船のように急に膨らんだ光球は竜田の三倍ほどの大きさになって、あまりに強大な魔力を含んでいるため思わず竜田は恐怖で目を瞑った。
その隙に桐花は攻撃をしないで宇治の元に向かっていく。
しかし宇治を守ろうと数多くの恋愛魔法使いが壁になろうとする。が、宇治は高笑いをして腕を横に振り払った。
「みんな除け! 気持ちだけ頂いておくわ。勝負させてよ、この馬鹿と」
その声を聞いた生徒たちは竹にひびが入ったようにすぐ道を作る。
道ができると宇治は素早くブーメラン状の戦闘魔法を繰り出し桐花の元に放った。
桐花は飛んでくるブーメランにほとんどの魔力を費やして感知した。
「そんなに必死に感知しても無駄だよ」
笑いながら宇治はそう言うが、桐花の表情は真剣そのものだ。
人の三倍以上の魔力、そして卓越した感知能力。それらは宇治の想像の範囲外。桐花にしか踏み入ることのできないの領域。
向かってきたブーメランを桐花は最低限の動きで避ける。中庭にいる生徒たちは目を疑った。誰も躱したことのない攻撃を躱したのだから無理もない。
宇治は少しつまらなそうな表情を浮かべた。
避けるためにほとんどの魔力を消費するなんて桐花の戦う気を疑ったからだ。避けたことに驚きはあったものの、攻撃を放棄すれば可能だろうという程度だ。
「明石はどうして戦わない? 高倉の時もそうだ。逃げてばかり。今も……違うか、逃げてるわけじゃなくって、何かを待っているという感じがするわ」
その宇治の推測に桐花はふっと軽く笑うだけで、答えを口にしなかった。
「宇治さんは男子の投票が無くなれば満足なわけ? 結局入佐会がやっていることは変わらない。会員に税金のような票集めを課しているだけ。恋愛魔法ってそうじゃないでしょ」
「何が言いたいのよ明石は?」
「最初に恋をしたことを覚えている? あたしは覚えているわ。ずっとずっと相手が何を考えているのか知りたくて、でもわかるはずもなくって、心の距離を測れないで振られてしまった。だからあたしはその方法を見つけたくて、でも見つけられなくて、そして恋愛魔法を使えるようになった。だからその人に好かれたいっていう気持ちがあたしの恋愛魔法に大きく影響してるんだって思うの。恋愛魔法って好きになったヒトのために使う魔法のはずなのに、どうしてこうなってしまったよ。あたしたちはきっと間違ってる。このままだと危険な感じがする」
「それは明石の得意な感知がそう思わせるの?」
桐花は神妙な顔でゆっくりとうなずいた。
「なら明石が正解なんだろう。でもその主張は勝負とは別問題。そして問題はわたしは明石より入佐を信頼してる。それが答えよ」
「あたしは誰よりも強くならなきゃいけない。高倉美香紗よりも。そのための糧に宇治さんにはなってもらうんだから!」
その言葉をバカにしたような笑顔を向け、宇治は無慈悲にもブーメランを投げた。
魔力切れを起こした桐花の元に、無情にも二投目のブーメランが迫る。桐花はせめてもと薄い防御幕を張って攻撃に備える。無意味だとわかっていても最後の最後まで諦めたくないという執念がそうさせた。
桐花の元に近づくブーメラン。勝負が決まったと笑う宇治。
だが、そのブーメランは桐花に当たる直前に粉々に砕け散った。
どうしてなのかという疑問、そして桐花の元に向かう少年の瞳の色の深さを見た生徒たちは息をのみ、中庭の空気が一瞬止まる。
その『時』は手を合わせた音で再び動き出した。
宇治がその音の方に目をやると、ハイタッチをした桐花と……紫の瞳の男子生徒の姿があった。
「お待たせしました桐花さん。あとは僕に任せてください」
「遅いっての。バーカ」
桐花の肌に触れたつくしは、常陸に触れた時と桐花の見せパンに触れた時とは比べ物にならないほどの魔力を補充し、さらに女装を辞めたことによる精神解放の影響で恋愛魔法使いとしての能力も段違いに増していた。
いや、増していたというよりもこれがつくしの本来の力だ。
井の中を出た蛙は、やっと本来の力を発揮する。桐花という最高の相手から魔力を補給することによって。そして海を行く。
「さあつくし。あなたの恋愛魔法が始まるのよ」
つくしは手に小さな光球を発し、おもちゃを見る子供のような表情をして言った。
「桐花さんの魔力はすごいです。癖がなく違和感なく扱えてしまう。それに常陸さんの四倍はある魔力量。理想的です」
「でしょー。衣のしょっぼい魔力なんかと一緒にしてほしくないわ」
その言葉に常陸は無表情ながら少し頬をぷくりと膨らませた。
「あたしの魔力も優秀な魔法使いが使うとこうもすごいのかって思えてなんか自分の事みたいに鼻が高いわ。ありがとうつくし」
「何言ってるんですか。桐花さんも戦ってくださいよ。入佐姉妹と因縁があるんでしょ?」
「でももう魔力が――」
桐花が話している最中につくしの首元にブーメラン状の戦闘魔法が飛んでくる。威嚇程度で本気で狙った攻撃じゃなかったので、つくしはギリギリ気が付いて避けることができ、何とか擦り傷程度で済むことができた。
会話をしている途中に攻撃を仕掛ける正々堂々とはいいがたい宇治を誰も責めることはなかった。むしろつくしの持つ強大な恋愛魔法の方が反則だろうと言いたげだ。
