15話 初めての……
触れ合うその場所から、直に感じる孝也さんの体温。
ドキドキが止まらない。
目の前に春香ちゃんと佐々木君がいるのに……。
二人は気付いた様子もなく、互いに励まし合っている。
手汗、やばくないかな……。
心配だけど、この手を離したくない。
嬉しさと恥ずかしさで、くらくらする。
机の下の甘い秘密。
嬉しいけど、恥ずかしさで泣きそう。
どうしたらいいの……。
助けを求めるように、孝也さんを見上げた。
ハッと息を飲む孝也さん。
すぐに手が離された。
はあ……。
春香ちゃんと佐々木君にバレなくてよかった。
公衆の面前でいちゃつく勇気はないよ!
いつの間にか、テーブルの上はグラスでいっぱいになっていた。
「明日も仕事だから、そろそろ帰るか!」
顔を赤くした佐々木君は、曇りが晴れたように笑った。
****
居酒屋を出ると、夜の静かな冷気に包まれた。
「私、バスで帰るのでここで。長谷川さん、無理に誘ってすみません。ありがとうございました」
「俺は少し酔い覚ましに歩きます。また、飲みましょうね!」
居酒屋を出て、並んで歩いていく二人を見送る。
「巻き込んじゃってすみません」
「一緒に飲めてよかったです」
急に初対面の人と飲むことになったのに、嫌な顔もせず……。
孝也さんの大人の余裕を見習おう。
駅に向かって歩きながら、世間話。
「お休みの日でも出勤なんて、大変ですね」
何気なくそう言っただけなのに、孝也さんはサッと私の前に立ちはだかった。
「めったにないんです!」
必死な表情。
「……え??」
「だから……休日に約束があっても、キャンセルすることはないから!」
「あ、ごめんなさい!そんなつもりで言ったわけではないんです!気にしないでください!」
孝也さんはホッとしたように、肩の力を抜いた。
私の何気ない言葉を、気にしてくれる孝也さんの優しさが嬉しい。
「俺はS線の上りなんですが、一穂さんの家はどのあたりですか?」
「私は、S線の下りで……東京の端っこなんです」
「ここから近いんですね。送りますよ」
「ええ!だって、真逆だから……」
「もう少し一緒にいたいので……」
直球きた!
そんなこと言われて断れる人なんかいないよー。
身悶えたいのをグッと抑えて、孝也さんを見つめ返す。
「送って……ください!」
孝也さんは嬉しそうににこりと笑った。
彼氏って、こんなに可愛いの?
****
いつもの通勤ルート。
他愛のない会話をしながら、私は……焦っていた。
「お茶でもどうですか?」って誘うべきだよね?
誘わないのは、失礼だよね?
今、私の部屋は散らかったままだよー!
まさかこんなに早く、こんな展開になるなんて思ってなかった。
紅茶はあるけど、コーヒーはあったかな?
密室で二人きりなんて……今夜こそ、大人の階段を上っちゃうの?!
さっき握られた手が、急に火照りだす。
明日も仕事だし……まさかね?
歩き慣れた道が、いつもと違って見えた。
商店街を抜けると、アパートが見えてくる。
「あそこの二階です」
「そうなんだね」
「あ、あの、お茶……飲んできませんか?」
孝也さんの呼吸が止まる。
「えっ!こ、心の準備が……!それに……理性を保てるか……。いや、そうじゃなくて!もう遅いから、今日は帰ります」
いつも大人の余裕たっぷりの孝也さんが、妙に慌てていた。
顔が赤いのは、お酒が残ってるから?
ホッとした半面、ちょっと残念な気持ちが胸に広がる。
私は何て欲張りなんだろう。
感情に飲まれて、せっかくの幸せな気持ちを台無しにしたくない。
週末までのパワーを充電できた!
「送っていただいてありがとうございました」
ぺこっと頭を下げたその時。
ふわりと風を感じたかと思うと、背中に孝也さんの腕が回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
カチン!
と固まる。
こ、これって、初めてのハグ!!
「会えて、嬉しかった」
かすれた声が、頭の上から降ってくる。
わずかに感じる、爽やかな香水の匂い。
孝也さんの胸に当てた手に、ドクドクと鼓動を感じる。
「わ、私も嬉しかったです。見つけてくれて……ありがとう」
回された手に力が込められ、ぎゅっと強く抱きしめられたかと思うと、すぐに、体が離された。
「週末、楽しみにしてる」
「わ、私もです」
胸がいっぱいで、上手く言葉が出てこない。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
夜の闇に溶けていく孝也さん。
背中が見えなくなるまで、私はその場を動くことができなかった。




