1-3 鬼ごっこ
「桐花さん待って! どうして逃げるんですか!」
五秒ほど先にスタートを切った桐花に手が届く距離まで近づくとつくしは声をあげた。
この距離を詰めるまでには一分かかった。つくしの足はそこまで遅くなく中の下といったところだが女子にしては桐花は中々に足が速かった。フォームが綺麗で陸上部とまではいかないが、何かしらのトレーニングを行っている感がある。
声をかけても振り向くことなく闇雲に桐花は走り続けた。
つくしは背後を確認する。
桐花を追っていた高倉美香紗の姿はすぐに消えた。
だからそこまで必死に逃げる必要はないのだが、桐花はひいひいと弱った声を出しながらも走り続けている。
体力の限界まで逃げ続けるつもりだろうか。異常な恐怖感じゃないとここまでできないだろう。
桐花は勢いをそのままに札のない空き教室に飛び込んだ。
鍵がかかっていないのは幸運か、それとも策なのか。つくしも続いて入った。その瞬間に桐花が扉を閉っめ鍵がされる。
かなりの手際の良さだ。何回スプラッター映画な修羅場を越えてきたのだろうか。
教室には止まった時計と埃が溜まった棚が複数、そこには埃が溜まったおもちゃや衣服が置かれていた。行事の際に使われた備品などの忘れられた保管場所なのかもしれない。
「美香紗の足の遅さは相変わらずだ」
肩で息をする桐花は不審がった眼で独り言を言うつくしを見た。
「あんたさ高倉美香紗の何なわけ? こんなところまで追いかけてきて。連れ戻そうとするならあたしだって容赦ないんだから」
ボクサーのような構えを取る桐花。不知火は首と手を振って「そんなつもりありません」と答えた。
「美香紗の泥声聞いて反射的に逃げ出しただけです」
「美香紗って、あんたは高倉美香紗と友達なわけ?」
「あっと、微妙です。幼なじみと言った方がいいかもしれません。桐花さんこそ、美香紗とどう言った関係ですか?」
「バレンタインに追いかけられてるのよ? 予想はつくでしょ」
桐花は中々採用されない就活生のようなげんなりとした態度を見せた。
「もしかして美香紗は桐花さんが好きってことですか?」
信じられないといった様子で声を震わせてつくしが言うと、桐花は溜め息をつく。
「そういうこと。どうしてあそこまであたしを好きなのか知らないけどさ。本当酷いわけ。休み時間に放課後と追い回されるのよ。恋愛魔法でアンテナ張って高倉美香紗の居場所を突き止めるのが日課ってどうよ。好きでもない相手をスト―カーするって最悪の気分。ていうか高倉美香紗がバレンタインだから本気出したのか知らないけど、居場所が感知出来なくなったし、もうこれは新種のいじめよ」
「桐花さんがきっちり振ってあげればいいじゃないですか」
「馬鹿言いなさい。高倉美香紗が誰だか知らないわけじゃないでしょうね」
「知ってます。十年に一人の逸材。最年少でSランク。万葉高校では十年ぶりのSランカーだそうですね」
「十分知ってるじゃない。さすが幼なじみ。じゃあわかるでしょ。そんな化け物と対峙してまともなわけないじゃない。あたしを同性愛者にしたいわけ? あたしは男が好きなの。藤本くんが好きなの」
「でも桐花さんも天才なんでしょ? 万葉高校の感知使いと言えば明石桐花。恋愛魔法の天才って自称したじゃないですか」
なにもつくしは嫌みを言っているわけではなかった。
占いのアドバイスに関しては不満を持っていたが、彼女のもつ感知能力には一目置いていたからだ。
不知火に恋愛魔法の才能があると言った人は過去にもう一人いて、その人は世間に名の知れた恋愛魔法使いだった。その彼女と同様の能力を持っているのではないかと不知火は期待していた。
「天才を越える超天才もいるわけ。高倉美香紗のポイントは五百近いのよ? この学校の男子の過半数を虜にしてる。あたしはゼロよゼロ。でもね、このゼロには誇りがあった。入学してから藤本先輩に出会い、誠実に思い続けてきた結果。藤本先輩にだけに向けた愛」
桐花はグッと両手を強く握り、歯を食いしばった。
「こんなの間違いだってわかってる。一人を思い続けても、片思いに意味ないって」
「だからあのとき、毎日告白しろって」
「そうよ。あたしみたいになってほしくなかった。あんた見てるとあたしみたいでイタかったから」
「いっそ藤本先輩に告白してみればどうですか?」
「昨日までの彼のポイントは入佐由美に二、入佐梓に一ポイント。相手は入佐会の会長よ? 叶いっこないわ。そもそも恋愛魔法は相手に好かれる為の能力。恋愛魔法使いが告白するなんて馬鹿なことできないわ」
「桐花さんは逃げてばっかりです」
「はあ?」
生意気なことを言いやがってと睨み付ける桐花だが、つくしはびくともしなかった。
「よくわからないプライド持ってるからダメなんですよ。恋愛魔法使いが告白したっていいじゃないですか。現に美香紗はしようとしている。桐花さんが美香紗に負けたくないなら、藤本さんにぶつかってきて下さい」