「桐花さんなら向かってる間に回復してしまいますよ。あの二人なら自分たちの教室にいます」
つくしは恋愛魔法棟の三階の角部屋。入佐第一教室を指さした。
「わかった。後輩のお願いを断ることなんて会長であるあたしがするわけないわ……ありがとう」
桐花は人垣をかき分け、邪魔する生徒がいるようなら近接から戦闘魔法をぶち込んで道を作り恋愛魔法棟に向かった。
つくしは対峙する宇治に微笑みかけた。
「いいんですか? 桐花さんを追わないで」
「因縁があるなら当人たちで解決させればいいよ。そんな暗そうなことよりあんたの方が確実に楽しみ」
満面の笑みを浮かべ、酔っぱらいのように蕩けた顔で宇治は手にブーメランを作る。
「こんなテンションにさせてくれるのは高倉以外いないと思ったけど……ある意味でリベンジね」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
宇治はブーメランを放り投げた。女装を脱いだつくしと言えども宇治の戦闘魔法は脅威だった。桐花ほどの感知能力がないつくしに力技で避けることなんてできない。
でもつくしには桐花以上の外見魔法がある。
つくしは宇治の元に歩みを進めた。
思っていたよりも遅く歩くつくしに戸惑うも宇治はブーメランを放る。
しかしつくしには当たらず空振りし、Uターンしてきたブーメランもつくしの空を切った。
宇治はニヤケながらも舌打ちした。
「外見魔法か。これはやっかいね」
恋愛時における外見魔法は自分を美しく見せるため相手に錯覚を与える能力を持つ。そして戦闘時には相手に錯覚を与えることができる。
つくしの場合、宇治に歩く速度を遅く見せ、実際は普通の速度で進んでいるのでブーメランは当たらない。もしも感知魔法が得意なら、つくしが幻を見せていると気づくのだが、宇治は感知能力が低く、そしてブーメランの完璧なコントロールを持つので裏目に出てしまった。
宇治は当たらないことで少し落ち着きを失っているうちに、つくしはもう目の前に現れていた。
「まだわたしは楽しみたい!」
「それは宇治さん次第でしょ」
引きつった笑みを見せる宇治に対しつくしは余裕の笑みを見せる。
両手に高濃度の魔力をつぎ込んだ光球を発すると同時に放出させて宇治に向けた。宇治の左右からは見込む形で光球は飛んでくる。
速度の遅い攻撃だったので宇治は難なく避けるも、光球は目前で正面衝突して大きな爆発を起こした。その爆風に宇治は吹き飛ばされ尻餅をつく。
「面白いじゃない」
再びつくしの元に向かおうと宇治は立ち上がった。その瞬間「危ない」というソイラの声が響く。
何が? と振り向いたときには遅く、宇治は自分が投げたブーメランを首に受け、その場で失神した。
つくしが起こした爆風によて風向きを変え、飛行していたブーメランは威力を増幅し、それを宇治に当てる魔力制御の上手さは、想像を絶するものがあった。
あっけない幕切れに中庭で見ていた生徒たちはキョトンとしていた。
十秒後、ソイラが宇治の元に向かい声をかけたことで時間が動き始め、周囲はさっきまでと比べ物にならないほどの騒々しさ、いや騒動に発展していた。
男が恋愛魔法を使っていること、しかも高倉の次に戦闘魔法が得意な宇治を相手に一瞬でけりをつけたこと、何よりもその恋愛魔法使いとしての能力の高さに皆は驚き嫌悪した。
皆が口々に文句を言うけれど、向かってくるものは一人もいなかった。五十人ほどがまとめてかかっても相手にならないとわかっているのだろう。
つくしはゆっくりと歩いて倒れた宇治を囲うソイラ達の元に向かった。
敏馬は信じられないといった表情で硬直し、太秦は蔑んだな目でつくしをにらみつける。ソイラと竜田は宇治を心配そうに見つめていた。近づいてきたつくしに気づいた竜田は遠い目をしていった。
「勘違いだったようね。あなたはソイラと同じ、恋愛魔法に憧れている人だと思っていたわ」
「すみません。黙っていて」
「わたくしは許しません」
ソイラはつくしに目を合わせないで宇治を見つめて凍ったような表情をして言った。
「詐欺師のような人を好きになることなんてできません。それに何よりも嫉妬でどうにかなってしまいそうです」
「嫉妬とは僕が恋愛魔法を使えるからですか?」
つくしはソイラに尋ねる。ソイラは強く首を振った。
「つくしさんを見ると無理やりにでもどうにかしてしまいたくなってしまうのです。どうしてあの時振ってしまったのでしょうか……いえ、つくしさんにはわたくしではありませんでした。それは先ほどの二人を見ていると伝わりました。だからどのみちこのような結果になっていたのかもしれません」
ソイラは言葉を涙で滲ませないように、必死にこらえる。
「人生にはその人なりの運命が待っているのですね。これほどの能力があっても誰もつくしさんを受けれいてくれないなんて、わたくしでしたらどうにかなってしまいます」
「受け入れてくれる人はいますよ。僕は一年前にそれを知りました」
「それでしたら早くその人の元に行ってあげてください」
「ソイラさん……竜田さん、太秦さん、敏馬……宇治さん。お世話になりました」
つくしは深く長く頭を下げた。




