19話 ファーストキス
1K六畳、家賃七万円のアパート。
この部屋に、ついに彼氏がきた!
座卓の前にちょこんと座る孝也さん。
「コーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」
「じゃあ、コーヒーで」
部屋に広がる香ばしい香りに、ほんの少し孝也さんの匂いが混ざる。
「体は大丈夫?横になる?」
コーヒーを受け取りながら、孝也さんは心配そうに私を見た。
「ありがとうございます。大丈夫です!」
そう答えると、なぜか孝也さんは顔を曇らせた。
「あの……俺に気を使わなくていいから」
「え?」
「体調のことも心配事も、全部話してほしい。一穂さんのことをちゃんと知りたいんだ」
孝也さんの目が、ずっと先の未来まで見ているように澄んでいた。
十分なのに……。
熱が出ても、一人で病院に行ける。
生理痛がひどくても、薬を飲んで仕事に行く。
親元を離れて以来、大抵のことは、一人でもへっちゃらになった。
全部話して、どうなるの?
孝也さんは、私よりも仕事が忙しいはず。
心配かけたくないし……うざいって思われたくない。
彼氏には、どのくらい話すべきなのかな?
もしかして、私の中にあるこういう気持ちを、知りたいと思ってくれてるの?
恐る恐る本心を話した。
「私は……まだ分からないんです。どのくらい話せばいいのか。大抵のことは、自分で対処できるので……」
「今すぐ、何もかも聞きたいわけじゃないんだ。今日みたいに困ったら、全部頼って。一穂さんが買ってた、ナプキンのメーカーも覚えたし!」
「え!だからあの時、質問したんですか?」
「そう。次回は俺が買ってくる」
孝也さんの気持ちは嬉しい。
けれど、どうしても気になることがあった。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「何でも」
「孝也さんは、今までにお付き合いされた経験があると思うんですけど、これまでは……?」
孝也さんは困った顔をして、言いづらそうに話してくれた。
「高校時代が散々だったから、初めて彼女ができた時は、純粋にうれしかった。でも、思い返してみると……誰でもよかったんだ。彼女がいるということだけで、十分だった。その後も、さして変わらず。俺の気持ちがそんなだから……互いに、本気で思いやるような関係にはならなかった」
春香ちゃんの言っていたことに似てる。
「じゃあ、どうして私は……」
「特別……だから。過去の彼女は、張りぼての俺を見てた。仕事で結果を出してるとか、給料とか、将来有望だとか。でも、一穂さんは王子様じゃなくて、勇者がいいって言ってたから……。あのカフェで、俺は一穂さんに惚れてたんだ」
「ええ、あの時!私、ちゃんとしてましたか?」
「ふふ、ずっと可愛いよ」
ストレートに可愛いって……。
嬉しいけど恥ずかしい。
どんな顔をすればいいの!
ほんの一瞬のすれ違い。
あの時から、好きでいてくれたんだ……。
嬉しすぎる!
胸がいっぱいの私に、孝也さんは追い打ちをかけてきた。
「俺は一穂さんを離すつもりはない。全部、ちゃんと知りたい」
こ、これは、プロポーズでは?
告白した時も、孝也さんは似たようなことを言っていたけど……まさか、こんなに早く……。
ということは……
私が大好きって言っても、でも引かれない?
ここで躊躇っていては、ヒロインにはなれない。
勇気を出そう!
「私も、孝也さんを離すつもりはないです!」
孝也さんは、ピタリと呼吸を止めた。
「だって、やっと巡り合えた『勇者様』だもん」
孝也さんはすくっと立ち上がって、私の隣に座った。
「キスしていい?」
「へっ……!」
私が返事を返す前に、孝也さんが顔を近づけて、唇を重ねた。
そっと触れあうだけのキス。
私は思わず、孝也さんの服をきゅっと握った。
すると私の体に腕が回されて、優しく抱き寄せられた。
ピタリと密着した二人の体。
伝わってくる熱と匂いに、頭がくらくらする。
孝也さんは、名残惜しそうに唇を離すと、「大好きだよ」と囁いた。
ああ、なんて幸せなんだろう。
「私も……」
そう言うと、孝也さんはもう一度、唇を重ねた。
さっきまでの軽いキスとは違う、大人のキス。
角度を変えて何度も深く重ねられる唇。
どうすればいいのか分からない。
私は溺れてしまわないように、孝也さんにギュッとしがみついた。
わずかに唇が離れた隙に、はぁっと深く息を吐く。
至近距離で見つめる孝也さん。
瞳の奥の情熱に、射すくめられた。
「下手で……ごめんね」
恥ずかしさからそう言うと、孝也さんはうっとりと目を細めた。
「俺は……嬉しい」
何かを我慢しているような、掠れた低い声。
私たちの唇は、もう一度重なり合った。




