9話 ヒロインの勇気
映画館のチケットも購入済み。
デート経験値がなさ過ぎて、戸惑いを隠せない。
こんなに甘えていいのかな?
申し訳ない気持ちで、おろおろしていると
「じゃあ、ドリンクはご馳走になろうかな」
と孝也さんが言ってくれた。
私はほっと息を吐く。
まだ付き合ってるわけじゃないけれど……
男の人って、こんなにリードしてくれるものなの?
今日の孝也さんは、漫画の中のスパダリみたい。
マチアプで会った男性たちと、比べてしまった。
必死に会話を盛り上げようと、プロフィール欄に書いてあった趣味について話を振るけれど、どこか素っ気なくて……。
きっと彼らは、早々に私とは合わないと切り捨てていたんだわ。
浮かれ過ぎていた反動なのか、急にネガティブな気持ちが押し寄せる。
今は、思い出すときじゃない。
私は心に蓋をして、ドリンクを選んだ。
****
上映されたのは、ちょうど読みかけのシーン。
圧倒的な力の差で、敵に勝つことができなかったヒーロー。
そんな彼に、世間の声は冷たかった。
仲間の励ましを、素直に受け止めることができないヒーロー。
『もう、これ以上は頑張れない。僕なんかヒーローに相応しくないんだ!』
弱音を吐くヒーローの隣に、寄り添い続けるヒロイン。
『君が誰よりも努力したのを知ってるわ!負けたからって、君の価値は変わらない。私の気持ちは変わらない!今の君も、全部好きだよ』
ヒロインの励ましの言葉が、心に刺さった。
私も自分を認めてくれる誰かに、傍にいて欲しかった……。
二十代最後の誕生日が過ぎ、妙に焦りを感じて登録したマチアプ。
するとすぐに、大量に通知が届いた。
プロフィールを見て、自分に合いそうな人を探す日々。
やっと会う約束が取れて、緊張しながら出かけた、休日の朝。
惨めな気持ちを抱えて玄関を開けた、同じ日の午後。
……何がいけなかった?
断られるたびに、焦燥感に駆り立てられて、心がすり減っていった。
ぽろりと零れ落ちた涙。
ズズッと鼻をすすって、バッグの中からハンカチを探す。
すると、隣からポケットティッシュが差し出された。
私の方に身を寄せた孝也さんが、小声で聞いてきた。
「大丈夫?」
初デートで情緒不安定なんて……最低だわ。
呆れられたかもしれない。
「すみません」
ティッシュを受け取りながら、顔を上げた。
心配そうに、私を見る孝也さん。
どうしてこんなに優しいんだろう。
今日一日、私は何も頑張っていない。
全部彼任せ。
じわじわと不安が湧きあがってきた。
こんな私では、彼のヒロインになれない。
映画が終わったらお別れ。
明日は東京に帰らなきゃ。
このままだと、二度と会うこともない。
スクリーンの中で、ヒーローは、ヒロインのおかげで立ち直り、敵に立ち向かう決意を固めた。
じゃあ、私は?
勇気を出して食事に誘ってくれた彼に、甘えたままでいいの?
このまま別れたら、きっと後悔する。
ボロボロになりながらも、立ち上がったヒーローは、私の心に炎を灯した。
今度は私が勇気を出す番だ。
スタッフロールが終わって、ゆっくりと明るくなる場内。
私はぎゅっと両手を握り締めて、孝也さんに言った。
「連絡先を交換しませんか?」
孝也さんの瞳が潤んでいく。
ど、どうしたの!
おろおろとティッシュを返そうとしたその時、
孝也さんは素早くスマホを差し出した。
「お、お願いします!」
良かった。
断られなかった。
体からふっと力が抜けた。
アプリを開いてIDを交換する。
孝也さんから届いたメッセージには、メールアドレスと電話番号が書かれていた。
「えっと……これは?」
「アプリが使えない時のために……」
ボソッと聞こえる孝也さんの声。
「電話……してもいいんですか?」
自分の言葉に驚いた。
図々しいって思われちゃう!
何とかごまかせないかと、言葉を探す
「もちろんです!」
私の心配をよそに、孝也さんは嬉しそうに笑った。
え?
これって……うぬぼれていいんだよね!
ネガティブな気持ちが、サラサラと消えていく。
私は、にやける口元をスマホで隠した。
****
午前中、緊張しきりだった車内。
今はすっかりくつろいだ気持ちで、彼の隣に座る。
「明日、東京に帰るんです」
「そうなんですね。俺は休みをずらしたから、明後日、帰るんですよ」
孝也さんの残念そうな声が響く。
「保守システムの業務って、忙しいんですよね?」
「波がありますね。去年までは、年末年始も出勤してました」
「それは大変ですね」
「その分、別で休めるんで」
「じゃあ、混んでない時期に帰省できますね」
何気なくそう言うと、孝也さんの横顔に影が差した。
「両親と旅行に行くことが多くて……こっちには、あまり帰ってなかったんです」
そう言った彼の声は静かで、少し震えているように感じた。
「家族で旅行なんて、素敵ですね」
当たり障りなくそう言うと、孝也さんはホッとしたように、笑みを浮かべる。
何だったんだろう。
一瞬見えた、孝也さんの悲しそうな顔が気になった。




