1-2 占い師を捜せ
彼女の占いを信じて告白した三百六十五回。
心が砕けた回数三百六十五回。
内、ごめんなさいが百三回。罵倒が八十二回。励ましが二十二回。残りは待ち合わせ場所に来てくれもしなかった。毎日愛の告白を行っている人間なんて正気じゃないので、来なかった人はむしろまともだと言えるだろう。
「俺の千円返してくれよ」
しかし不知火もまたまともではなかった。
三百六十五回真剣に人を愛し、プランを組み告白をしてきた。
それを続けてきたのは明石桐花がただの占い師ではなく、恋愛魔法使いだったからだ。超能力的なものを持つ彼女の言葉通り、全身全霊でぶつかって、そして砕け続けた。
そしてつくしの貴重な青春の一年は無駄に終わったのだった。
文句のひとつでも言ってやりたいが、あの日から占いの営業をしていない桐花の居場所をつかめないつくしは、いっそのこと二年棟に行って手当り次第に探してやろうかと下級生らしからぬ小生意気な発想が芽生える。
思いつくとすぐに行動に移した。一年間のフラれ続けたストレスが心に積もり積もり、溢れた結果、体が勝手に動いていた。
二年棟についたものの放課後だから生徒はほとんどいなかった。
教室を覗きながら廊下を歩くけれど、鍵が掛かっているか、聖なる日の告白に成功したカップルがいちゃついているか、女子が少数でダベっているかのどれかだった。
時間を誤ったかとため息をつきながら一年棟に戻ろうと踵を返したときだった。
正面から女子がつくし目がけて走りよってきて、急ブレーキをして立ち止まった。
「ねえ、あんた。藤本先輩の居場所わかる?」
強い口調で少女は言った。
忘れもしない、あの顔だった。
二重まぶた、薄い唇、目に入りそうなくらい長い睫毛、低い鼻。違ったのは髪の長さで、肩に届くほどの黒髪が顎の位置くらいまでに短くなっていた。
別段美しいわけではない普通か普通より少し整った顔。しかし強気な性格が顔からも声からも伝わる。触れれば噛み付くそんな雰囲気。
忘れもしないあの日の路地裏の占い師、明石桐花だった。
「し、し知りません」
つくしはそんな彼女に恨みつらみをぶつけるどころか空気に押されて質問につい答えてしまった。
藤本の居場所がわからないと知った途端、桐花は悔しさを滲ませた表情で地団駄を踏んだ。
「桐花さんって感知系なんですよね? じゃあ探せるんじゃないですか、藤村先輩の居場所」
「うるさいわね。あいつのせいでそんな余裕ないっての。てか、ふじもと! てか、どうしてあたしの名前を? あっ」
桐花の視線の先はつくしの左手、さっき振られ相手に渡す予定のチョコに向いていた。
市販のチョコを溶かし、敏馬玉藻が好きだと言っていた猫を立体的に象ったものだ。
こんなインチキ占い師でダメ恋愛魔法使いにあげるものかと背中の後ろに隠す。勘違いなんてされたくもないし、間違ってオッケーなんか出されてみれば最悪だ。
しかしつくしの予想とは反して、桐花の眉は皺を寄せ、眼はキリリと鋭く槍のごとく睨み付けてきた。そして大きく一歩を踏み込んできた桐花の顔は、眼と鼻の位置まで近づいていた。
これで桐花の表情が赤く染まり恥ずかし気があるなら、告白だキスだと心が温かくなるだろう。ドキドキとする青春の香りだ。しかし桐花の表情は人を殴る、刺すというような怒りに染まっていた。つくしの血の気が引く。仄かに鉄の香りがする気がする。
「あんた同じ学年なら自分で渡しなさいよ、意気地なし!」
目と鼻の距離で声を荒げた桐花は、つくしの後ろに手を伸ばし、左手を思い切り叩いてチョコを弾き飛ばした。
ひりひりして赤くなるつくしの左手。
廊下の隅にチョコが転がる。
