4-2 二度あることは三度ある
「つくし」
高倉のその声は濁り切り、朝の爽やかさ、女子高生の若々しさ、未来への希望に輝く瞳。そんなものが全てそぎ落とされ、世界の終りのような陰鬱さ、病人のような表情の暗さが宿っていた。そしてそれを主張するように不気味な紫の輝きを見せる。まるで自殺志願者のようだ。
「そんな顔してどうしたんだ?」
「ふっ。バカにしてるの? あんたならわかるでしょ。どうしてわたしがこんな顔してるか」
「朝食がパンだった」
「それもある」
「好きな有名人の熱愛騒動」
「三日前ね」
「好きな漫画が打ち切られた」
「まだよ! そんな雰囲気はしてるけど。ったくどうしてわたしの好きなのばっか打ち切られるのかしら!」
顔を真っ赤にして怒りをあらわにしたあと、つくしに殺意を向けた。
「いいかげんにしてよ。あんたのことでしょ。バレンタインを忘れたの?」
「忘れるわけない」
一年前も今年も高倉はつくしが恋愛魔法を使うことに拒絶していた。そして二回とも戦闘し、つくしは歯が立たなかった。そんな悔しい思い出を忘れられるわけがなかった。
「じゃあ、どうして?」
「今まで色んな恋を諦めてきたけど、諦めてきたからこそ……諦めたくなかったのかもしれない。僕は恋愛魔法使いになるのを諦めたくないんだ」
つくしは桐花の見せパンを握りしめ魔力を補給する。パンツに残った魔力を一気に吸い尽くし高倉をにらみつけた。
「その程度じゃ五分と持たない」
「やってみなきゃわからないだろう」
つくしは手から小さい光球を連続で五つほど放出する。
最初から全力で攻撃したいところだけれどまだ心も体も暖まっていないので、つくしは今できる最大の攻撃を繰り出すことにした。光球のサイズは小さいので魔力消費も少ない。しかしその分魔力純度を高めているので決して弱い攻撃ではない。Bランクなら一撃で、Aランクでもまともにくらえば致命傷を与えるほどの攻撃力を持っている。
しかし高倉は綱状の戦闘魔法を繰り出すと、光球の勢いを殺すために光球をなでるように綱を這わせ、高倉の元に届く前に光球は地面に落ちて消失した。
高倉はその消えていく光球を見つめて切なそうな表情をした。
「あんたはきっと優秀な恋愛魔法使いになれる。さっきの魔法で実感した。だからこそ自分を抑えられなくなって周囲に危険を与えてしまう。みんなのことを考えれば恋愛魔法を諦めて違う道を歩むべきよ」
「自分を抑制するために恋愛魔法の勉強をすればいいだけのこと」
「そんなレベルじゃない」
「じゃあ僕も言わせてもらうけど、どうして美香紗は桐花さんを好きになった?」
「は? はあ? 今はそんなの関係ないじゃないの!」
高倉は耳を真っ赤にさせて反論するけれど、つくしは全く動じない。
「関係あるよ。だって僕たちは恋愛魔法で争ってるんだ」
「よくわかんない理屈こねやがって。好きなのは好きなの。文句ある?」
「大ありだよ。僕はずっと思ってたんだ。美香紗は小さい頃から僕のことが好きだった、それは違いないよね」
恥ずかしそうに高倉はそっぽを向きながら小さく頷く。
「男の人が好きだったのにそれなのにどうして女の人を好きになったか。それが問題なんだよ」
「つくしだって男のくせに恋愛魔法使うじゃない。それと一緒よ。好きだからやめられないのよ」
「僕の場合はそう。でも美香紗の場合は違う。恋愛魔法に飲まれた結果だからだ。最近問題になってる――」
「もしかして恋愛魔法使いの高齢化と同性愛化のこと?」
そのことを知っていたのかとつくしは驚きつつもうなずいた。
恋愛魔法使いの高年齢化及び同性愛化というのは、近年恋愛魔法使いの間で問題視されていることの一つだ。
男性に好かれるために鍛錬した恋愛魔法だが、その使い道が恋愛以外の多方面に利用されるようになったことで、恋愛魔法を使えなくなることで職や名誉や地位を失うことを恐れた人たちが、いつまでも処女のままでいること、もしくは女性同士で恋愛をすることによって恋愛魔法使いのままでいる道を選ぶ人が出てきたために問題視されている。
つくしは高倉がそうではないのかとずっと思っていた。
何もできずつくしの後をついてきた幼少時代。しかし能力が目覚めることによって周囲の評価、見る目は百八十度変わってしまった。
そのことで、高倉は能力を失うと昔のように何もできない自分に戻ってしまうのではないかと恐れてしまい、その結果、桐花を好きになってしまったんじゃないかとつくしは思った。
「美香紗は違うから。そんなの昨日までの合宿でも勉強したし授業でもやってる。今は優秀な恋愛魔法使いにはカウンセラーも付いてる。美香紗の好きな気持ちを馬鹿にしないで」
「言い合っても仕方ないみたいだな」
二人はほぼ同時に体に魔力をまとわせる。
「ええ。なんとなく戦争が起こるときってこういうのかなって思ったわ」
つくしは相変わらず光球を両手に発し、高倉は長剣を両手に持ち、周囲には短剣をまとう入佐ツインズスタイルで構える。
目が合うと同時につくしは距離を詰めにかかる。雨のように降り注ぐ短剣を感知魔法で避け続けどんどんと近づいていく。魔力の回復が見込めないつくしの方が圧倒的に不利な状況だけれど、それでもつくしは諦めていなかった。それは高倉の体に触れさえすれば魔力が回復するからだ。
そのことを理解している高倉は遠距離の攻撃が得意な入佐ツインズスタイルで戦うことにした。
短剣で長距離から攻撃し、手が届く範囲に入る少し前までくると長剣で攻撃を加える。
