25話 父からの知らせ(長谷川孝也 視点)
サポートセンターの不具合程度で呼び出されるなんて、最悪だ!
わざわざ過去の連休中に起こったトラブルをまとめ、その対処法と、応急処置のコードを貼ったファイルを用意したというのに。
「村瀬め……何をやってるんだ」
週明けに、全体ミーティングだな。
それにしても、何故、営業部の牧原係長がいたんだ?
他部署の部長を呼び出すとは……あの人も終わりだな。
何かと俺を巻き込みたがって、迷惑していたからちょうどいい。
電車に揺られながら、陽の傾いてきた外の景色に目を向ける。
せっかくいい雰囲気だったのに……。
一穂さん……可愛かったな。
まさか、彼女からキスしてくれるなんて……。
箍が外れるかと思った。
帰ったら、「お帰りなさい」っていうのかな?
「お風呂が先?それとも私?」
なんて聞かれたら……理性がぶっちぎれるぞ。
ダメだ!
三つのSを思い出せ。
さりげなくコートのボタンを全部閉めて、男性的身体反応を隠した。
「はあ、会社に行きたくない」
一緒に住み始めたら、毎日こんな気持ちなのか……。
リモートでも仕事ができるように、環境を整えよう!
『待ってるから』
一穂さんの声が耳から離れない。
ああ、めっちゃくちゃ可愛い!
一瞬も離れたくない!
五分で終わらせて帰ろう!
会社の最寄り駅に到着すると、全力で駆けだした。
****
オフィスの扉を開けると、皆の視線が一斉にこちらに向けられた。
電話を前に、名刺ファイルを見つめる部下たちが、俺に気付いてあからさまに肩の力を抜く。
奥に座っていた牧原さんが立ち上がって、自信満々で話し始めた。
「今、クライアントに電話を掛け終わったところです。サポートセンターの復旧は、安心して、ゆっくり行ってくださいね」
妙に上機嫌だな。
電話の時の剣幕とは、大違いじゃないか。
細められた目元が、俺を見下すような不気味さを感じさせる。
自分のおかげと言わんばかりだな。
まったく、ばかげている。
二度と顔も見たくない。
さっさと視界から消えて欲しくて、最低限の言葉を放つ。
「牧原係長はお帰りいただいて構いません。お疲れ様でした」
自分の席に座り、パソコンの電源を入れた。
すると、牧原さんが勢いよく俺のデスクに手をついた。
「私のおかげで、事なきを得たんですよ!もっと他に言うことが、あるんじゃないですか!」
彼女の声を無視して、立ち上がった画面に目を向けた。
システムログの画面にエラーが表示されている。
共同ファイルから「システムエラー」の項目を開いて、コピペ。
以上。
耳障りな声は続く。
「私はあなたに代わって、みんなに指示を出したんですよ!こういう時こそ、いち早く責任者が来るべきでしょ!」
「俺は頼んでいません」
スマホを取り出して、サポートセンターの番号をタップ。
プルルッ
オフィスの電話が鳴り響く。
スマホの向こうから、すぐそこにいる村瀬の声が聞こえてきた。
「繋がったみたいだな」
「はい!お手数かけました!」
「え?」
「サポートセンターは復旧しました」
牧原さんは、まるで自分の手柄とでもいうように、目を輝かせた。
「こんなに早く?やっぱり、長谷川部長がきたから……」
「誰がやっても同じです。マニュアルを開いて、コードをコピペすれば、五分とかからず復旧できました。あなたが電話をかけている間に」
牧原係長は愕然とした様子で立ち尽くす。
「みんな、手が空いた時でいいから、共同ファイルに何が入ってるかだけ、チェックしといて。起こりそうなトラブルは網羅してる。応急処置はできるから」
「はい。すみませんでした!」
部下たちは、申し訳なさそうな顔で俺を見る。
もう、彼らだけで大丈夫だろう。
「じゃあ、お疲れ」
よし!
目標達成。
出口に向かって歩いていると、カツカツと後ろから足音が響いてきた。
「長谷川部長!これから、一緒にお食事でもどうですか?『共同ファイル』のこと、私にも聞かせてください。作成するのは、大変だったんでしょ!」
何なんだ、この人は!?
俺は振り返って牧原さんを見下ろした。
「牧原係長、正直に言って迷惑です。今後はシステム部にも、関わらないでいただきたい」
「な、なんですって!営業がいるから、あなた方の仕事が成り立っているのよ!」
「では、俺たちがいなければ、あなたは何を売るんだ?」
牧原さんは、顔を醜く歪めた。
「今日の件は、営業部長に報告します。以上です」
やっと帰れる。
俺は立ち尽くす牧原さんを放置して、エレベーターに乗った。
以前から、何かと俺を呼び出す迷惑な人だったが、これで大人しくなるだろう。
彼女を見ていると、五年前別れた彼女を思い出す。
尊敬しているようなそぶりを見せておいて、最後は……。
もう、うんざりだ。
早く一穂さんの元に帰ろう。
連絡しようとスマホを取り出すと、珍しく父からメッセージが届いていた。
「母さんが倒れた。帰ってきなさい。父」
思わぬ報せに、思考が停止した。
なんで?
正月に会った時はあんなに元気だったのに。
すぐに父に電話をかけた。
「もしもし、父さん?どういうこと?」
「忙しいのにすまん。今、病院だ」
「母さん、どうしたの?!」
「去年、癌が再発してな……。おまえには言うなって、母さんに止められていたんだ」
「そんな……。どうして!」
「見つかった時には転移もあって……。母さんは、積極的な治療をしないことに決めたんだ。好きなことを存分にやらせてくれって……」
電話の向こうの父の声は震えていた。
俺が浮かれている間、母さんは……。
「とにかく、すぐ帰るから!」
「ああ、気をつけてな」
スマホを持つ手が震える。
このまま電車で帰れる気がしなくて、タクシーを拾った。
せっかく泊まりに来てくれたのに……。
一穂さんになんて言ったらいい?
いや。
正直に、全部話そう。
彼女なら、分かってくれるはずだから……。
今回は構成上、「長谷川孝也 視点」の物語を本編に組み込みました。