カタカタと中々にうるさく転がる音を聞いて、猫の体がぐちゃぐちゃになったとなんとなくつくしは気づいた。
間違ったアドバイスをされただけではなく、願いを込めて作ったチョコまで破壊されて黙っていられるほど、つくしは大人しくはなかった。
さきほどの桐花よりも鋭さはないもののつくしは睨み返す。桐花と鋭さを比べれば桐花は日本刀でつくしは市販の包丁レベルといったところだが。
「なによ。言いたいことあるなら言いなさいよ」
「このチョコは敏馬さんにあげるものだったんだ」
「てか敏馬って? もしかして一年の恋愛魔法使いの? あっ、えっ、うそ。本当にごめん。勘違いしてた」
桐花は口元を両手に当てて、そのまま前に持ってきて両手を合わせて頭を下げた。
「言い訳聞いてくれる?」
不知火は不貞腐れたまま小さく頷いた。
「あたしに渡しといてってチョコが多くってさ、それで頭にきちゃって。ついあなたもそうなのかなって。だってさ、名札に高倉ってあるから。本当ごめん」
恋愛魔法使いのいる学校では、個人の恋愛魔法能力の活動範囲を知る為の方法として、生徒が支持する恋愛魔法使いの名前が表示される。これは三票まで選べるのだがつくしの場合、一年の高倉美香紗が二票と三年の入佐由実に一票が入っていた。
「いいですよ。もうフラれたから。ただのチョコです」
「そうなの? じゃあたしが食べていい?」
「何で桐花さんが食べるんですか」
「甘いもの好きだからに決まってんじゃん。てかどうしてあたしのこと知ってんの?」
「覚えてないんですか? 占い師失格ですね。客の顔を覚えられないと信用されませんよ」
パンと軽く手を叩いて桐花は何度も頷いて「ああ、あの時の」と呟いた。
「思い出した。えっと、あの時の」
桐花はわざとらしくつくしの名札をチラ見する。
「不知火ね。おぼえてるおぼえてる」
「名札見たの気付いてますから。それにあの時は下の名前で呼んでくれてました」
「ごめんごめん。で、しらぬい?」
「つくしです」
「つくし君かあ。ごめんごめん。いやあ、あたしって感知系だからさ。名前覚えるの苦手なわけよ。名前覚えなくても雰囲気で感知しちゃうからさ」
「じゃ雰囲気で僕のこと感知して下さいよ」
「それがそれどころじゃないんだって。ま、落ちつきなよ」
桐花がニヤつきながら廊下に転がったチョコを拾って不知火に返そうとしたときだった。
「何してるんですか? 明石さん」
その凛とした美しい声を聞いた瞬間、桐花は血の気をなくし全身が強張る。まるでスプラッター映画で怪物に見つかったやられ役のように。
「噂をすればですね、桐花さん。美香紗ですよ」
つくしと桐花から離れて十メートルほど、階段を登って来たであろう高倉の姿があった。彼女の表情は満面の笑みで、その表情は久しぶりに会った友人との再会を喜ぶシーンを彷彿とさせた。
しかし桐花と高倉の表情はちぐはぐだ。
桐花は高倉をモンスターと、高倉は桐花を親友と思っているような表情。そんな認識の相違なんてあるわけがない。
この表情から読み取れる関係性といえば、取り立て人と債務者だ。
様子の可笑しい桐花に声をかけようと不知火が桐花を見た瞬間、桐花は駆け出した。高倉から逃げるように。
手を大きくで振って高く太ももを上げ、スカートの中が見えることなどおかまいなしの全力疾走だ。
そんな桐花を見送りながらスパッツ派とは珍しい、なんて呑気に思っていたつくしに突然怒声が響く。
「ちょっとつくし! 明石さんをつかまなさい!」
さきほどの凛とした美しい声を泥で塗ったような怒声でスタートしたつくしは、桐花と同じように全力疾走を見せた。




