3-9 入佐ツインズと明石桐花
「待たせたわね由美サン。至福の時はここまでよ!」
背筋が凍るほどのキメ顔で桐花は言った。
「ついでに衣もよくやったわ。いいMっぷりだった」
「そんな労いいらない」
自分の役目を終えた衣はリラックスした表情で大きく息を吐いた。
由美は不意打ちによってやられた梓を見ても取り乱さず、二人を見つめ不敵に笑いながら魔力を溜める。
「中々考えたな。近距離しかできない明石にとって遠距離が得意な梓はミスマッチだから早々にやっておくという作戦か。さすがIQ百八十あるだけあるな、常陸は」
賞賛する由美だが、衣はそれを否定した。
「衣は百八十もない。というか計測したことはない」
「えっ? うわさで聞いたが」
「IQ百八十なんて金田一じゃあるまいし。ちなみに剣道二段もありえない。ちなみに好きな漫画はセクシーコマンドーとムジナ」
?とあからさまに混乱した由美に桐花は補足を加える。
「つまりハッタリってことよ。内面魔法の拙さを補う方法らしいけど、意味あるのかしら」
「あるんじゃない? あれ見なよ」
常陸が指をさす方には激昂する由美の姿があった。顔を真っ赤にさせ体を小刻みに震わせている。
「あれって逆効果じゃないの?」
「冷静さを失わせるのは大――」
「ふざけやがって!」
桐花と常陸のこそこそ話を掻き消すくらいの大きな怒声を由美は浴びせた。校舎で反響し声が中庭に響き渡る。
「人をコケにするのも大概にしろ! やはりお前らは気に入らない。明石! お前が調子に乗っていられるのも今日までだ。明日からは恋愛魔法を使えなくしてやる」
その言葉は脅しではなく本気だった。表情や殺気から伝わってくる。それは一級品の恋愛魔法によって数倍にも迫力が増す。
ここで桐花は疑問に思った。どうしてここまで質の高い内面魔法を由美が繰り出せるのだろうかと。由美が得意なものは外見魔法だ。しかし発している内面魔法は得意である外見魔法より少し劣る程度で間違いなくAランクはある。
「由美さんにどうしてそんな内面魔法ができるんですか。それに戦闘魔法も。以前までそんな可能性は感じませんでしたけど」
「明石の感知がヘボなだけだろ」
「もしかして梓弓さんになろうとしてるんですか?」
桐花はニヤリと下品な笑みを浮かべる。
「バカ言うな。ただ最高の恋愛魔法使いを目指しただけだ」
舌を巻いていう由美には明らかに焦りが見える。
「確か梓弓さんの卒業時の能力、その状態にかなり近いように思えます。戦闘魔法は足りてませんがお見事ですね。見限った梓弓さんも驚くことでしょう。どれだけの人手を借りてその力を得たのかと」
「うっさい!」
由美は自分の身長と同じくらいの大剣を二本繰り出す。そして桐花に向かって同時に振り下ろした。しかし感知に優れた桐花には速度の遅い攻撃は通用しない。すらりと体を半歩下げギリギリのところで避けた。
その動きを見てすぐに察知した由美は左右で時間差にして振り下ろすも、それでもスピードが足りないのか桐花は見切ったようにかわす。
「相変わらず逃げるだけか」
「逃げるのを蔑まないでくれませんか、結構疲れるんですけど」
再び由美の時間差攻撃が襲う。
ニヤニヤと桐花は攻撃を避け続けるも決して余裕はなかった。由美の攻撃を感知魔法で予測することで避けれているので魔力を消費してしまう。
桐花としては避けるための消費と由美の攻撃の消費で我慢比べに持ち込みたいけれど、由美の攻撃が想像以上にレベルが高く、桐花の方が魔力消費が激しいのでこのままいけば時間の問題だという焦りがあった。常陸に人外と呼ばれた魔力回復で補うこともできない。
攻撃しかない。しかし大剣なので近寄れず、近寄ろうとすれば二刀目が襲う。このままでは感知魔法を扱う魔力が足りず、徐々に攻撃が当たってなぶるようにやられてしまう。
そう思った瞬間に左腕に太刀が掠る。
完璧な戦法だった。桐花が避けるための消費魔力を知り尽くしているかのような攻撃。ぎりぎり由美の魔力残量が上になるよう計算している攻撃。
