21話 私の目標
午後の会議室。
テーブルを囲んだのは、現場のリアルを知るメンバーたち。
育休を取った経験のある、営業部の男性課長。
保育園に通うお子さんを育てながら働く、庶務の女性主任。
そして、すでに二人のお子さんを成人まで育て上げた、経験豊富な経理部の部長。
私の隣に座る春香ちゃんは、議事録作成のために、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。
私は作成資料をプロジェクターで映し出し、話し始めた。
「昨年行った、無記名アンケートの結果からお伝えします。
産休・育休から復帰後、『職場に迷惑をかけていると思う』と答えた方が、八割でした。逆に、『復帰した人たちが早退することで負担を感じる』という人は、七割。
制度を使う側も、支える側も、どちらも無理をしてしまっているのが、今の現状です」
経験者の三人は、硬い表情で口を開いた。
「簡単には解決しないわね」
「経験してないと、理解できないのかな?」
「言いづらいけど、育児経験者であっても、嫌がる人がいるからね」
「時短勤務以外にも、勤務時間を少し延ばす代わりに、週に3日休みを取る変形労働時間制も取り入れていますが、あまり効果が見られません」
「難しいな」
「プレッシャーに耐え切れず、辞める人もいるのよね」
「子供も小学生になれば、体も丈夫になるし、少しは楽なんだけどね」
アンケートを回収してから、ずっと考えていたことがあった。
検索してみると、同じ考えの人はすでにいて、実際に「それ」を導入している企業も見つかった。
ただ、実際の子育て世帯で、「それ」が受け入れられるものなのか……。
今日の目的は、経験者の意見を聞くことだった。
私は、プロジェクターに資料を映し出した。
「実は新たな働き方として、『休日シフト選択制』を導入できないかと思っているんです」
「土日勤務するってこと?」
「はい。例えば、ママが土日勤務中、パパが子供を見ているため、安心して仕事ができますよね。その分、ママは平日に二日お休みを取るので、子供の急な発熱対応などで、休む日数を減らせるんです。
ただ、休日はワンオペになってしまいますし、家族が揃う時間が少なくなってしまうんです。子育て経験者である皆さんの意見を、お聞かせいただけませんか?」
「男性側は、嫌がるかもね。一人で子供見なきゃだから」
「ずるいわよね。自分はワンオペしたくないなんて」
「でも、選択肢としてあれば、『仕事だから、パパお願い』って出てこれるんじゃない?これって、導入してる会社はあるの?」
「まだ全体の一割にも満たないんです」
上層部に掛け合うには、データが少なすぎるのだ。
せめて、導入後の現実的なメリットがあれば……。
そう思っていると、議事録を書いていた春香ちゃんが、声を上げた。
「それって、チャンスかもしれませんよ」
「春香ちゃん、どういうこと?」
「就職説明会では、ホワイト企業を謳っているところに、人気が集まります。学生たちはSNSなどで情報を収集して、本当に信頼できるのかを見極めているんです。
いち早く新しい取り組みを導入すれば、柔軟性が高いという印象を与えることができるんじゃないですか?」
「なるほど!それなら、上に話が通しやすくなる」
経験者たちの顔も、明るく変わった。
「強制ワンオペのおかげで、ママの大変さを理解できるし。いいんじゃないか」
「ママがいない方が、パパもやりやすいかもね。子育て中は、仕事であっても、一人の時間をもてると、リフレッシュできるのよね。達成感も感じられるし」
「それに、金曜の午後の会議で決まったことを、土日出勤者が資料作成してくれれば、月曜の朝一から対応ができるわよ」
ハードルが一気に下がった。
コストの問題など、これから解決策を考えなきゃだけど、第一段階はクリアできそう!
「メリットの方が多そうですね!では、この件で、新たにアンケートを取って上層部と相談してみます。お忙しい中、いつも集まっていただいて、ありがとうございます」
「いいえ。こんなことで良かったら、いつでも呼んでください」
「杉野さんが粘り強く取り組んでくれているから、前より働きやすいわよ」
「そうそう。ダブル担当制で、休みやすくするっていうのも杉野さん発案だったし。妊娠初期から、あれには助けられた」
庶務課の主任の言葉に、胸が熱くなった。
一つの案件に、サブとメインの二人体制で取り組むダブル担当制。
四年前、仕事に穴ができないための仕組みを立案した。
当時の人事課長の働き掛けもあって、タスクや手順をマニュアル化する取り組みも同時に導入。
未婚の社員からは反対の声も上がったけれど、一方で、結婚に前向きになった社員も増えた。
あの時の頑張りが、誰かの役に立っていたんだ!
「ありがとうございます。そう言っていただけると、すごく励みになります! 子育て中に職場から受けるプレッシャーを減らして、みんなが笑顔で働けるように、もっとお手伝いできたらと思っています」
「その柔らかさが、杉野さんらしいわね。まだ相手がいないなんてもったいない」
急に放たれた経理部長の言葉。
「あ……」
どうしよう。
言っちゃう?
でも仕事の場だし……。
もじもじしている私の隣から、春香ちゃんの迷いのない声が響く。
「実は先輩にも春がきたみたいですよ」
「ええ!」
目の前に座る部長たちは、キラキラと目を輝かせた。
「やったじゃない!」
「おめでとう!」
まるで結婚が決まったみたいな反応。
……でも、あながち?
「まだ、お付き合いを始めたばかりなんです」
「相手はいくつ?」
「三十五歳です」
「決まりだね」
「それで、結婚しなかったら、ただのクズ男」
「きっとすぐ、杉野さんに絆されるわよ」
「えへへ。ありがとうございます」
恥ずかしさで熱を持つ頬を、手のひらで仰ぐ。
思いもよらず公表することになったけれど、祝福してもらえてうれしい。
今の取り組みは、将来の自分のためでもある。
より良い職場を作るために、頑張ろう!
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孝也視点のサイドストーリーを【幕間】として公開しております。
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