18話 ピンチ!
次の瞬間、ふわりと肩にコートがかけられた。
「一穂さん、スカートに……血が」
耳もとで聞こえる孝也さんの声。
うそ!
生理が早く来ちゃった!?
よりによって、今日はショートコート!
どうしよう!!
私は恥ずかしさで、パニックになった。
「す、すみません」
「体は大丈夫?その……痛みとかは?」
孝也さんは心配そうに私を見下ろした。
「今は……大丈夫です」
「よかった。化粧室に行った方がいいよね?」
こくんと頷くと、何も買わずに店を出た。
トイレにナプキンの自販機あるかな?
今日は持ってきてなかった。
どうしよう……。
女の子同士だったら、阿吽の呼吸でフォローし合えるけど……。
付き合い始めたばかりの彼氏の場合、どうすればいい?
正直に言っていい?
いや、それしかない!
「あの……ドラッグストアに行ってもいいですか?」
「え?ああ!そうだよね。ごめん気が利かなくて」
孝也さんの気遣いは嬉しい。
けれど、この緊急事態で気もそぞろ……。
ああ、最悪だ!
****
……彼氏とはこういうものだろうか?
替えのショーツやナプキンを買う時、孝也さんはずっと隣にいてくれた。
いや、そばから離れようとしなかった。
何だったら、ナプキンの羽根つきと羽根なしは、どう違うのと質問まで投げてくる。
知ろうとしてくれて、ありがとう。
うれしいけれど……
今じゃない!
そわそわしながら、必要な物を諸々購入。
お手洗いへ急げ!
薬局を出ても、ピタリと寄り添うように歩く孝也さん。
何かを探すように、きょろきょろと顔を動かしていた。
「あ!」
そう声を上げると、私の手を引いていく。
ち、ちょっと待って!
今は付き合ってあげられないよ!
すたすたと歩いて行った先には、アパレルショップ。
「スカートを選んで」
「え?」
「サイズとか分からないから……」
確かに、スカートどうしようって思った。
以心伝心ってやつ?
でも……ここ、高級店です!
今日はいてるスカートの三枚分……いや、もっと高いと思う。
とはいえ、必死な孝也さんの気遣いを無駄にするのも、申し訳ない気がして……。
腹を括ろう!
どうせ買うなら、着まわしのきく物がいいよね。
超高速で視線を動かし、これだという物を手に取ってレジに向かう。
「試着はしなくていいの?」
「今の状態ではさすがに……」
「ああ!そうか……ごめん。ほんとに気が回らなくて」
まるで子犬のようにシュンと落ち込む孝也さん。
私から見ると、少しずれている行動も、彼にとっては最大の配慮。
自然と笑いが込み上げた。
「ありがとうございます」
そう返すと、孝也さんはホッとしたように表情を緩ませた。
レジカウンターに商品を置くと、横からスッと差し出されたクレジットカード。
うん?
孝也さんは、「一回払いで」と当然のように支払った。
「ち、ちょっと、待ってください!これは……」
孝也さんは、顔色を変えることなく「大丈夫」と答えた。
なにが大丈夫なの?!
彼氏に何か買ってもらったと話は聞いたことがあるけど、お付き合いの期間が短すぎるでしょ!?
それに、そういうのを目当てにしてるなんて思われたくない……。
こんなこと、店員さんの前では話せない。
お店の外に出ると、私が口を開くより先にスカートの入った紙袋を渡された。
「着替えておいで」
「えっと、代金はお支払いします」
「俺が好きでやってることだから」
こういう場合、何と答えるのが正解なの?
ジワリと感じる、ショーツの冷たさ。
今、優先すべきは着替え!
このままだと、孝也さんのコートも汚しちゃう。
「すみません」というのが精いっぱい。
大急ぎで、お手洗いに駆け込んだ。
****
ナプキンに包まれる安心感。
はあ、焦った。
どのバッグにもナプキンを入れておかなきゃ。
スカートの代金、どうしよう……。
助走の始まった生理痛を感じつつ、お手洗いを出る。
孝也さんが椅子に座って待っていた。
「ご迷惑をおかけして……。コートも汚れちゃったかもしれなくて」
コートを返しながらそう言った。
本当はクリーニングして返したいけど、コートなしで外を歩くなんて寒すぎるよね……。
「そんなのどうでもいい!何もできなくて、ごめんね」
孝也さんは私を椅子に座らせると、すかさずカフェの蓋つき紙コップを渡してくれた。
ふわりと漂う、甘いココアの香り。
「体を温めた方がいいんだよね?」
心配そうに見下ろす孝也さんの目には、一点の曇りもない。
もう降参。
私はクスクスと笑い出した。
「孝也さん、完璧すぎます」
孝也さんは、「はあ」とため息をついたかと思うと、へなへなとしゃがみ込んだ。
「どうしたらいいのか、全然わからなくて。焦った……」
孝也さんには、過去に彼女がいたはずなのに。
でもきっと……今の姿を見ているのは私だけだよね。
優越感を抱いたら、性格悪いかな?
「せっかくのお出かけだったのに、ごめんなさい」
「気にしないで。あの……もしよかったら……これから、一穂さんの家に行ってもいい?」
「……え?」
「夕飯は、デリバリーを頼んで一緒に食べない?」
孝也さんは、子犬のような目で私を見上げてきた。
ううっ!
可愛い。
少しずつ、鈍い痛みが増してきたから、正直言ってありがたい。
「ありがとうございます。助かります」
孝也さんは私の体を気遣いながら、ゆっくり歩いてくれた。
駅に向かうかと思いきや、孝也さんはスッと手を上げる。
「タクシーで帰ろう」
なんて贅沢!
でも、今はありがたい。
後部座席に乗り込むと、孝也さんはブランケット代わりに、自分のコートを膝にかけてくれた。
「辛くなったら言って」
そう言うと、私の肩に手を回す。
突然の大接近!
どうしたらいいか分からず、体を強張らせていると、「大丈夫、大丈夫」と言うように、優しく肩を撫でてくれた。
孝也さんの手のひらから伝わる温かさ。
腹部の鈍い痛みが、和らいでいく。
こんなに優しくしてくれるなんて……
完璧すぎるよ。
私は甘えるように、孝也さんの肩にそっと頭をもたれさせた。




