8話 初デート
漫画が大好きな私は、ずっと運命的な出会いに憧れていた。
・イケメンに成長した幼馴染が、転校生として現れる。
・友人の結婚式の二次会で出会った、初恋の人。
などなど。
私は勝手に妄想を膨らませ、友達の結婚式の二次会には全部出席したし、別の部署に中途採用で入った人を、チラリと見に行ったりもした。
でも……漫画みたいなハプニングは起こらなかった。
彼氏いない歴が更新されるごとに、自己肯定感は下がるという悪循環。
そんな私を選んでくれた「勇者様」が、今、隣に座っている!
車を運転する、孝也さんの横顔。
昨日より表情が和らいで見えた。
「暖房、暑すぎませんか?」
「ちょうどいいですよ」
信号待ちの車内で、気遣うように声をかけてくれた彼に、緊張した笑みを返す。
お見合いの翌日。
約束通り、孝也さんは車で迎えに来てくれた。
東京の本屋でもお見合いの時も、スーツを着ていた彼。
今日の私服姿は何というか……イケメンだった。
私の目にキラキラフィルターが付いてしまったせいかもしれない。
それを加味しても……やっぱり、かっこいい!
タートルネックにカジュアルなコート。
黒を基調とした大人の装い。
帰省中の私は、持参していたシンプルワンピース姿。
彼の隣に立ってもおかしくない……はず!
孝也さんの体温まで感じられそうな距離。
私の心臓は、破裂しそうだった。
漫画だったら、車の中の定番イベントと言えば……キス。
まさか、そんなこと起きないよね!
付き合った経験のない私は、もちろんチューだってしたことない!
孝也さんがこちらを向くたびに、ドキッ。
けれど何事も起こらず、お見合いをしたホテルに到着した。
やっぱり、現実は漫画じゃない。
私は自分勝手な妄想に恥ずかしくなりながら、車を降りた。
****
ホテルの料亭。
昨日は個室だったから気付かなかったけど、すごく混んでいた。
「キャンセルが出ていて、ラッキーでしたね」
孝也さんの表情が、ふわりと緩む。
細められた目元。
さらりと揺れる黒い髪。
彼の背景に、きらきらエフェクトまで見える気がした。
どうしよう。
何もかもが、かっこよく見えてしまう。
キュンキュンと、ときめきが止まらない私。
孝也さんの声で、現実世界に戻ってきた。
「今日はこの彩コースにしてみませんか?」
孝也さんが提案してくれたメニューは、鮮やかな和洋折衷の小鉢が並んでいた。
これなら、残さず食べられそう。
「おいしそうですね!これにしましょう」
そう言って顔を上げた時、孝也さんと目が合った。
私は緩み切った顔を孝也さんに向ける。
その瞬間、彼の頬がパッと色づいた。
あれ?
どうしたんだろう?
その時、かすかに暖かい風を感じる。
ふと見上げると、私たちのテーブルの真上に空調設備。
孝也さんの席はエアコンの熱風が直接あたるんだ。
満席の店内。
場所を変えてもらうのは難しそう。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「その席、暑すぎません?」
「いえ、そんなことはないですよ?」
あれれ?
じゃあ、どうして……?
不思議に思っていると、孝也さんは通りすがりの店員に声をかけ、オーダーを伝えてくれた。
今日の孝也さんは、とてもスマートだ。
もしかしたら、昨日もそうだったのかもしれない。
外見の迫力に気を取られて、本来の彼が見えていなかったことに、今更ながら反省する。
注文を終えた孝也さんがこちらに目を向けた。
「食事のあと、映画に行きませんか?」
え?
この後のことなんて、考えてなかった。
というか……、この後も一緒にいたいと思ってくれてるんだ!
ぽかぽかと体が温かいのは、手に持っているほうじ茶のせいじゃない。
私は嬉しくて、勢いよく「はい!」と答えた。
孝也さんはスマホを取り出し、映画館のホームページを見せてくれた。
「映画なんて久しぶり」
そう呟くと、
「俺もです」
と答える孝也さん。
そう言えば、休日はゲーム三昧だって言ってたっけ。
じゃあ、私のために……。
どうしよう。
……もう、「好き」って言っちゃいそうなんだけど。
一回、落ち着け私。
これは漫画じゃない。
浮かれる自分に喝を入れて、平常心を保つ。
孝也さんのスマホをのぞき込んでいると、マントを翻すあのヒーローの姿が見えた。
「あ、この漫画、映画化されたんですね!」
「話題のアニメは、テレビ放送前に映画館で先行上映するんですよ」
私は、孝也さんの顔をじっと見つめた。
「これにしませんか?」
「え!……でも」
「実は私も、この漫画を読んだんです!」
孝也さんは「え!」と驚いたように声を出す。
「一穂さんも……漫画を読むんですね」
「実は……好きなんです」
孝也さんの目が見開かれ、少年のように輝き出した。
ああ、なんてかわいい人なの。
私は、暴走する心を止めることができなかった。
キラキラと目を輝かせて、あの漫画の裏設定や、作者の苦労話を話す孝也さん。
本当に好きなんだな。
漫画を読んでいてよかった。
****
食事を終えて、お会計をしようと財布を出す。
けれど、席を立った孝也さんは、会計を通らず店を出てしまった。
え!?
ちょっと待って!
私は慌てて、孝也さんのコートの袖を引っ張った。
「孝也さん、食い逃げは良くないですよ!」
「……へ?」
ピキッと固まった孝也さんが、急に「プッ」と噴き出した。
「あははは!食い逃げって……!」
「だって、お会計がまだ……」
「大丈夫。もう済んでます」
「え!?いつのまに……」
「ここはスマホ決済が使えるので」
「あ!」
そう言えば、デザートが運ばれてきた後、映画の座席を予約すると言って、スマホを触ってた。
まさか、そのときに!?
体の熱が、全部顔に集まってくる。
シュンと身を縮めて、
「は、半分お支払いします」
と告げる。
「俺が誘ったし、気にしないで」
「え!でも、それは……」
そう言って顔を上げると、孝也さんは口に手を当てて「ぷぷぷっ」と笑いをこらえていた。
「もう!さっきのことは忘れてください!」
恥ずかしさを隠すように、口をとがらせる。
孝也さんは肩を震わせながら、駐車場に向かって歩き出した。
大失態だわ。
他に言い方があったはずなのに。
穴があったら入りたい。
そう思っていると、「かわいいな」と聞こえた気がした。
え?
「まさかね……」
そう呟いて、孝也さんを追いかけた。




