29話 略奪失敗
「ええ!略奪!?」
翌日の休憩時間。
私は春香ちゃんに教えを乞うた。
「そうなの。ライバル出現なのよ!」
「その、牧原って人、うさん臭くないですか?どう見ても、先輩の方が有利だと思うけど……」
「もしかしたら、元カノかもしれないし!すでにお互いを分かり合っていて、再燃するかもしれないじゃない!私、負けたくないの!」
私の圧に押されたのか、春香ちゃんはきりりと表情を変えた。
「先輩の気持ちは分かりました!とにかく、長谷川さんを繋ぎ止めればいいんですよね!」
「そう!どうすればいいのかな?」
「男性は胃袋と色気で落ちます!合い鍵があるから、手料理を用意して待つんですよ!」
「なるほど!!でも……色気って……」
春香ちゃんは身を乗り出して小声で告げた。
「ふふ、裸にエプロンです」
ボンッと顔が赤くなる。
「は、はだ……っ」
「ふふ。まあ、冗談ですけど」
「は、春香ちゃん……っ! からかわないでよ!」
「でも、露出の多い服を着るのは効果的ですよ。あとは、夜のテクニックを磨くとか」
「よ、よよよ、夜の……!? し、職場で何てことを!!」
爆発しそうなほど顔が熱くなり、私は手で顔を覆った。
クスクスと聞こえる春香ちゃんの笑い声。
「先輩が可愛すぎる!」
私は指の隙間から、春香ちゃんを見た。
「真剣に考えてる?」
「ふふ。冗談はこのくらいにして、長谷川さんの部屋で『おかえりなさい』って手料理を作って待ってるのが一番ですよ!」
「それなら……できるわ!」
「先輩の略奪愛、応援してます!」
「ありがとう!!私、がんばるから!」
それから毎晩料理の試作を作って、翌日、春香ちゃんに試食してもらった。
男性意見を聞くために、佐々木君まで巻き込んで。
「めっちゃ、うまいじゃん!これを毎日食べれるのか……。長谷川さんがマジで羨ましいな。もし、破局したら言ってね」
「先輩、失恋オジサンのことは気にしないで下さいね」
「ショックだな。僕も、それなりにモテたのに……」
「過去の栄光に浸ってるところが、オジサン化を加速させてるんですよ!まずは、あのダサい私服を、何とかした方がいいですよ」
おや?
なんとなく、二人の距離が近くない?
気のせい?
少し気になるけれど、今の私には余裕なんてない!
ついに明日、孝也さんが帰ってくる!
私は鼻息荒く、肉じゃがをぱくっと頬張った。
****
その日の夜。
「明日、孝也さんの部屋で待っていていいですか?」
とメッセージを送ると、すぐに電話がかかってきた。
「え!?お、俺の部屋で待っててくれるの!!」
ん?
ちょっと驚きすぎじゃない?
「はい!夕ご飯を作って、待ってます!」
「ええ!ご飯まで!?そんな……ありがとう」
孝也さんの声が震え出す。
こんなに動揺するなんて……。
やっぱり何かあるかも……。
私、負けないわ!
気合を入れるのよ!
「気を付けて、寄り道しないで、帰って来て下さいね!」
「うん。会えるのが楽しみだよ!」
これで良し!
ベッドに広げたお泊りセット。
視線の先には……エプロン。
「は、裸にエプロンなんて……そんな破廉恥なこと……」
私には勇気がない。
でも代わりに、かわいい下着を買った。
これが私の精一杯。
春香ちゃんは、露出の多い服って言ってたな。
具体的にはどういうのだろう?
「彼女に着て欲しい服。露出多め」とスマホにタップして検索。
「過度な露出よりも、チラリズムや肩出しが人気。歩くたびに揺れる、フリルやスリットの入ったロングスカート……か」
クローゼットの中から、それらしい洋服をチョイス。
これで、孝也さんの心を繋ぎ止めるのよ!
緊張と不安のせいで、よく眠れないまま、決戦の日を迎えた。
****
一週間ぶりの孝也さんのマンション。
「牧原さんも、ここに来たことあるのかな……」
無意識にこぼれた言葉。
ハッ!
ダメダメ!
強気で行かなきゃ、負けちゃう。
ふん!と気合を入れて腕まくりして、キッチンに向かった。
孝也さんが言ってた通り、最低限の鍋と食器しかなかった。
「念のため、調味料も買ってきておいてよかった」
春香ちゃん一押しのメニュー肉じゃが。
大根おろしを添えた、出し巻き卵と具だくさんのお味噌汁。
佐々木君に好評だった鮭の西京焼きは、孝也さんが帰って来てから焼こう。
家庭的な和食メニューだけど、それがいいんだと二人に押された。
リビングに差し込む光が、オレンジ色に変わる。
もうすぐ帰ってくるはず。
きっと疲れてるよね。
さっとお風呂を掃除して、給湯を開始。
すっかり日が落ちて、カーテンを閉めたその時、
インターホンが鳴った。
「帰ってきた!」
玄関に行く前にもう一度チェック。
セーターの襟首からは見えるデコルテライン。
動くたびに揺れるスカート。
よし!
孝也さん、略奪作戦スタートよ!
玄関に向かうと、すぐに扉が開いた。
「お帰りなさい、孝也さん」
「た、ただいま」
孝也さんは片手で口元を押さえて、ウルウルと目を潤ませた。
「疲れたでしょ。お風呂を沸かしてあるの。それとも……」
ご飯にする?と聞こうとした瞬間、強く抱きすくめられた。
「会いたかった」
孝也さんのかすれた声が耳もとで響く。
やっぱり孝也さんは私のことを……。
気を抜いちゃダメ。
略奪なのよ!
私から積極的に行かなきゃ。
私は孝也さんの顔を両手で包み込んだ。
「私も会いたかった」
そう言ってキスをする。
孝也さんみたいに上手くはないけれど、どうか気持ちが伝わりますように。
唇を合わせるしか出来ない私。
孝也さんは、角度を変えて深く重ね合わせた。
静かな室内に響く、甘い口づけの響き。
背中に回されていた孝也さんの手が、腰に下りてきた。
ゾクッと粟立つ肌。
私は倒れないように、孝也さんの首にしがみついた。
大きな手が、私を支えながらもゆっくりと体のラインをなぞる。
その手がニットの下から滑り込むと、強い快感が全身を貫いた。
離れていた時間を埋めるように、深められていく口づけ。
孝也さんから放たれる情熱に、圧倒された。
このまま「する」のね……。
そう思った一瞬の隙をついたかのように、牧原さんの言葉が脳内に呼び起こされた。
『あなたなんか、体目当てのお遊び』
どうして今、思い出しちゃったの!
お遊びだというのなら、そこから本当に好きになってもらえばいい。
そう思っていたのに!
このまま「した」ら、すぐに捨てられちゃう?
孝也さんの情熱は「愛」ではなく、ただの「欲望」なのかもしれない。
そう思うと、虚しい気持ちに胸を締め付けられた。
私……全然ダメだ……。
そう思った瞬間、パッと体が離された。
「一穂さん!ごめんっ。俺、夢中になってっ」
「え?」
何が起こったか分からない。
孝也さんの手がそっと頬を撫でた時、自分が泣いていることに気付いた。




