4話 勇者とヒロイン
楽しみにしていたデザートのイチゴゼリー。
なぜだか酸っぱさが際立って感じられた。
孝也さんが戻り、皆がデザートを食べ終わると、「そろそろ行きましょうか」と、母が席を立った。
ミッションクリア。
私は頑張った。
帰ったら、すぐに着物を脱ごう。
明日は、初売りに行くぞ!
心を奮い立たせて歩いていく。
「段差があるので、足元に気を付けてください」
「……へ?」
前を歩いているのは、祐樹だとばかり思っていた私は、孝也さんの声に驚いて顔を上げた。
相変わらず鋭い眼光。
けれど、瞳には気遣うような柔らかさが見えた。
先に立って扉を開ける彼。
紳士的な姿に、少しだけ心を動かされた。
我ながらちょろい。
少しは、男性慣れすべきだわ。
そうすれば、勝手に舞い上がって、勝手に落ち込む悪循環から逃れられるはずだから。
小さなため息を飲み込む。
今年もマチアプで相手を探すのかな……。
友人たちはすでに結婚していて、他にあてはないのだから仕方ない。
急激に襲い掛かる、憂鬱な気持ち。
世の中には沢山の男性がいるのに、どうして私は選ばれないの?
ふと、大学時代のある友人のことを思い出す。
バツイチだったけれど、昨年年下の男性と再婚した彼女。
インスタで流れてくる彼女の日常が眩しすぎて、ポスト写真を薄目で見ながら、「いいね」だけ押して、素早くスクロールしていた。
思い切ってアドバイスをもらうべきかもしれない。
だって彼女は二回も選ばれたのだから。
メールしてみよう。
そう思いながら、駐車場に向かって歩いていく。
「あの……」
また、彼の声。
「良ければ、明日、ここで食事をしませんか?」
耳を疑った。
え?
ど、どういうこと??
落ち着け私。
ふぅと小さく息を吐いて、素朴な疑問をぶつけてみる。
「でも、ここは予約制ですよね?お正月だし、空きなんて……」
「キャンセルが出ていて、二人分なら席を用意できると、さっき……」
そう告げた彼の耳元が、赤く染まっていた。
トクンと鼓動が高鳴る。
「あ……」
さっき、ロビーに向かったのは、そのため?
好意を持ってくれたの?
それとも、料理があまり食べられず、かわいそうだと思った?
考えてみたところで、彼の気持ちなんてわかるはずもない。
でも一つだけ分かっていることがある。
それは彼がこの一言を言うために、今年分の勇気を使い果たしただろうということ。
そう分かっているのに、私はためらってしまった。
お母さんのお知り合いの息子さんだし……会話が弾まなかったら……。
また、割り勘して解散することになったら……。
嬉しいのに、脳内に駆け巡るのは不安ばかり。
私はなんて臆病者なんだろう。
返事を待つ彼の鋭い瞳が、不安そうに揺れている。
考えすぎてパニックになった私は、ある質問をぶつけた。
「一つだけ……質問してもいいですか?」
「え?」
「本はお好きですか?」
心落ち着けるための、時間稼ぎのつもりだった。
けれど、自分でも意識していない心の奥で、彼がどう答えるのか、とても大切なことのように思えた。
彼は一瞬、驚いたように目を見開くと、すぐに頬が色づいた。
「お恥ずかしい話ですが、漫画に嵌まっていて……そればかり……」
この瞬間、いつの間にか勝手に積み上げていた「年相応」や「世間体」という壁の向こうから、光が差し込んできた。
好きなものを好きと言える。
この人は本物の勇者だ。
もう、迷いはない。
私は一歩、足を踏み出して彼に近寄る。
驚いたように見開かれた彼の瞳に、笑顔の自分が映り込んだ。
「明日、何時に来ればいいですか!」
清々しい気持ちで、そう告げる。
一瞬言葉を失った彼は、慌てて「迎えに行きます!」と答えた。
彼の必死な表情に、目の奥が熱くなる。
今の私は、彼のヒロインなのかもしれない。
そんな自惚れた思いが頭をかすめ、くすぐったい気持ちが湧きあがる。
帰ったら漫画アプリで、彼が買っていたあのヒーロー漫画を読んでみよう。
そうしたら、明日、話が弾むかもしれない。
それからあの日、諦めたコミックを買おう。
全巻揃えちゃおう!
彼のコレクションの隣に、自分のコレクションが増えていく。
そんな未来が見える気がするから。
遠くから母親同士が、ニヤニヤとこちらを見つめていた。
きっと今日のことは、パートのみなさんの話題になるに違いない。
それも悪くない。
見上げたそこには、すっかり見慣れた鋭い瞳。
その奥には大切な物を見るような、優しい光が揺れていた。
私はヒロインの優越感を噛みしめながら、もう一度、勇者様に笑みを返した。
お読み下さり、ありがとうございます!
5~7話に孝也さん視点の物語を挟んで、8話からまた本編が続いていきます。
孝也さんの過去や素顔を、お楽しみください!