間合いを詰めることができないつくしは時間と魔力を無駄に消費し続けていく。短剣も避けきれなくなっていて体が切り付けられていき、ダメージは蓄積されていく。
そろそろかと高倉は長剣の形状を弓状に変え、宙を舞う短剣を一つにまとめて弓矢を作る。
その異様な魔力につくしは震え、恐れた。これで終わったと心でつぶやく。
「少ない魔力でよくやったわ。これまでの恋愛魔法に対する情熱と努力を讃えて、全力でトドメを刺してあげる」
そんなもの要らないと言える余裕はつくしにはなかった。ただじっと強大な魔力でできた弓を見つめる。恋愛魔法人生のピリオドを打つ恋愛魔法をその目で納めておきたかった。
「せめてあんたが違う力を持っていたら違った人生を送れたかもね」
美香紗は慈愛を込めた冷たい目で弓を射る。ここで終わらせるのはつくしの為なのだと言い聞かせるようにして。
弓の速さは目で追えてもとても避けられるようなものではなかった。的を外すというわずかな可能性も、高倉の魔法の制御能力の高さで無に近く、完璧につくしの心臓に向かっている。
避ける方法はない。こんな攻撃から約一年間逃げ続けてきた桐花はやっぱり天才だとふっとつくしが笑みを浮かべた時だった。
横っ腹に全速力で自転車が突っ込んだような衝撃を受けて三メートルほど吹っ飛んでしまう。何が起こったのかわからないつくしは横っ腹の痛みを抱えつつも辺りを見渡すとすぐ隣で一緒になって倒れる桐花の姿が見えた。
「ごめんつくし。まだ加減がわからなくって」
桐花は謝りつつもしてやったりのドヤ顔で微笑んだ。
「いえ、ありがとうございます。それよりどうやって助けたんですか?」
「喋ってる余裕があるなら立ちなさい。まだ戦ってる最中でしょ」
そう言いながら素早く立ち上がると桐花は高倉の方を向いた。つくしもすぐに立ち上がる。
高倉はすでに二本目を射る準備が出来ていた。
「驚いた。入佐ツインズが二人がかりでやる技を一人でやってのけるなんて。さすがね高倉美香紗」
高倉は真剣な顔を作っていたが、桐花と目が合うと氷が解けるように徐々にニヤケ、最終的には満面の笑みに変わった。
「それほどでも。それを避けちゃう明石さんも流石です……どんな方法で避けたのか確認させてもらいますね」
笑みを崩さないまま高倉は二本目を桐花に放った。
桐花は手から光球を発して足元に投げるとそれを足で踏みつける。足から魔法を放出することで一時的にだが爆発のような加速を見せて弓を躱した。そしてすぐ手から光球を発して高倉に投げるも簡単に弓で防がれてしまう。
高倉はふふふと不敵に笑う。
「さすが明石さん。超常的な魔力量を生かした無茶苦茶な避け方です。普通の人にはそんな膨大な魔力を使う方法不可能ですから。それにしても魔力の制御もうまくなりましたね。以前なら狙った方向に戦闘魔法を飛ばすことも出来なかったはず。どうしました? もしかして覚醒?」
「そうじゃないの? でもさっきまで調子悪かったんだけどね。追い詰められると力が発揮できるタイプなのかも」
「根っからの主人公気質ですね。ふふっ、憧れてしまいます」
「話してるところ悪いんだけど」
会話に割って入るつくしをサメのような無機質な視線で高倉は見るとすぐに短剣を放出した。
しかしつくしはそれを全て光球を放出してはじき返す。さっきまでの魔力不足状態ではなく桐花に触れることで魔力が増加したので避けるまでもなかった。邪魔を排除できない高倉はつまらなそうに口をとんがらせる。
「桐花さんはどうしてここにきたんですか? もし助けにきたとするなら空気読みすぎです。もっと早く来てくださいよ」
「図々しいわね。空気なんか読んでないわよ。こっちだってシキシマさんに追われて大変だったんだから」
敷島という名前を聞いて思い出したかのように高倉は周囲をきょろきょろと見渡した。
「明石さん。大和はどこに行きました?」
「ここですっ! 美香紗さん!」
その声と同時にチェーン状の戦闘魔法がつくしの元に飛んできた。それをつくしは避けることなく光球を放出して消滅させた。
「大和。あなたの役目は何だったか覚えてる?」
敷島は曲がり角から姿を現すと、桐花とつくしに目もくれず高倉の元に向かいひざまずいた。
「はい。明石をここに来させないようにする役です」
「で、結果は?」
「この通りです。すみませんでした」
高倉が敷島をしかっている間にもつくしと桐花は攻撃を向けるが、すべて高倉が作った盾によって弾かれてしまう。
「謝って済む問題ではないけどなってしまったからには仕方ないか。美香紗はつくしを相手にするから、大和は明石さんを頼むわ。次ミスしたら終わりだからね」
「わかりました、美香紗さん」
二人は神妙な表情で見つめ合う。本当に世界の終わりとでも言うような雰囲気がある。大げさと感じてしまうが、それほど緊張感を持って戦うからこそこの二人は一流なのだろうとつくしと桐花は感じた。
「つくし。一人で勝ってとは言わないわ。あたしが助けに行くまで耐えなさいよ」
「桐花さんこそ。少し魔力のコントロールの調子がいいからって頭に乗ってたら敷島さんに瞬殺ですよ」
「天才なめないでよ」
桐花はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて敷島に向かっていく。それを見送ってつくしは高倉と対峙する。つくしはやっと万全の状態で戦えると自信を隠せずにニヤけた。




