23話 呼び出し
孝也さんの手が頬をなぞり、両手で私の顔を包み込んだ。
角度を変えて深く重ねられる唇は、次第に浅くなる。
唇の端を食み、頬にちゅっとキスをする。
これでおしまい?
そう思っていると、孝也さんの手が私の腰を強く引き寄せた。
唇はいつの間にか耳たぶに触れ、「一穂のすべてが欲しい」とかすれた声が聞こえる。
ゾクッ——。
全身を駆け巡る、激しい衝動。
私は足の力が抜けそうになって、孝也さんの服をぎゅっと握りしめた。
怖い。
恥ずかしい。
目を伏せたままでいると、つむじに優しいキスが落とされた。
おずおずと顔を上げると、孝也さんが愛おしいものを見るように、うっとりと見下ろしていた。
「大丈夫?」
私はホッと息を吐いて頷いた。
孝也さんは覚束ない足取りの私をソファに座らせ、キッチンに向かう。
怖気づいてしまった自分が情けない。
孝也さんに嫌われてないかな?
孝也さんは気にした様子も見せずに、キッチンから声をかけてきた。
「紅茶、ココア、コーヒー、どれがいい?」
「ココアでお願いします」そう答えると、柔らかなクッションに身を預けた。
ここで一緒に暮らす日が来るのかな?
近隣からの騒音もなく、静まり返るリビング。
利便性もいいのに、この部屋に住むイメージが湧いてこない。
「このマンションどう思う?」
私の心を見透かしたように、孝也さんが声をかけてきた。
「素敵ですよ」
孝也さんはマグカップをローテーブルに置くと、隣に腰を下ろした。
そして、ソファを軋ませ、キスが出来そうなほど顔を近づける。
「ここに住みたいと思う?」
うっ!
まるで尋問みたい!
熱の灯った孝也さんの目が、じっと見つめてくる。
「じ、実は……なんだか落ち着かなくて」
孝也さんはフッと笑みを漏らした。
「俺も同じ。五年住んでるけど、他人の家にいるように感じる」
「孝也さんも?じゃあ、どうして……」
「どうでもよかったんだ。大学の友人から、マンションなら価値が下がらないから買っておけと言われた。実際、あの時よりも価値は上がってるし、後悔はない。でも、ずっとここに住むイメージが湧かない。一穂さんが一緒に住んでくれたら、この家も居心地が良くなるのかと思ったけど……。緊張が解けなさそうだったから」
「ふふ、小市民ですみません」
「俺もだよ。だから……一緒に住む家を探さない?」
「え……!」
「一穂さんが待つ家に、帰りたい」
うっとりと細められた瞳。
孝也さんの瞳の奥には、いつも不安が隠れている。
自分の欲を押し付けていないか、嫌われないかという葛藤。
それでも、勇気を出して本心を語ってくれる孝也さんが愛おしい。
孝也さんのストレートな気持ちのおかげで、私は不安に襲われることはない。
私もこの人と同じだけの気持ちを、返してあげたい。
不安を取り払ってあげたい。
手のひらで孝也さんの顔を包み込んで、唇を合わせた。
初めてした私からのキス。
孝也さんはハッと息を飲んだかと思うと、私の思うままにさせてくれた。
孝也さんを真似て、深く唇を合わせる。
互いの体の境界線が消えるほど……。
きっと全然うまくない。
でも、大好きだという気持ちが伝わりますようにと願いを込める。
そっと唇を離して、熱を持った孝也さんの目をのぞき込む。
「一緒に探しましょう」
私がそう言うと、孝也さんは嬉しそうに目を細めて、もう一度キスをした。
孝也さんの首に腕を回すと、ゆっくりとのしかかってくる孝也さんの重み。
唇を重ねながら、孝也さんの手のひらが下りていく。
ついに、この時がきた!
緊張のせいで、体が硬くなる。
「大丈夫、ゆっくりするから」
孝也さんの熱い息が耳にかかり、ゾクゾクとした感覚が全身を駆け巡る。
確かに、「こんなの初めて」だわ。
ふわふわとした思考の中で、冷静な私が呟いた。
孝也さんに触れられている場所が、過剰反応を起こす。
ドクドクと心臓の音がうるさい。
孝也さんの唇が首筋をなぞったその時。
ピピピッ
と着信音が鳴った。
私のじゃない。
孝也さんは気付いていないのか、私から離れようとはしない。
部屋に響く着信音。
「あの……出なくていいの?」
顔を上げた孝也さんは、苦しげに顔を歪めた。
「出たくない」
拗ねたような声に、つい笑いが込み上げた。
止むことのない着信音に、孝也さんは深いため息を吐く。
「なんで今日に限って……」
名残惜しそうに体を離して、立ち上がった孝也さんは、スマホに手を伸ばした。
「もしもし」
不機嫌そうな声に、思わず肩が揺れた。
まるで、子供みたい。
「サポートシステムのマニュアルは読んだ?共同ファイルの中に。エラーコードと対処法が書かれているから……」
仕事の電話。
休日なのに、大変だな。
そう思っていると、『長谷川部長、今すぐ来ていただけますか!』と鋭い女性の声が漏れ聞こえてきた。




