3-7 入佐の方法
入佐会は生徒から高い支持と信頼を得ている。
それは万葉高校に恋愛魔法学科が出来てから九年間続いてきた恋愛魔法使いと一般生徒の間に起こる、男子の奪い合いを終結に導いたからだ。
男子の恋心を奪い合う恋愛魔法使い、それに対抗する一般生徒。武器を持たない彼女たちはほとんど無力で抵抗したとしても心に傷を負うだけだった。
この奪い合いによって傷つくのは女子だけではなく男子もだった。
いいようにもてあそばれ、魔法で心を操られ、それが仕方ないことだとわかっていても女子たちは男子を非難する。そして女子に対して嫌悪感を抱いていく男子。
そんな状態の学校に明るく楽しい生活なんてあるわけがなく、殺伐とした雰囲気が漂う日の方が多く続いた。
混沌が続いた万葉高校だが、去年の四月に変化が起きた。
自由に恋心を奪い合う恋愛魔法使い達をまとめ、それを行ったのが入佐ツインズだった。
まず入佐ツインズは一般生徒を扇動した。こんな学校に通いたくないだろう、普通の学校にしよう、恋愛魔法使いと一般生徒が共存できる学校を目指そうと。
言葉だけでなく入佐ツインズはその方法を示した。
恋愛魔法使いをグループ化し、会員は票を会長もしくは副会長に全て譲るという方法だった。強者に票を預けることで恋愛魔法使い同士の争いを減らし、男子もバックに強者の恋愛魔法使いがついていることで、票を奪ったとしても奪い返されてしまうので狙われる頻度も減る。
この意見に大半の生徒は賛成した。そんな空気につられた、戦いに疲れた、一般生徒に同情した恋愛魔法使いも多く、入佐会に入会する恋愛魔法使いは多くを占めた。
そしていつしか入佐会にいる人は正義という風潮が高まっていった。
さらに四月の終わり頃、入佐会に追い風が吹く。
最大票数を持っていた宇治千早が全ての票を入佐会に譲り引退したことで、入佐梓と由美は万葉高校で最大票数を持つことになった。同時にそれは万葉校で最大の権力を持つことにつながった。
弱者を救い、平穏をもたらせた入佐ツインズは万葉校の革命児、救世主とも呼ばれた。
そして現在。入佐会に属し、入佐ツインズの右腕を務める竜田夏衣は葛藤していた。
友人の太秦と敏馬が退会させられたことに不満があったからだ。入佐会員は入佐ツインズの言うことに対して全てYESと返さなければいけない。だから竜田は不満を言えずにいた。もしここで抗えば入佐会に属しているという名誉を失い、太秦と敏馬を会に戻すこともできなくなってしまう。
竜田は入佐ツインズからの評価よりも太秦と敏馬との間にひび割れた友情を元通りにしたかった。
竜田は退会を危惧しつつも、入佐ツインズに願いを申し出た。
「入佐姉様達に聞いてほしいことがあります」
入佐会第一教室は高価そうな大きい机と椅子が二つ並べられている。レトロな置時計にえんじ色のカーペットと、通常の教室よりも高価な家具が置かれている。最高権力者の教室にふさわしい内装だ。
「面白い話かしら?」
梓は上品に笑うも目だけは笑っておらず、そのぎらついた視線はつまらない話ならどうなるかわかっているだろうなと威嚇しているようだ。
由美は紅茶を啜りながら小さく頷いた。小さい動きひとつひとつに上品さと威厳を感じる。
竜田の額にじわりと汗が滲む。
「元入佐第二会に属していた五十五票と十五票を復帰させていただきたいのです」
そんなことかと由美は舌打ちをする。梓は紅茶を飲みながら「どうして?」と尋ねた。
「彼女たちは校内でも有数の恋愛魔法使いです。それを明石会に負けたという理由だけで退会させるのは惜しいかと」
「明石会だから問題ですの。途方もない馬鹿に負けて入佐会のバランスを崩したのですから」
「梓の言う通り。他の会ならまだしも唯一負けてはならない馬鹿に負けたのだから。しかし戻してやらんでもない」
由美の思いもよらない言葉に竜田は身を乗り出す。
「それは本当でしょうか」
「条件がある」
由美のその言葉に梓がにひひと笑う。
「そうよ、三十一票。あなたが見事に不知火つくしをこちらに引き入れれば問題はないわ。その方法も梓たちが考えてあげたわ。優しいでしょう?」
自慢げに笑う梓に嫌な予感しかせず、愛想笑いをする竜田の頬が引きつる。
「それはいったいどういった内容でしょうか?」
「三十一票って大津さんと仲良しでしょう?」
「大津ソイラでしょうか。はい、仲良くさせていただいています」
「不知火つくしって妙に恋愛魔法に詳しいから逆に一般人で誘惑した方が面白い……いや、いいかもと思いましてね。それに明石会も恋愛魔法使いならまだしも一般生徒に手出しはしないでしょう」
「わたしに友達を利用しろとおっしゃるのですね」
竜田の手に自然と力が入る。
「入佐会にNOはいらない」
静かだが深く重い声で由美は言った。胸がジンと震える。
「わ、わかりました。提案いただきありがとうございました」
