28話 ライバル登場
実家の前に着くと、孝也さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「俺はもう少し、こっちにいようと思う」
「うん。それがいいよ」
「一人で帰すことになって、ごめん」
「全然、気にしないで!」
孝也さんはうっとりと目を細めて、私の頬に指先を添わせた。
「戻ったら、昨日の続きをしよう」
すっかり忘れてた!
あの三つのS……。
ぶわっと顔に熱が集まった。
「は、はい……」
それしか、言葉が出てこない。
動揺した私を見てフッと笑みを漏らすと、耳もとに顔を寄せて「愛してる」とかすれた声で囁いた。
「わ、私も……」
熱のこもった眼差しで見つめられ、ドクンと心臓が跳ねた。
孝也さんは私の手を取って指先にキスを落とし、「また連絡するから」と甘く微笑む。
「う、うん」
急に来た激甘モード!
私は、よろめきながら車を降りた。
「あ、……甘すぎる……」
****
『愛してる』
初めて言われた甘い言葉の余韻を引きずって、一人で東京に戻った翌朝。
孝也さんから、「母の病状が持ち直してきた。次の週末に帰ります」と嬉しいメッセージが届いた。
良かった。
また、会いに行こう。
嬉しい知らせを閉じて、私は今日も満員電車に揺られて、会社に向かった。
「おはよう」
オフィスの扉を開けると、仕事スイッチオン。
休日シフト選択制に関して、上司と会議。
結婚したばかりの女性社員と、産休育休についての面談。
休憩時間は、春香ちゃんにカウンセリングや育休、女性社員のキャリア形成支援について説明。
瞬く間に時間が過ぎていく――。
その日の夕方。
私は未だに買えていない、スマートウォッチを見るために、孝也さんとデートしたあの雑貨屋さんに立ち寄った。
そう言えば、孝也さんが見ていたマグカップ。
バレンタインには少し早いけど、買っておこうかな。
そう思った瞬間、「……長谷川部長の、お知り合いですよね?」と声をかけられた。
振り向いたそこには、すらりと背の高い女性が立っていた。
この人、仕事できそう。
多くの人が一目見てそう思うだろう。
孝也さんを部長と呼ぶということは、会社の人?
でも、どうして私を知ってるの?
「失礼ですが、どちら様ですか?」
そう尋ねると、女性は名刺を出した。
「申し遅れました。私、長谷川部長と同じ会社の牧原と申します」
『営業部 係長 牧原 翼』
彼女はなぜか尊大な様子で、私を見下した。
感じの悪い人。
私は戸惑いながらも、名刺を渡した。
「アキバパーツの杉野と申します。えっと……」
「以前、長谷川と歩いてらっしゃるのをお見掛けして」
「そうでしたか」
話が見えない。
何が目的なんだろう?
「もしよければ、少しお話しできないかと思ったんです」
え?
なぜ?
不審に思った時、ハッと記憶が蘇ってきた。
この人、孝也さんと一緒に歩いていた人だ!
それに、この声。
電話で話していた人じゃない!?
営業部の係長が、他部署の部長を呼び出したの!?
見下したような彼女の目が、不気味に光った。
関わらない方がいいと、頭の中で警報が鳴り響く。
「どういったご用件でしょうか?」
「長谷川部長……いえ、孝也とのことでお話があります」
呼び捨て?
「どのような?」
牧原さんは、急に腕を組んで私を見据えた。
「孝也の浮気心を本気にしないでね」
浮気心って……それじゃまるで……。
牧原さんは、余裕の笑みを浮かべた。
「私たち、約束し合った仲なの。あなたなんか、体目当てのお遊び。悪いことは言わないから、諦めなさい」
牧原さんはそう言うと、ヒールを響かせて去っていった。
うそ……でしょ?
でもあの時……
「結婚する?」って聞いた時、孝也さんは時間をかけたいって……。
もしかして……この人がいたから?
違う。
孝也さんは絶対にそんな人じゃない。
だけど、こんなに堂々と嘘をつけるもの?
ダメだ。
今はちゃんと考えられない。
よし!
今日は歩いて帰ろう!
****
普段は電車で通り過ぎるだけの街。
孝也さんと出会ってからの日々を思い返しながら、ゆっくりと歩いた。
冷たい北風が、混乱した頭をクリアにする。
お泊まりデートのあの日。
孝也さんは渋々会社に向かった。
演技には見えなかったよね。
ということは、牧原さんがいたから、孝也さんが動いたというわけではない……?
約束し合ったって言ってたけど……結婚?
なんだかしっくりこないのよね。
遊びの関係なら、春香ちゃんや佐々木君と一緒に飲む?
うちの父に挨拶する?
わざわざ、恋愛の進展についてのリストを作る?
私はキーホルダーに付けた、孝也さんのマンションの鍵を取り出した。
やっぱり……変だよね!
牧原さんに対して、どんどん疑念が湧いてくる。
一瞬でもひるんだ自分が情けない。
「でも、呼び捨てにしてたな……もしかして、元カノ?」
だとしても、私は……どうしたらいいの?
違う!
私はどうしたいの?
もし孝也さんが、牧原さんを選んだら、私は諦める?
孝也さんへの気持ちはそんなに、軽いものなの?
いいえ!
孝也さんのお母さんのことがあったとはいえ、私は半端な気持ちで、「結婚する?」なんて聞いてない!
私はピタリと立ち止まって、夜空に拳をかかげた。
「略奪するしかない!!」
そうと決まれば、作戦を立てるのよ!
自然と歩く速度が上がり、思考が高速回転し始める。
今、孝也さんは東京にいない。
条件はあの人も同じ。
ということは、この週末が勝負ね!
みなぎるやる気とは裏腹に、疑問が湧いてくる。
でも、どうすればいいの?
そもそも、恋愛すら初めてなのに、略奪の仕方なんて知らない。
そうだ!
恋愛のことは、大先輩の春香ちゃんに聞こう!
強い決意を胸に抱いて、遠い道のりをひたすら歩いた。




