3-10 彼の恋愛魔法
由美は完全に動揺していた。
いないと思っていた新たなる敵の存在。しかもその敵が只物でないことは瞬時にわかったからだ。
十メートルほど離れた位置から刀身を当てるコントロール、それにかなりの強度を持っていた刀を折るパワー。そんなことができる生徒がいただろうかと生徒の顔を巡らせるも二人しか思い浮かばない。
宇治千早と高倉美香紗。
しかし由美の視線の先にいるのは常陸と手をつなぐジャージ姿の少女だった。
そのジャージは汚れとほつれが目立ちまるで清潔感がない。こんなみすぼらしい奴にという怒りが由美の中に芽生える。
「お前はどの会だ! 今なら謝れば許してやる!」
「許してほしいのは由美さんの方でしょ」
桐花が毒づくと由美は何も言わず、ただ鬼の形相で睨み付け再び刀を繰り出し躊躇なく振り下ろした。
しかし再び刀が横に折れる。プリッツのようにパキッと。
今度は振り下ろしている刀に向かって当てたのか。ありえない。由美は再び動揺する。
そしてジャージ姿の少女はゆっくりと由美のもとに歩みを進めながら口を開いた。
「僕は明石会に属しているつく子と言います。桐花さんにこれ以上の攻撃はやめてください」
「つく子って!」
思わず吹き出す桐花。まるで緊張感がない。
「どうして笑う? 明石の仲間じゃないのか?」
「仲間だけどつく子はないわ」
「桐花さん。もう助けませんよ」
「すみません、つ、つ、つく子さん。あとはお願いします」
口に手を当てて必死に笑いをこらえながら桐花は言った。
「由美さん。もうやめませんか。これ以上の戦いは無意味です」
つくしことつく子はキリリとした凛々しい顔でそう言った。声は外見魔法の作用か、つくしの声が少し高いものに変わっていた。
その言葉を聞いて常陸と桐花は笑いをこらえる。どれだけ役に入り切ってるんだと。
つく子は戦いの最中に言ってみたい一言のトップ三を言えたことで満足げに微笑む。その表情を余裕の笑みだと感じた由美は声を荒げた。
「馬鹿にするな。たった二回の攻撃で諦められるものか」
「あなたならわかると思ったのに……仕方ありませんね。人を待たせているからすぐに終わらせなくてはいけないというのに」
つく子は内面魔法による殺気を放つ。それによって由美の動きは硬くなり動作が鈍くなる。由美も殺気で返そうとするが押し返されてしまう。
「さっきよりも内面魔法の威力が弱いですね。そろそろ魔力が尽きますか?」
「確かに魔力の余裕はない。だが理由はそれだけじゃない」
そう言いながら由美はニヤリと笑った。
するとつく子に向かって百を超える短刀が飛び、それはまともにつくしに命中する。あまりの数につくしの姿が見えなくなるほどだ。
「やるじゃないか梓」
由美はベンチの方に目をやる。さっきまで気絶していた梓は肩で息をしていた。
「ちょっとあいつは誰ですの? こんなのがまだいました?」
「いや、もしかすると外部生かもしれない」
「なるほど。明石ならやりかねませんわね」
「でもこれで終わりだろう。さすがにあの攻撃は――」
安心しきっていた由美の顔が凍り付く。視線の先にはまるでダメージを受けていないつく子の姿があった。
「何よあいつ。チート使ってるんじゃない?」
引きつった顔で梓は言った。それに対しつく子は言葉を返す。
「チートと言えばそれはお二人でしょう。中々面白い恋愛魔法ですね。双方に契約を交わし、どちらかがやられれば相手が持っている自分よりも優れた能力をトレースさせるなんて。だから由美さんは梓さん並の内面魔法を持っていた。しかし気絶から覚めた今、その能力は以前に戻っている」
「もしかしてこの一瞬でわかったの?」
声を震わせながら梓が言った。由美は声も出せず唖然としていた。
「僕は感知魔法が得意ですから。それよりも周りを見てくださいよ」
つく子はひらりと手を広げながら周る。入佐ツインズがその手に沿って辺りを見る。
中庭を多数の生徒が囲んでいた。恋愛魔法の授業を終えた一、二年生。騒動を聞きつけたのか、クラブを抜け出してきた一般生徒の姿もちらほら見える。
「だから言ったじゃないですか。早く終わらせた方がいいと」
生徒たちは騒然としていた。入佐ツインズが劣勢という状況を信じられず、泣き出す者までいた。
つく子に向かってやめろと叫ぶ者、入佐ツインズに負けるなといったような声援が飛ぶ。
入佐ツインズにとって地獄だった。
このまま戦えば大衆の目の前でつく子にやられ、逃げても威厳が失われる。どちらにしろ票を失うのは確実で、アフロディーテへの道は遠のく。
どちらを選ぶか入佐ツインズは視線で合図する。
そして二人はつく子に向かって攻撃を繰り出した。
梓は小刀を同じ方向にマシンガンのように連射させ、由美は大剣を両手に持って、つく子が手で小刀をはじいているうちに近づく。そして間合いに入った由美は思い切り振り下ろした。
しかし何故か空を切ってしまった。頭が真っ白になる。確実につく子に向かって振り下ろしたはずなのに、どうしてか感触がなく、もちろんつく子にダメージはない。
そして自分の手に振り下ろしたはずの大剣がないことに気づいた。
「どうして」
目の前で呆然とする由美に向かってつく子は優しい声で言った。
「その程度の攻撃じゃ届かないですよ」
口を動かしている間にも梓の攻撃が飛んでくる。しかし今度は手で弾くこともせず、当たる直前にすべて消失していく。それは由美の大剣と同じように。
「どうして! さっきはあんたのとこまで届いたじゃないの」
ヒステリックに叫ぶ梓に対し、由美は蚊の鳴くような声で言った。
「違う。わたしに攻撃させるためにわざと隙を作ったんだ。この大衆の前で力の差を見せつけるために」
「ご名答。じゃあどうしますか? 入佐ツインズ?」
「「逃げるに決まってるでしょ!」」
梓と由美は声を合わせてそういうと、中庭囲う生徒たちを押しのけ、恋愛魔法棟の方に駆けて行った。
桐花は逃げ去った入佐ツインズを見送ってから周囲の生徒に手を振ってみた。しかし手を振り返す人なんて誰もおらず、冷めた視線や鋭い視線を浴びせられ、中庭は険悪で悲壮感漂う空気が流れた。
「あの、桐花さん。お疲れ様でした。ソイラさんと待ち合わせているのでもう行きますね」
「ご苦労様。やっぱあんたすごいわね。ありがとう」
「こちらこそ。こういう場を作ってもらって感謝しています!」
つく子は深々と頭を下げてから食堂の方に走っていった。




