3話 お見合い
「はじめまして」
低い声が、静かに響く。
「は、はじめまして」
目の前に座る彼の少しつり上がった切れ長の目が、威圧感を感じさせる。
まさか、こんな形で再会するなんて。
顔面が怖くて直視できず、目線を下げた。
恥ずかしがっているように、見えるかな?
どうか失礼な態度には見えませんように。
チラリと隣に視線を移す。
彼の顔面にたじろいだのは、私だけではなさそうだ。
父と弟も、どうしたものかと目を泳がせていた。
ずっと話し込んでいる母たち。
沈鬱な顔で座る、こちら側の五人。
完全にお通夜状態です。
チーン。
進行役がおらず、一体、何の集まりなのか分からない。
なんだこれ?
急におかしくなってきて、思わず噴き出してしまった。
「ぷ!ふふっ」
「ね、姉さんどうしたの?」
場に相応しくないと心配になったのか、弟がおろおろと尋ねてきた。
緊張のせいか、それとも恐怖を感じているせいか、感覚がバグってしまったみたい。
私はクスクスと笑いをこらえながら、話し出した。
「なんだか、おかしくなってきちゃって。お見合いをセッティングした母さんたちは、関係ないことばかり話しているし……」
五人の視線が同時にそちらに向かう。
それに気づかない母親二人は、パート先の店長がどうの、本社から来た経理がどうのと噂話に花を咲かせていた。
「ふっ、たしかに……」
目の前の殺し屋……いや、孝也さんの表情が崩れる。
もしかして、笑った?
それでも、十分に怖い。
けれどそれもまた、ツボに嵌まってしまって、笑いを止めることができなくなった。
そのおかげで、父たちの肩の力が抜けたらしい。
「いやぁ、すみません」
「いえいえ、うちの方こそ」
和やかな会話が始まった。
****
目の前に並ぶご馳走。
相変わらず、母たち。
その隣で、父親同士、昔のプロ野球の選手の活躍や、今年の駅伝の話で盛り上がっていた。
祐樹はというと、意外にも孝也さんとゲーム話で意気投合したようだ。
そのおかげで、孝也さんがインドア派で、休日はゲームに明け暮れているということが分かった。
漫画とゲーム。
さして私と変わらない。
彼の眼光の鋭さにも慣れてきた。
趣味の話をするときは、瞳の奥がちょっとだけ少年のように輝くことも発見。
彼の方が年上だというのに、なぜだか可愛いと思ってしまった。
感覚のバグは、まだ続いているみたい。
小さな発見で気を紛らせていたけれど、帯の締め付けと、強制的に伸ばされる背筋の痛みのせいで、体が重い。
どんどん運ばれてくる懐石料理。
新鮮なお刺身、サクサクの天ぷら、だしを吸った煮物。大好きな茶わん蒸し。
全部おいしいのに、全然食が進まない。
その上、お手洗いに行きたくなってきた。
着物だと一苦労だから、あまり水分を取らないようにしていたのに。
弟に耳打ちして、いそいそと個室を出た。
廊下に出ると、ようやく深く息が吸える。
慣れない着物、初めて会う相手。
疲れない訳がない。
しめのご飯が出されたから、残るはデザートだけ。
後、三十分ほどの辛抱だろう。
鏡の向こうの自分を奮い立たせて、お手洗いから出る。
すると、廊下に孝也さんの姿。
こちらに気付くと、険しい顔で近づいてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「え?」
「あまり食べてませんでしたよね?」
問い詰めるような眼光。
まるで尋問みたい。
打ち解けたように感じられたのは、弟がいたおかげかもしれない。
取り繕ってもしょうがない。
私は正直に答えた。
「着物の帯がきつくて、食べられないんです」
意外にも孝也さんの頬は緩み、瞳が柔らかく揺れた。
「そうだったんですね……」
あれ?
もしかして、心配してくれた?
それで、待っててくれたの?
思わぬ反応に、動揺して言葉が出ない。
どうしよう。
ここからは「若い二人で……」みたいな流れになるのかな?
でも何を話せばいい?
頭の中で妄想が止まらない。
その時孝也さんの顔に、申し訳なさそうに見えなくもない表情が浮かんだ。
「すみません。うちの母が、ずっとしゃべりっぱなしで」
「う、うちの母だって!お見合いだと言ってますけど、おせちをサボる口実だったんだと思います」
「ああ、やっぱり。うちも、親父とそう話してたんです」
孝也さんの顔が、困ったような、呆れたような表情に変わった。
「おいしいものが食べられて、ラッキーでしたね」
考えるより先に、私は孝也さんに笑顔を向けていた。
「ええ。でも、……一穂さんは残念でしたよね」
「あはは。でも、デザートを食べるだけの隙間はとってあるんです!」
孝也さんは、目を細めた。
そして唐突に、「……先に、戻っていてください」と、ロビーの方へと向かう。
あれ?
この返しはダメだった?
ロビーに向かう彼の背中は、別の世界ほど遠く感じられた。
私を待っていたわけではなかったのか……。
「なーんだ。あはは」
反射的な作り笑いが、窓ガラスに映り込む。
急にむなしい気持ちが込み上げてきた。
「また……選ばれなかったんだ」
口からこぼれた本音。
その言葉が、心を締め付けた。




