7話 勇者になる ――長谷川 孝也編――
35歳男性が5年以内に結婚できる確率は約20%前後。
40代になると一桁台にまで下がる。
俺の人生で、こんなに健気でかわいい女の子に出会えるチャンスは二度とない!
ヒーローたちだって、ボロボロになりながら前に進む。
傷つくことを恐れていたら、彼女の「勇者」にはなれない。
俺は覚悟を決めた。
彼女のために出来ることは何だ?
俺を意識してもらうためには、どうしたらいい?
他愛のない会話を続けながら、俺はチャンスを狙う。
「一穂さんは残念でしたよね」
「あはは。でも、デザートを食べるだけの隙間はとってあるんです!」
これだ!!
俺は彼女に先に戻るように伝えると、予約カウンターに両手をついた。
「明日、料亭の予約に空はありませんか?」
前のめりの俺に、従業員たちは、あからさまにたじろいだ。
「し、少々お待ちください。パソコンの調子が悪くて……予約情報が開けないんですよ」
こんな時に!
困ったようにパソコンを見つめる従業員の向こう側に、大手ホテルのロゴマーク。
あれ?
ここってうちのシステムを使ってなかったか?
カウンターから離れて、部下に電話をかけた。
「部長?どうしたんですか?」
「××ホテルの予約システムで、トラブルが起きてないか、急いで調べてくれ」
「え?ちょっと待ってください」
カチャカチャとキーボードを叩く音が電話の向こうで響く。
何と言って彼女を誘おうか?
食事のあと、映画?
それとも買い物?
ドライブもいいかもしれない。
妄想が膨らみかけた時、慌てたような部下の声が聞こえてきた。
「予約連携のAPIがエラー吐いて止まってました。すぐ復旧します!でも、どうして気づいたんですか?」
「偶然、家族と来てたんだ。エラーコードは?……それなら認証キャッシュのクリアで直る。再起動は不要だ。試してみて」
カタカタとせわしない音が聞こえたかと思うと、「復旧しました……!」と部下の明るい声が聞こえてくる。
「助かった。ありがとう」
「こちらこそ、休日なのに本当にすみませんでした!」
電話を切ると、カウンターへと戻った。
予約画面は動き出したらしい。
従業員たちは、ホッとした表情を浮かべていた。
俺に気付いた従業員が、愛想のいい顔を向けた。
「キャンセルが入っています。二名様でしたらテーブル席をご用意できますよ」
よし!
カウンターの下で小さくガッツポーズ。
予約を入れると、急いで個室に戻った。
****
デザートを食べ終えると、見合いの場はお開きになった。
俺は彼女を見守りながら、機会をうかがった。
来たときと同じく、最後に部屋を出る彼女。
狭い歩幅で、ちょこちょこと歩く彼女が、妙に危なっかしかった。
足元の段差に気を付けるように声をかけると、驚いたような顔に変わる。
彼女の目に、嫌悪感はない。
むしろ、好意的と言ってもいいんじゃないか?
いや……浮かれている俺の勘違いかもしれない。
でも、今しかない!
「良ければ、明日、ここで食事をしませんか?」
振り返った彼女の目がキラキラと輝く。
これは、もしかして……いける?
けれどすぐに、彼女は顔を曇らせた。
「でも、ここは予約制ですよね?お正月だし、空きなんて……」
失敗した!
先走って予約を取るなんて、やりすぎたかもしれない。
そもそも、別の店でもよかったじゃないか。
なんで彼女のことになると、IQが下がるんだ。
余裕のなさを恥じながら、正直に話した。
「キャンセルが出ていて、二人分なら席を用意できると、さっき……」
彼女の頬にさっと赤みがさす。
もしかして、喜んでくれた?
そう思ったのも束の間。
彼女は、少し不安そうな顔で俺を見上げてきた。
「一つだけ……質問してもいいですか?」
「え?」
「本はお好きですか?」
きた!
これは、試練だ。
彼女の勇者となれるのか、
それとも敗者となるのか。
この答えにかかっている。
趣味は読書です。
当たり障りなくそう答えようと思った時。
『私、素の自分でいられて、尊敬できる人がいいの』
脳内で何度も反芻してきた、彼女の言葉を思い出す。
だめだ!
まず俺が取り繕うのをやめなければ、彼女は自分らしくいられない。
かっこ悪くたっていい。
自分をさらけ出せ!
震える手を握り締めて、俺はごくりと唾を飲み込む。
「お恥ずかしい話ですが、漫画に嵌まっていて……そればかり……」
ぱあっと瞳を輝かせた彼女は、ひょいっと俺に近づくと、満面の笑みを浮かべた。
「明日、何時に来ればいいですか!」
え?
いいの?
三十五になっても漫画好きで、こんなにネガティブで……。
君の勇者になれる?
ハッと我に返って、「迎えに行きます!」と返事をした。
嬉しそうに目を細める彼女が、かわいくてたまらない。
今なら親父の気持ちがわかる。
この笑顔を見るためなら、何時間でも待つだろう。
だが、うぬぼれるな。
これはまだ、一次試験通過に過ぎない。
嬉しそうに笑う彼女の隣で、俺は彼女の勇者になるために努力しようと決意した。
長谷川 孝也編 おしまい
※この物語は、もう少し続きます!