「高倉美香紗はサイコレズで名が通ってるからいいのよ。てかさ恋愛魔法の天才がプライドもって何が悪い? それにプライド捨てたってすぐに高倉美香紗が追いかけてくるのよ。感知出来ないあたしにどうしろってのよ」
「僕が美香紗を引き付けますから、その隙に藤本さんを捜して下さい」
「あんた言ってる意味わかってるの?」
げんなりとしてあきらめムードな桐花だが、つくしは答えることなくすぐに教室を出て行った。
居場所がわからない人間を捜すのは難しいが、その人間が誰かを探しているなら難しいことではない。
つくしはさっきまで高倉がいた二年棟に戻って一階の廊下に出るとすぐに叫んだ。
「おーい、美香紗! 桐花さんみつけたぞ!」
しかし反応はない。二階、三階と叫んだけれど結果は同じだった。
二年棟を離れたのではないかと不知火は二年棟の隣にある中庭に出て叫んだ。
通りすがりの生徒に不審な眼を向けられるだけで高倉の声は返ってこなかった。
しかし「アホウ! つくしのアホウ!」という声が遠くからしたので、辺りを見渡すと二年棟の三階の窓から疾走する桐花とそれに追いつこうと鈍走する高倉の姿が見えた。
「あちゃぁ」
頭を抱えやってしまったと肩を落としつつもすぐ桐花のもとに向かった。
二年棟の二階に行くとこちらに向かってくる桐花の姿が見えた。桐花はつくしを見つけると息を切らしなが怒声を浴びせた。
「かっこつけてんじゃないわよ! 高倉美香紗はあたしを感知してるのよ! あんたがオオカミ少年になっても意味ないのよバカ!」
言い終る頃にはつくしを追い越していた。桐花はさっさと二年棟から出る為に一階に下りようと階段に向かった。
だが、その階段の前には高倉の姿があった。桐花の行動を読んでいたのだろう。
桐花と眼が合うと高倉はニヤリと笑って両手を伸ばした。桐花とは五メートルほど離れていて手を伸ばしても届くはずがない。しかし桐花は拘束されたように動けなくなってしまった。
その様子をおどおどと挙動不審に見つめるつくしに、桐花は顔を真っ赤にして言った。
「何も戦隊ごっこしてるんじゃないんだからね! 本当にうごけないのよ、高倉美香紗の魔法で!」
「それって恋愛魔法ですよね。確か恋愛魔法使い同士に適用される精神攻撃な何かがあると」
「説明はいいからあんたは逃げるか先生呼んで来てよ」
「呼んでいる間に明石さんは美香紗のモノになるけどね」
心の奥底からゾッとするような熱い瞳をして高倉は言った。その声には同性愛の差別なんてどうってことないという強い信念が感じられる。
高倉は本気で桐花を愛している。ここで引けば、桐花は高倉の恋愛魔法の前に屈しゆりゆりな学園生活が始まるのは明らかだ。
ここで魔法を使えないつくしが物理的に邪魔をする方法もあるだろう。しかし高倉の恋愛魔法の前にそんな気持ちはすぐに失せてしまう。高倉にはつくしが桐花にもつ恋愛感情以上の愛情をつくしに与えることは容易いことだ。高倉の恋愛魔法力は並大抵ではない。化物じみている。
絶体絶命の中、桐花は体の震え涙をこらえ、言葉をこぼした。
「あたしは好きだって伝えることも出来ないの?」
三百六十五回失敗を繰り返したつくしにその言葉は鋭く、そして深く刺さった。かえしがついていて、簡単に抜けそうになかった。
恋愛魔法使いは相手の恋心を奪う為の能力。それは残酷で能力の無いものからすれば非道なものだ。
桐花が同性愛者となる前に、せめて告白だけでもさせてあげたい。
三百六十五回告白した男は、その結果がどうであれその回数分、心の折り合いを付ける大事さを学んだ。それを桐花にも学んで欲しいと願った。そして少しでも自分が味わった絶望感を味わって欲しい。そんな復讐心もつくしが上着の裏ポケットに手を伸ばすのに力を貸した。
裏ポケットから取り出したのは薄いピンクの女性モノの下着だった。
それを見た桐花と高倉は目を点にして、次に耳を赤らめた。この場面でパンツが出てくるとは予想なんてしていなくて言葉もでなかった。
「美香紗! お前の相手は俺だ!」
戦隊ヒーローに憧れた幼い頃から、一度は言ってみたかったセリフの五番目をつくしはドヤ顔で口にした。パンツを握った手を高倉に向ける。
どう考えてもこの瞬間、世界で一番行動とセリフがあっておらずイケていない。
また不知火つくしが生涯童貞の座に近づいた瞬間であった。
第一回登場人物紹介
万葉高校一年、不知火つくし/シラヌイ ツクシ
バカ正直に占い師の助言通り一年間毎日告白し、生涯童貞の冠に手を伸ばして行く少年。恋愛魔法使いになることが夢
万葉高校二年、明石桐花/アカシ トウカ
自称恋愛魔法の天才。しかし高倉には劣る。感知能力に優れているらしい。自分を天才という辺り、自分大好き人間かもしれない。
万葉高校一年、高倉美香紗/タカクラ ミカサ
恋愛魔法の超天才。十年に一人の逸材と言われるもサイコレズ。不知火とは幼なじみ。




