5話 出会い ――長谷川 孝也編――
「長谷川孝也って、卒業後、半グレになんじゃね?」
「あはは!さすがに酷くない?」
「でも、顔だけで『半グレ』内定確定だよね」
「受験も就活もしなくていいなんて、羨ましい!」
―― 混雑した新幹線の中。
耳の奥に、同級生の声が蘇ってきた。
だから、帰省したくなかったんだ。
毎年、年末年始の保守監視当番を、進んで引き受けてきた。
なのに「今年は絶対に帰ってきなさい」と、母からメールが送られてきたのだ。
実家に帰らない埋め合わせに、両親を東京に呼んだり、旅行に連れて行ったり……。
あんなに喜んでいたのに、なぜだ?
窓に映る自分の顔を見つめる。
じいちゃん譲りの切れ長の目。
生まれ持った容姿を、どうしろって言うんだ。
記憶の中の同級生に、そう問いかける。
大学で友人も彼女もできた。
なのに、存在しない者のように扱われていたあの三年間の記憶を、未だに引きずっていた。
一体いつまで彼らの亡霊に囚われ続けるのだろう。
憂鬱な気持ちに飲み込まれそうになった時、スマホにメッセージが届いた。
「営業部から、部長が提案した保守システムの案件が通ったと、連絡が来ました!休日に連絡してすみません!良いお年を」
出勤している部下からのメッセージのおかげで、過去の思い出が薄れていく。
年間一億の契約が取れた。
現実はこっちだ。
三十五歳でシステム開発部の部長。
これが俺の実力。
顔がどうだろうと、何の影響もない。
仕事は自己肯定感を支える、唯一の砦。
俺はパソコンを開いて、実務スケジュールを作り始めた。
****
「はぁ?お見合い?」
実家の玄関先。
俺の声は、驚きのあまり裏返った。
久しぶりに会った母が、「お帰り」を言うより先に、見合い話を始めたのだ。
「相手は二十九歳。東京で働いてるOLさんだって。写真を見せてもらったけど、可愛らしい子なのよ」
「二十代!?待って!なんで急に……」
「いつまでたっても結婚しないじゃない。会社では優秀かもしれないけど、
もうアラフォーよ。こんなチャンスはめったにないんだから!」
『今年は絶対に帰ってきなさい。スーツも持ってきてね』
メールを見た時から、おかしいなとは思っていたが、まさか見合いだなんて思いもしなかった。
「じゃ、買い物に行ってくるから」
弾むような足取りで、玄関を出る母を見送ると、俺は、ふらふらとリビングに入った。
「孝也、お帰り。聞いたか?」
「うん。なんで、こんなことになってるの?」
「母さん、仕事を始めただろう?そこの同僚の人と、意気投合したらしいんだ」
「マジか……」
めちゃくちゃ断りづらいやつじゃん。
ため息しか出てこない。
「元旦にホテルの料亭に行くなんて……、おせちを作るのが面倒なんじゃないか?」
父は、あははと肩を揺らす。
いやいや、笑えないから。
「だったら、お見合いじゃなくてもよかったのに……。箱根の旅館が気に入ったって言ってたじゃないか」
「まあ、そう言うな。母さんが嬉しそうなんだから。相手が気に入らなかったら、断ればいいさ」
呑気に笑う父。
この人は、昔から母さんの言いなり。
「母さんが笑っていたら、みんな幸せだろう?」
平然とそう言ってのける人なのだ。
腹を括るしかない。
「……分かったよ」
そう答えて、二階の自室に入った。
高校を卒業したあの頃のままの部屋。
「はぁ……気が重い」
溜息をつきながら、カバーに入ったスーツを、クローゼットに吊るす。
「地味だったかな……」
法事でもあるのかと、暗めのスーツを持ってきてしまった。
「関係ないか。どうせ、断られるに決まってる」
そう口から漏れた時、最後に付き合った彼女の言葉が蘇ってきた。
――「あなたの機嫌をうかがってばかりで、疲れたの!」
昇進試験に受かったら、プロポーズしようと思っていた矢先だった。
「機嫌なんて……。俺、怒ったことなんて、なかったよね?」
信じられないと言わんばかりに、見開かれた彼女の目。
「ほら、その顔!詰め寄られると怖いのよ」
彼女は嫌悪感を露わにしながら、はっきりとそう言った。
「だったらなんで二年間も……」
「結婚するのに条件が良かっただけ。でも、やっぱり無理」
あの時の彼女の顔を、今でも鮮明に思い出せる。
クラスメイト達と同じ、嘲るような目で俺を見下していたのだから。
嫌な思い出ばかりが脳内を駆け巡る。
俺は気分転換のために、家を出た。
****
寒空の下。
当てもなく町を歩く。
あれから二十年余り経って、景色はがらりと変わっていた。
新しい建物が並ぶ中、奇跡的にいつも立ち寄っていた小さな本屋が残っていた。
学校に居場所のなかったあの頃。
俺は、物語の世界に逃げ込んだ。
漫画の中の主人公と一緒に、冒険に出て、敵と戦う。
それが俺の救いだった。
母から実家に帰ってくるように言われた後、久しく忘れていた漫画に嵌まったのは、現実から逃れるためかもしれない。
つい最近、全巻揃えたあのヒーロー漫画を思い出す。
主人公には、命を預けられるほど、信頼できる仲間がいた。
彼がどんなにかっこ悪くても、好きでい続けてくれるヒロインもいた。
夢のような世界。
苦い過去に打ち勝ちたい。
そんな気持ちから、意思の強そうな主人公が描かれた漫画を買う。
店を出た俺は、どこに行くともなく歩き出した。
****
冷え切った身体を暖めるために入った、駅前のカフェ。
混雑した店内に、一つだけ空いていたカウンター席。
出来上がったカフェラテを受け取って、腰を下ろした。
「あの料亭、なかなか予約が取れないんだよ!私も行きたかったな」
すぐ後ろの席に座る、若い女性たちの声が、嫌でも聞こえてくる。
「あはは。祐樹の代わりに葉月ちゃんが来てくれた方が、心強いんだけど」
「祐樹くん、途中からゲーム始めるかもしれない。だって、結婚式のドレス選びの時も、ずっとスマホいじってたんだから」
「ええ!我が弟ながら最悪。きっちり叱っとくね!」
落ち着かない気持ちで、たった今空いた席に移ろうかと思っていると、彼女たちは、帰り支度を始めた。
「そろそろ行こうか?買い物に付き合ってくれてありがとう」
「可愛い帯留めがあって、良かったね!お見合い、きっとうまくいくよ!一穂ちゃん」
え?
今、なんて!?
本日から、「長谷川 孝也編」が始まります。
全三話。毎日21時10分に更新です。




