1-1 路地裏の占い師
「あんたなんかと付き合うわけないじゃない。てか今日告白するとかバカでしょ」
鼻息をふんと荒くして吐き捨てるように敏馬玉藻はそう言うと別れの言葉も無くに不知火つくしのもとから去って行った。
これで三百六十五回目だ。
瞳を潤ませ心の中でつくしはその回数をつぶやく。
それは去年のバレンタインから今年のバレンタインまでに、不知火つくしがフラれた数だ。
つまり三百六十五日、毎日誰かしらに愛の告白したことになる。
毎日告白をする理由はつくしが惚れやすいという要因もあるのだけれど、サカリのついた犬のような精神構造をしているわけでもなく、一年間で彼女を作らないと生涯童貞という呪いをかけられ手あたり次第告白しているわけではない。
生涯童貞候補のつくしが告白を毎日の日課にしたのはどうしてか。理由がなければ病気だ。彼は残念ながら健康体。
その理由を知るには今日から一年前に遡らなければならない。
一年前のバレンタインデー。
つくしは幼稚園からの幼なじみに十年来の思いを伝え玉砕し、傷心し、人嫌いモードに入ったため人通りの少ない商店街近くの裏路地を歩いていた。
商店街とは違い住宅が並ぶ裏路地に人は少なく、道も狭いし暗いしなんだか変質者が出てきそうな雰囲気がある。不審者注意の立て看板が更に不安を煽る。
そんな商店街の裏路地に占い師の姿が見えた。
占い師の机は学校にあるものと同じタイプのもので、「占い」と画用紙で書いたものを貼っていて学芸会や文化祭のようなノリに近かった。それもそのはず、占い師は制服着用の女子高生だった。
彼女は不審者注意の立て看板を注意喚起だと思っていない能天気な人なのか、それとも痴女なのか、それとも不審者だからか堂々とした雰囲気で座っていた。
こんな陽のあたらない人通りの少ないところで占いなんて、立て看板通りの不審者だ。こんな簡易占い師がまともなわけがないので、なるべく目を合わさないように前を通ろうとしたのだがつくしは声をかけられ、無視をする勇気はなく、つい立ち止まってしまった。
「ねえ君、お姉さんがちょっと占ってあげるよ」
女子高生はくいくいと手招きして笑みを向けた。
つくしは会釈をしてそのまま通り過ぎようとしたのだが、彼女はしつこく声をかけてくる。
「二千円」
つくしは大げさに首を横に振る。すると彼女は熱気のあるセリ師のように声を荒げた。
「千五百円、千四百円、千三百円。これでもか! 千百円」
どうして値切られる側が値段提示しているのだろうか。一人で盛り上がって少々楽しそうではある。しかし占いを値切られたところでやろうとは思わない。割引のある占いの信憑性は如何に。
息を切らし指で輪っかを作ってニンマリと笑う女子高生の姿を見て、つくしはわずかに可能性を感じ席に着くことにした。この人と話すと、もしかすると暗い心が晴れるかもしれない、そんな予感。
「千円しか出せませんけど、それでもいいですか?」
「まあいっか。百円分手を抜くけど文句言うなよ。じゃ左手だして」
千円を財布から出したとき、こんな名もない女子高生占い師に、月の小遣いの半分を渡すなんて気の迷い以外の何者でもないという思考がつくしの頭によぎる。しかし手を相手に触られるのだから、それで元を取れるんいいんじゃないかな、女の子の手ってマシュマロみたいにやわらかいと聞くし、なんて童貞思考が上書きしてしまったので千円札を手渡した。
「まいどありー。じゃ見るね」
雑談のような軽い雰囲気の彼女だったが、つくしの手に触れた瞬間、雰囲気が変わる。シンと心の奥底が静まる感じは鳥居をくぐったときを思い出す。
一瞬でつくしのやましい気持ちは消される。彼女の手つきは真剣につくしを占う為の動作で、そこにエロスは皆無だった。
つくしはただただ彼女の真剣な表情に視線を、心を奪われた。
そして彼女の瞳が紫色に変わったことに気付く。
「恋愛魔法使いだったんですか」