桐花と戦うことだけを想定した戦い方。
そのことに気づいた桐花は自然と笑みがこぼれた。
「すごい執念ですね。どれだけ梓弓さんのこと好きなんですか?」
「ふざけたことを言うな。あんな奴のこと好きではない」
「ではどうして仲が最悪な双子なのに手を組んでまでアフロディーテを目指すんですか?」
一息ついた由美は再び斬撃を繰り出す。
「二人で手を組めば可能と意見が一致したからだ。同票なら二人とも賞を頂けるのだからな」
桐花は太ももに攻撃を掠らせつつもなんとか避ける。
「仲が悪いことの答えになってません。二人とも梓弓さんを見返したいからでしょう」
「断じて違う」
「じゃあ、梓弓さんに気に入られたあたしに嫉妬しているの? だから梓弓会から鑑定されたあたしの能力が贔屓みたいな噂を流したんでしょ?」
「うるさい!」
桐花は一太刀目を避けるものの、二太刀目をもろに左手に受けてしまい、左手の感覚を失ってしまう。
「だからどうした。そんな話を流布したからどうしたという」
由美の瞳は充血していた。必死に涙をこらえているかのような表情だった。
三年前。桐花は家庭教師であった春日あさひを辞めさせ、次に師事したのは入佐梓弓であった。
大学卒業と同時に恋愛魔法使いを辞めることを決めていた梓弓にとって、最後の弟子が桐花であった。
梓弓は桐花の恋愛委魔法におけるコントロールの下手さとそのセンスの無さを嘆いたものの、優れた感知魔法、そして常人の三倍はある魔力総量と無尽蔵と言えるほどの魔力回復は、その弱点を補って余りあるものだったので、梓弓は桐花に期待をした。
ほとんど毎日付きっきりで一年間指導したせいか、梓弓の妹である梓と由美は桐花に対して嫌がらせを繰り返した。それまで自分たちが期待されていたのに、その感情を奪われたことが気に食わなかったのだろう。そんな日々が続くせいで梓弓は妹達と仲が悪くなってしまいろくに口もきかなくなるほどだった。
梓弓は大学を卒業し恋愛魔法使いを辞めて就職してからも桐花への指導は週一回程度だが続いた。それは桐花の成長が著しくなかったからだ。梓弓は自分に責任を感じていた。次世代を背負う才能を無駄にしてしまうかもしれないと。
それでも桐花は魔力のコントロールは向上しなかった。原因として常識を超えた魔力量によるものだと梓弓は思っていた。
常人の魔法には常人の魔力量が必要だ。しかし桐花の場合、三倍以上も魔力量があるので、常人が魔法を使用する場合と比べ単純な計算だが三倍以上も繊細なコントロールが必要となる。もともとコントロールが得意でない桐花には厄介な問題だった。だから繊細な魔力を扱う魔法は一切できず、簡単な魔法を全力で行うことしかできないでいた。
「お前なんかに期待している姉さんが馬鹿で……かわいそうだ。だから今日をもってお前から恋愛魔法を奪ってやる」
由美の殺気は中庭中に伝わり、場を制圧するほどだ。
「あたしもそうしてほしいわ。もううんざりなのよ」
「それならどうして抵抗する」
「あいにく親がうるさいんでね。一番とるまでやめられないんですよ」
「ほざけ。お前には無理だ」
由美は二刀を一刀にまとめた。そして桐花の両腕を切るように振りおろした。動きが鈍くなってきた桐花に避けられるわけもなく、腕がちぎれるような痛覚がして悲鳴をあげた後、容赦なく両足も同じような感覚がしてその場に倒れた。
両腕と両足をやられた桐花に出来ることは何もなかった。それでも眼だけは死んでいない。
「どうした。もう可能性なんてないぞ。一番は、アフロディーテは入佐ツインズのものだ」
「違いますよ。一番をとるのはあいつですよ」
誰のことだと由美は首をかしげた。その瞬間、持っていた太刀に強い衝撃がしてから真っ二つに折れてしまった。
いったいこんな強大な魔法を使うのは誰だ。それに明石会は全員やったはずなのに。もしかして姉さまが? そんな戸惑いをみせる由美が振り返ると、そこには常陸とジャージ姿の見知らぬ女子がいた。




