3-8 衝突!入佐ツインズ
桐花は完全に調子に乗っていた。
休み時間にクラスメイトに声をかけられ占うとたくさんの賞賛を受け、休み時間がくるごとに誰かを占い、放課後も恋愛魔法の授業をそっちのけで教室で占いを続けた。
常陸はそんな桐花を咎めることはしなかった。飽き性の桐花のことだからそのうち人から賞賛されることも飽きるだろうと。
しかし常陸の読みは甘く、二日経っても変わりがないどころか万葉の母と呼ばれ、その調子は有頂天だった。
クラスメイトからは万葉の母、廊下を歩けば万葉の母、食堂でも万葉の母、教師からも万葉の母と呼ばれ、桐花は褒められることに慣れていないからか、ニヤニヤと笑うその表情は気色悪いの一言に尽きた。
いつまでも万葉の母と調子に乗らせていられるほど、桐花には時間がない。
高倉が帰ってくる二日前になって最後勧告と、常陸は占い中だが桐花を咎めることにした。
「いつまで占ってる。もう十分情報は取れたし奇襲の用意も十二分出来ている」
「それで今週は残念だけどやめといた方がいいわ。あんた自身の気力が下がってるから」
「そろそろしないと高倉が帰ってくる。高倉が戻ってくると何もできなくなるのは桐花」
「それにあなたの性格からするともっと純情な男の方がいいわ。素直で言うことを聞いてくれるやつ」
桐花と依頼人の間にある机を常陸は思い切りけり上げた。机は転び、依頼人は驚いた表情で常陸を見るが、桐花は変わりなく占っていた。聴力を失っているかのように。
「聞け! 今日がラストチャンス。失敗が取り返せるのは今日だけだ。あの開かずの扉に入佐ツインズよりも面倒な人がいればどうする? あと二日で片付けられるのか? 無理だろ。聞いてるのか」
桐花は机を戻してから常陸をにらみつけた。
「もういいのよ。入佐会の情報を聞けば聞くほど途方もないやつらだってことはわかったから」
「わかった。衣だけで行く。桐花の因縁がその程度だったとは思わなかった」
常陸はひどく冷めた目をして桐花をにらみつけると、駆け足で教室を後にした。桐花はそれを見送ることなく、目の前の依頼人に言葉を向けた。
「邪魔が入ったわね。続きをしましょう」
あてにならない桐花を見捨て、常陸はつくしを探した。
つくしの教室を覗き、一年棟をぐるっと見回った後、食堂に行くとつくしとソイラの姿を見つけた。
仲良さそうに談笑している姿を見て、常陸の心はさらに冷え込む。
「つくし。今日も呼び出したのにどういうこと?」
「あ、いや。そのですね」
慌てふためくつくしの首根っこをつかみ立ち上がらせようとする常陸。
「今から入佐ツインズに喧嘩売りに行くから来て」
「ちょっと、どういうことですか? てか桐花さんは」
「あいつはもうだめ。うぬぼれて自分を見失った馬鹿は必要ない」
「少し待っていただけますか。衣さん」
いきなりの出来事で戸惑うのはソイラも同じだった。冷静沈着で計算高い常陸のやる行動とは思えない。
「ソイラちゃん。こいつちょっと借りるね。返すかわかんないけど」
「嫌です。理由を説明していただけますか。どうして入佐会を壊そうとするのですか? それに衣さん一人で太刀打ちできるわけじゃないでしょう」
「そうですよ常陸さん。レッドリボン軍に乗り込む悟空じゃあるまいし。あなたはせめてクリリン程度の力しかない」
「うるさい。クリリンの悪口は許さない」
「そこ? 地雷そこ?」
「とにかくつくし。衣を手伝わないとつくしの未来だって見えないまま。一人で変えられる? その自信があるならそこでラブロマしてなさい。じゃあ」
「ち、ちょっと」
つくしは呼び止めようとしたが追いかけるまではしなかった。
敗北によって何かを得ようとする小さな背中を見つめ、自分はどうすべきか考える。
このままここに残ってソイラの気を惹こうとするか、それとも恋愛魔法を使って常陸を助けるか。
その意味の重さを考えると足が重く動かせる気がしなかった。
そんな中、ソイラが悲壮な顔をして口を開いた。
「どういうことなの。また嫌な学校に戻るの? 伝えきゃ、はやく」
ソイラは自分に言い聞かせるように大きな独り言を言っていた。目は大きく開き、汗の量が尋常ではない。
「ごめん、つくしさんはそこにいて!」
「どこいくんですか!」
ソイラは言葉を返さず走って食堂を出て行ってしまった。
