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勇者とお見合い~お相手は、本屋で見かけた強面の勇者!?~  作者: 夏生たえ


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16話 春香ちゃんの変化

どうやって自分の部屋に入ったのか、いつの間にお風呂に入ったのか分からない。


気が付いたら、ベッドの中にいた。


握り締めたスマホに、表示されたメッセージ。


「今、家に着きました。おやすみなさい」



鼻の奥に残っている、孝也さんの匂い。

手に残る、孝也さんの胸の鼓動。


驚いたけど、嬉しかった。

ずっとあの腕の中にいられたらいいのに……。


切ないため息を漏らし、そっと目を閉じた。



****


現実は容赦ない。



今日も今日とて満員電車に揺られ出勤。


初めてのハグの余韻に浸っていたいけれど、オフィスの扉を開けた途端、仕事スイッチが入る。


すでに出勤していた春香ちゃんが、浮かない表情で挨拶してきた。


「お、おはようございます。昨日、長谷川さんは大丈夫でしたか?」


「おはよう。楽しんでたみたいだよ」


「良かった。気になってたんです……」



心からホッとしたように息を吐く春香ちゃん。

どうしたのかな?



「だいじょうぶ?少し元気がなさそうだけど」


春香ちゃんが、きりっと表情を変えた。


「大丈夫です!先輩、私、仕事頑張るんで!」


「う、うん」


ちょっと様子がおかしいと思うのは、気のせい?


「おはよー」


眠そうな声の主は、佐々木君。


「杉野さん、昨日はありがとう。おかげで、気がまぎれた」


佐々木君が話し始めると、

ガタンと、春香ちゃんが立ち上がる。


「私、新入社員用の配布資料のセットを作ってきます!三階の会議室押さえてあるんで!」


「じゃあ、荷物運ぶよ」


佐々木君の言葉にかぶせるように、


「一人で大丈夫です!台車あるんで。ちゃちゃっと終わらせます!」


ときっぱりと言い放たれた。


あれ?

いつもは、「誰か手伝ってー」と明るく声をかけるのに、一人で作業するなんて珍しい。


大きな段ボールを台車に乗せて、オフィスから出る春香ちゃんの足取りは、軽やかだった。


佐々木君がクスクスと笑いながら、閉じた扉を見つめていた。


「春香ちゃん、どうしたんだろうね?」


「やる気スイッチが入ったんじゃない?僕も頑張ろうっと」


佐々木君はそう言うと、パソコンを開いた。


なんだか吹っ切れたような二人の姿。


私も、浮かれてないで頑張ろう!



****



お昼休み、休憩室に入ってきた春香ちゃんは、いつも通りの明るい笑顔を浮かべていた。


「お疲れ様。一人で大丈夫だった?」


「大丈夫です!ばっちり終わりました」


「それなら良かった」


「先輩って、長谷川さんのどの辺が好きなんですか?」


急に来た、ストレートな質問。

飲んでいたお茶をむせた。


「どう、どうしたの急に」


「昨日、二人を見てたら羨ましくなっちゃって。あ、でも、しばらく誰とも付き合うつもりはないんです!ただ、今後のために聞いておこうと思って」


告白した日のことを思い出して、自然と頬が緩んだ。


「孝也さんは、自分の好きなことを好きって堂々と言える人なの。年齢が上がるにつれ、年相応でいなきゃとか、世間の目とか気にしすぎてた私には、彼が眩しかった。お見合いのあとも色々話して……守ってあげたいって思ったの」


「守ってもらいたいじゃなくて?」


「重い荷物を一人で持つのは大変だけど、二人で一緒に持てば軽くなるでしょ?」


「一緒に……か」


春香ちゃんはため息を吐いた。


これまで、彼氏とお別れしても、引きずってるような素振りは見せなかったのに。


「春香ちゃんはモテるから、また見つかるよ」


「モテるわけでは……ないんです」


目を伏せた春香ちゃんが、幼い少女のように小さく見えた。


「私、誰と付き合っても、本当の『好き』が分からなくて。夢中になれる人がいなかったんです」


今まで羨ましいと思ってきた春香ちゃん。

こんな悩みがあるなんて、思いもしなかった。



大切な物が増えると、どれが「一番大事」なのか分からなくなるように、恋愛経験が増えると「好き」な気持ちの温度に鈍感になるのだろうか?


夢中になれる人。

彼氏がいなかった私は、比べる物差しを持っていない。

けれど、今、孝也さんに夢中。

そう思える人に出会えたのは、奇跡なのかもしれない。



シュンとしていた春香ちゃんが、スッと背筋を伸ばした。


「やっぱり、今の私にはまだ難しいのかも。だから、仕事に打ち込むことにしたんです!

」


「え!すごい。かっこいい!」


「えへへ。先輩ってキャリアコンサルタントの資格持ってましたよね?」


「うん。就職の時に有利かなって、大学時代に取ったんだよ」


「難しいですか?私、スクールに通うか迷ってて……」


「講座に通うのもアリだけど、春香ちゃんは人事に入って、今年で四年目でしょ?新入社員のメンター面談もやってるし、スクールに行かなくても『実務経験三年』で、受験資格はクリアしてるよ」


「えっ!? 本当ですか!? じゃあ、もしかして独学でいける?」


その時、休憩室の入り口に佐々木君の姿が見えた。


「佐々木君、ちょっといい?」


「おう?」


「入社後、キャリアコンサルタントのスクールに通ったって言ってたよね?テキストとか、残ってない?私は、処分しちゃって」


「あるよ。捨てようかと思ってた」


「主任、それ、譲っていただけませんか?」


「もしかして、受験するの?」


「はい。本気で仕事を頑張ろうと思って!」


佐々木君は、温かな眼差しを春香ちゃんに向けた。


「オッケー。今度持ってくる」


「ありがとうございます!」


はにかんだように笑う春香ちゃんが、いつもより輝いて見えた。






お読み下さりありがとうございます!


本日は孝也視点のサイドストーリーを【幕間】として公開いたしました。そちらもお楽しみいただけますと幸いです。


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