彼女は瞬きをし、目があったときには濃い茶色の瞳、つまり正常な瞳の色に戻っていた。
「そうそう。自己紹介まだだったね。万葉高校の恋愛感知と言えば明石桐花ってね。下の名前で呼んでくれて結構よ」
桐花は証拠としてスマートホンを取り出し、恋愛魔法証明証を表示した。
『万葉高校一年ロ組/感知恋愛魔法科/明石桐花』
恋愛魔法使いが行う占いとなれば信憑性は高い。オカルトではなく国が公認した本物の能力なのだから。
「小京中学の不知火つくしです。僕も万葉に願書出したので受かれば先輩ですね」
「そうなんだ。あんた運がいいわ。入学してくる頃にはあたしは超人気者で占いの予約は一ヶ月待ちとかになってるかもよ」
「今は不人気なんですね」
「今日から始めたからね。まだまだ先のことはわからないでしょ」
舌を軽く出して桐花さんは不機嫌そうなフリをしておどけた。
先が読めないとは占い師らしからぬ発言だ。
「じゃ占いの結果発表するわね」
「もうわかったんですか。てか何を占ったんですか?」
「あんたが傷心してるってことはわかった」
傷のないつるつるの状態の人が占いに手を出したりしないから、当たり前のことだろ。なんて反論はしないで、とりあえずつくしは頷いてみる。
「何人目よ振られたの?」
「まだ一人目です」
「じゃ、しょうがないでしょ。一人目で成功する人なんて天才よ。運の浪費でもあるわ。最初でゴールする恋路なんてのは妥協して近道しただけよ」
「でも十年近く思っていました」
辛気くさくつくしが言うと、桐花は嘆息してから穏やかな笑みを浮かべた。
「よくさ、恋人いない人は売れ残りとか言われるけど人間ってモノじゃないでしょ? モノならたくさんの人に好かれなくちゃいけないけど、人間の場合、たった一人でいいのよ。今回は何万分のいくつかのハズレを引いたけど、いつかきっとその一人が見つかるわ」
「そう言われても僕はその人のたった一人になりたかったんですけど」
「その気持ちはわかるけれど、その一人に十年費やしたんでしょ? その分つくしはアタリを引く確率を潰しているわけ。時間は決まっているし、比例して告白する回数も決まっているのよ。ま、アドバイスとしては毎日告白してみればおもしろいんじゃない?」
「確かにこの十年間色々な人に告白し続けていれば一人くらい恋人を作れた気がします」
「でしょ。その意気よ。ま、つくしが恋愛魔法使えれば楽なんだけどあんた男だからね。あたしには劣るけれどいいもの持ってるだけに残念」
「そ、そうですか?」
「感知魔法の天才のあたしが言うのよ。ひゃくパーよ」
恋愛魔法を使うのは女性だけ、なんて偏見が世間に広まってる中。男性で使う人は全くいない。男ならば魔法なんてよくわからないものでいつなくなるかわからない不明瞭なものに頼るな、という考えが一般的だからだ。
しかし桐花は言った。
「もうすぐ十年が経つでしょ、恋愛魔法が国公認になって。その節目に男が使って変化を起こしてくれても面白いんだけどね。ま、難しいか」
桐花の占いに千円分の価値があったのかつくしにはわからなかったけれど、明日からの一年間で価値があったと言われるように頑張ってみよう。そんな前向きな気持ちで会釈して「ありがとうございました、桐花さん」
桐花は少し表情が明るくなった不知火に軽く手を振って微笑みかける。
「また春に会えるといいわね」
不知火は力強く頷く。尊敬出来る素晴らしい先輩に入学前から巡り会えたことを幸福に思いながら。
しかし入学した頃には人気者になっているのだとすれば、鼻高々な面もあるけれど、少し残念な気もした。
それから数日後、数週間後、そして合格の報告をしようと度々その路地裏を通るつくしだったが、その日以来見かけることはなかった。
入学してからも校内で明石桐花の占いが行列を作ることもなく、彼女の名を聞くことすらなかった。もしかして流浪のコスプレ占い師だったのか、そんな意味不明の疑念を抱く不知火つくしだった。