ひとり残されたつくしのケータイが震える。
桐花からのメールだった。
「常陸を追うなら女装してからにしなさい」
その意味を理解したつくしは、不安に飲まれながらも笑っていた。
十六時十分。それはまことから聞き出した入佐ツインズが二人だけになる時間だった。
一、二年は恋愛魔法の授業中、三年は自由登校期間なのでほとんどいない。そんな中、入佐会の維持のために登校する入佐ツインズが休息のため中庭に出るのがこの時間だった。
この日も中庭に現れた入佐ツインズは缶のジュースを片手にベンチに座って談笑をしていた。
くつろぎモードの二人。
風が冷たい中、暖かい飲み物を飲みながらもその空気に触れることで心は癒される。
そんな時間は唐突に終わりを迎えた。
何の前触れもなく入佐梓の背後の茂みから現れた常陸は剣状の戦闘魔法を繰り出し、脳天めがけて振り下ろした。
奇襲だった。この初手で勝負を決めるくらいの気負った攻撃だった。
しかし、いとも簡単に常陸の刀状の戦闘魔法は弾かれた。
分厚い防御幕を頭部に集中させていた梓の防御はあらかじめ攻撃を予想していみたいだった。
いや、間違いなく予想していた。
梓は茂みにいる常陸の方を振り返ってニタっと粘りのある嫌らしい笑みを浮かべた。常陸の二の腕に鳥肌が伝う。
「これくらいのことしてくるのはわかってたわ。卒業前にケリつけないとスッキリしませんし」
梓はそういうと手のひらサイズの刀のような戦闘魔法を繰り出し、常陸に投げつけた。常陸はそれを剣先で弾こうとするが左腕をかすめ、その威力は想像以上で左腕からの恋愛魔法の放出ができなくなるほどだった。
少しかすっただけで左腕をやられるなんて。以前とはレベルの違う戦闘魔法に常陸は息をのむ。
「先月まではこんなに強くはなかった。短期間でいったいどうして」
「さあ、姉さまの遺伝じゃありませんか? それが目覚めたのでしょう」
入佐ツインズの姉の梓弓は現役の頃日本有数の戦闘魔法の使い手だった。もし恋愛魔法に遺伝というものが左右するのであれば梓の言うことは納得できる。
「ハッタリもいいかげんにすれば。あの開かずの教室に誰かいるんだろ」
「そこまで知ってるとはやるじゃない。まあ、あんたらは自力で倒すって決めてるから安心なさい」
梓はそう言うと今度は両手で小刀を繰り出し同時に投げた。右腕と右足をねらったそれを常陸は弾こうとするが一本しかはじけず、右足に小刀が刺さり、しびれたようになって麻痺し動かなくなった。
ここまでの戦力差とは思っていなかった常陸は、その歴然たる差に焦りも恐れも感じなかった。もはや諦めが心を支配した。刃向う気力も湧かない。一人くらいなら半分くらいのダメージを負わせれるだろうと見積もった自分が馬鹿だった。
「どうして一人で来た。馬鹿かお前は。明石を調子に乗らせたままにしておくなんて」
腕を組みあきれ顔で二人の戦いを見つめる由美はぼそっと言った。その小声を聞き逃さずに常陸はクスリと笑った。瞬時に「何笑ってるんですか」と梓がにらみつけ攻撃を加える。
感情が高ぶっているからか、心が折れている状態の常陸に対し、トドメと言わんばかりの強い攻撃を何回も加えた。それでも気絶しないように防御を固め、ギリギリの精神力を保つ。
ズタボロの精神状態。もう一人では歩くことすらできないのに、それでも常陸の表情は薄気味悪く笑っていた。
「何こいつ。気色悪い。もう笑わせないんだから」
梓は指先をちょんちょんと押す仕草をした。すると押した分だけ小刀ができ、その数は五十を超えていた。蚊が大量にいるような見た目で、常陸から梓の顔が隠れるほどの数だ。
常陸の体は震え、本能的に逃げろと叫ぶようだった。それでも常陸は微笑を崩さない。
「どうして笑うのよ!仲間割れして最悪な状況なのに!」
「当然のこと。思い通りにコトが進むほど楽しいことはない」
圧倒的劣勢が思い通りとはどういうことか。梓が疑問に思った瞬間だった。
いつどのタイミングで現れたのか入佐ツインズはわからなかった。
梓の懐には桐花がいた。
どうしてそこに。表情を驚きに変える途中、声を出す寸前に桐花は特大の戦闘魔法を手から放出した。梓の体が大きく浮き上がり衝撃で唾液がこぼれる。
せき込む梓に蹴りを入れ寝転がせると、桐花は由美にピースをした。
「待たせたわね由美サン。至福の時はここまでよ!」




