3-13 迷う
突然現れた三つ編み少女の登場で中庭は再び騒然となる。
宇治は開かずの教室で勉強するときだけ、気合いを入れるために三つ編みと額縁メガネの姿になるので、誰も三つ編み少女を宇治千早だと感づいていなかった。それに半年以上前に票集めを辞めたことで恋愛魔法も辞めたと思っている人も多い。
ただ竜田だけを除いて。
「宇治さんどうして」
隣でブーメラン状の戦闘魔法を発する宇治に驚いた竜田は口にした。その竜田よりも驚いたのは太秦だった。
「えっ? このイケてないのが宇治さん? うっそ?」
「なによ。のっけから失礼な人ね。こんな人を助けたかったの? 竜田は」
「価値観なんて人それぞれです。でももう勉強は?」
「わたしは一回息抜きするとその日は集中できないタイプだから。それにこの人面白そうだし」
「勝てそうでしょうか」
「本気を出せば勝てるよ。でもまずは様子見ね」
自信満々な笑みを浮かべてつく子の方に駆け足で向かい、ブーメラン状の戦闘魔法を放り投げた。
美しい曲線を描いたブーメランはつく子を捉える。つく子はそれを防御しようと手の平サイズの小さい盾を作る。
盾が小さいのは油断しているからではない。つく子は感知魔法でブーメランがいかに高密度の恋愛魔法なのかわかっていた。それに加え風に乗って勢いを増している。ただの球状よりも遥かにスピードが速い。更にその速度に魔力はほとんど消費していない。形状で魔力を補うとは面白いとつく子は感心した。
そのお返しにと作った小さい盾は宇治の作ったブーメランにライバル心を抱いて高密度にして、さらに感知魔法で攻撃先を見極める自信があったので極力小さくした。
さあこいと身構えるつく子。
だがブーメランはその盾をかすめ、少し勢いを無くしたもののつくしの腹に直撃した。
しっかりと感知魔法で攻撃を予測したのにどうしてという疑問の中、つく子はうずくまる。すぐに常陸の呆れた声が届く。
「ばか。完全に風に乗った攻撃なのに感知出来るわけがない」
「確かに」
つく子は咳き込みながら頷く。
「感知が得意な相手には魔力で動かさない攻撃が有効。宇治千早は数多くの戦闘経験からそういったことを知ってるし油断は絶対しない」
「その通り」
宇治は常陸の言葉に相槌をする。
「ジャージ娘。あなたの方が恋愛魔法使いとして優れているのは承知。でーもー。戦闘魔法では負ける気がしないわ!」
「何か少し人が変わりましたね」
「楽しいことをすればテンションが上がるのもしかたないでしょ、ジャージ娘」
「それはそうですね。わかります」
宇治千早を知る人は、彼女のテンションを知れば相手の技量がわかると言った。
高倉美香紗と戦った時はずっと笑うくらいハイテンションだった。つく子の場合はそこまでではないが、宇治の満面の笑み、妙にリズム感の良い足取り、そして大きな声。
それはまるで酔ったかのようなハイテンションだ。
中庭にいる二年は息をのむ。これほどのハイテンションな宇治を見るのは高倉美香紗と敷島以来だと。
つく子はパンツから魔力を得てダメージを回復させながら攻撃に転じようと光球を発する。宇治の真似をしてブーメラン型にしようかと考えたが、練習で使い続け、イメージしやすい光球を選んだ。
三つを連続して宇治の方に投げるも宇治が投げるブーメラン一つにすべて切断されてしまう。そしてそのブーメランはつくしの攻撃を破壊しただけではなくつく子の元に向かってくる。
攻守一体の攻撃は魔力の消費も低くつく子のリズムを崩す。
今度は盾を作る間がなくまともに左足に受けてしまい片膝を地面につけてしまう。
回復の間もなく再びブーメランが二つ、つく子の左右から向かってくる。これがまともに当たれば回復に相当量の魔力を消費してしまい勝つことが難しくなる。
つく子は仕方なく回復量よりも少しマシ程度の大量の魔力で壁を作ってブーメランをはじく。その音は大音量で中庭に響く。鉄をちぎったような音に似ていた。
「やるじゃんやるじゃん!」
つく子の足元に落ちたブーメランを拾おうと宇治は魔力を使って引き寄せようとする。しかしつく子はブーメランをガードした壁を素早く移動させて倒し、そのブーメランを下敷きにした。
つく子は壁を消失させると、砕けたブーメランの後が一つ分消えつつあった。残り一つは下敷きから逃れたようで宇治の元に向かっていた。
そして宇治は戻ってきたブーメランを手に持って再び投げる構えをとる。
「このままじゃ負けちゃうかも」
嬉しそうに宇治は言いながら三つ編みを解き、メガネを竜田の方に放り投げた。
長い黒髪が風に舞い、凛とした表情は歴戦の戦士を彷彿とさせた。
「先輩イケてます!」
太秦は声をあげ、宇治はピースを向けた。
「こっから本気だよ!」
恋愛魔法は精神と深い関わりを持っている。
心に圧迫感、負担を抱えているとそれだけ能力を発揮し辛くなる。
宇治の場合、額縁メガネと三つ編みで自分の精神に負担をかけていた。自分は恋愛魔法使いではなく受験生だという負担を。
それが解かれた今、宇治は全力を発揮する。学校中を震え上がらせた戦闘魔法使いが蘇る。
宇治の場合、内面魔法の能力が低いため、魔力を開放することでつくしのように周囲へのプレッシャーを与えることはないが、感知魔法を使うものならワンランク増幅した魔力に気が付く。
つく子を信じる桐花も、宇治では相手が悪いと表情が曇る。
「つく子。あんたも解放しなさい。じゃないと負けるわよ」
「でもでも。そんなことすれば――」
つく子も女装をやめ、普段の姿に戻れば今以上の力を発揮し、宇治に勝るかもしれない。しかし男子が恋愛魔法を使っていると大衆に知られることになる。それはあまりに危険が大きい。
「負けてもいいの? 宇治さんと本気でやってみたいでしょ」
その言葉でつく子の体に自然と力が入る。
強い相手を前にして力を出さないで負けることの屈辱、そして何よりも中途半端に楽しみを終えてしまいたくない。
つく子はジャージの上着を脱ごうとファスナーに手をかけた時だった。
「宇治さん! 負けないでください!」
ソイラの応援する声が耳に届いた。
声の方に視線を合わせると必死に応援し、幸せそうな表情をしたソイラの姿を見つけた。
ファスナーを引く手が止まる。
もしもつくしが恋愛魔法使いだと知るとソイラはどんな態度をとるだろう。
恋愛魔法使いになりたいという同じ憧れ、悩みを持ち共有していた。その日々が全て嘘だと知られてしまう。きっとソイラは嫉妬し軽蔑し、つくしの信頼は失うだろう。
その覚悟があるのか。
世界中の人に知られてもいいが、ソイラにだけは知られたくない。嫌われたくない。
そんな気持ちが渦巻き、思考を止めたのは腹部への強い衝撃だった。
「うそ」
何の防御もせず攻撃を食らったつく子をみて、思わず桐花は口を覆った。
周囲の歓喜の声、宇治を賞賛し駆け寄る生徒たち。頭を下げる竜田と太秦。ガッツポーズをとる敏馬。
呆然とつく子を見つめる宇治と常陸。
涙を流して喜ぶソイラ。
それを見つめながらつく子はゆっくりその場にうずくまる。
瞳は紫の輝きを失っていた。