深く頭を下げる竜田の方に由美は鍵を投げた。眼前に落ちた教室の鍵を拾って竜田は「これは?」と訪ねる。
「開かずの教室の鍵だ。もしもわたし達二人に危機が訪れたなら、その鍵を開けてくれ」
「そんな大役を……私でいいのでしょうか」
ふふっと不敵な笑みを浮かべて梓は言った。
「いいって言ってるのよ。信頼しているわ、三十一票」
竜田はソイラにこのことを伝えた。
太秦と敏馬が入佐会に戻すためには不知火つくしを落とすことが必要で、ソイラに協力してほしいと。
友人の切羽詰まった頼みを断ることができないソイラは二つ返事で了承した。
「気にしないでください。憧れである恋愛魔法使いからこのような依頼を受けるとは誉です。それに太秦さんとの仲直りに手を貸せるのでしたら喜んで引き受けます」
半分泣きながら竜田はソイラの手を握った。その力は強くソイラは苦笑いを浮かべた。
「い、痛いですよ、夏衣さん」
ソイラは一度、つくしからの告白を断ったがそれは良心が働いたというわけではなく打算的に、まだ愛の深さが足りないと判断したからだ。
この深さで桐花と常陸に入れた票を入佐ツインズに入れろと言ったところで言うことを聞いてくれないと考えた。ソイラは更なる愛の深さを求めた。自分がいなければ生きていけない。それくらいの深さを。
つくしはソイラが思っていたよりも惚れやすい性格でどんどんと重くなる愛を感じていた。
告白を断ってからも放課後を共にし、明石会と接する時間をなくすことに成功していた。
桐花さんに放課後時間を空けとけって言われているんだけど、とつくしが言いにくそうに言うと、ソイラが言ってもいいですよと言いながら廊下を歩く男子を見つめる。それだけでつくしは桐花からの誘いを断った。
そうやってつくしを連れ出した放課後のこと。この日は食堂で軽食をしていた。
缶ジュースに購買で買ったお菓子をつまみながらつくしとソイラは談笑する。
「桐花さんの占いは絶好調らしいですね。クラスで少し話題になっていましたよ」
「ああ。これは秘密ですよ。桐花さん恋愛魔法使い以外は占わないつもりだったんですけど、今週から一般生徒も占うことにしたんですよ」
「どうして一般生徒は占わなかったのでしょうか?」
「さあ? あの人なんだかんだ言っても相手を調べるのが趣味なんでしょ。といってもその趣味もあと二日で終わりですけどね」
「ええ、高倉さんが帰ってきますものね」
つくしの視線はソイラの一挙一動に向いていた。ポテトチップスをつまむ細い指に綺麗な爪、少し塩のついた張りのある唇、部屋の暑さで火照った頬、解けそうな白い肌、宝石のような青い輝きを持つ瞳。ポテトチップスに手を伸ばすたびに少し揺れる二の腕はしゃぶりつきたいほどのフェチズムにあふれていた。
そんなぎらついたつくしの瞳を少し気色悪いと思いながらも、ソイラは楽しそうな雰囲気を出すために微笑みを絶やさない。
「ところでソイラさんは今までにキュンってきたことってありますか?」
「きゅん? ですか?」
わからないといった表情をするソイラにつくしはじれったいなと思いつつも可愛らしいその表情を見てついにやけてしまう。
「こういう人に心を惹かれるとかです」
「そういうことですか。それならあります」
こい自分、こい自分とのエピソードとつくしは心の中で強く念じる。その念が強すぎるのか心臓はマラソン後のように伸縮する。
「あれは去年の四月。まだ入佐会がなく、みんなが争っていた頃です。当時わたくしには好きな男子がいたのですが、もう少しで気持ちを伝えられるといったところで、入佐の由美さんに奪われそうになったのです」
自分とのエピソードではないだろうけれど、まだ諦めるなと小数点の確立を願いつくしはうんうんと相槌を打つ。
「せめて気持ちを伝えたい、告白だけでもという願いすら由美さんはきいてくれませんでした。そんな中、宇治さんが現れたのです」
「確かソイラさんが尊敬する人ですよね」
ソイラは本当にうれしそうで、瞳が潤み意識が少し飛んでいるようなやわらかい笑みを浮かべる。
「はい。その宇治さんが由美さんを戦闘魔法で退散させ、わたくしにその男子と告白する機会を設けてくれたのです」
「えっ? じゃ、ソイラさんって彼氏が……」
「いませんよ。その時に振られてしまいました。宇治さんの方が好きだと言われて。でもすっきりしました。もし告白できずに先に由美さんにその男子の心を奪われていれば、後悔は大きかったでしょうから。そういった誠意のある恋愛魔法使いにわたくしは憧れます」
つくしには想像がつかなかった。ソイラよりも魅力的な宇治の存在を。もしかして高倉よりもすごい恋愛魔法使いじゃないのかという不安と期待が入れ混じる。そしてそんなにも能力の高い人がどうして受験勉強という理由で恋愛魔法から離れたのだろうかという疑問がさらに大きくなった。




