13話 誤解
「先輩?どうしたんですか?」
春香ちゃんに声をかけられて、ハッと我に返った。
「な、何でもないよ。ぼーっとしちゃって、ごめんね」
スーツ姿だったし、きっと……仕事だよね?
こんな些細なことで、一喜一憂してはダメ。
そっと深呼吸して心を落ち着かせた。
佐々木君が、心配そうに見下ろしてきた。
「杉野さん、どうかした?」
「大丈夫、大丈夫!」
やっと足が動き出したその時、後ろから誰かが私の手に触れた。
「……一穂さんっ!」
聞き慣れた低い声。
振り向くとそこには、息を切らした孝也さんが、険しい顔で立っていた。
「孝也さん!?ど、どうして……?」
さっきまで、あっち側にいたのに。
もしかして、私に気付いて……走ってきてくれた?
一緒にいた人は?
通りの向こうに目を移すと、こちらを凝視する女性の姿。
孝也さんの隣を歩いていた人だ。
すぐに人混みに紛れて見えなくなった。
「仕事で呼び出されて、午後から出社していたんです。お昼ごろ、メッセージを送ったけど、既読にならなくて……」
「あ……」
春香ちゃんとの話で夢中になって、スマホを見なかった!
午後も仕事に集中してたから……。
「ごめんなさい!気付いてなくて!」
孝也さんは、ほっと安心したように表情を緩めて、「良かった……」と漏らした。
ああ、大失敗。
メール通知機能の付いた時計を買おう!
心の中で反省会を開いていると、
「ひっ!」と佐々木君の声。
振り返ると、引きつった顔で、金縛りにあったように立ち尽くしていた。
孝也さんに顔を向けると、なぜか佐々木君を睨みつけている。
「彼は?」
「同期の佐々木君です」
孝也さんの表情に、初めて会った時のような影が差す。
凍った空気を溶かすように、私の後ろから春香ちゃんがひょこっと顔を出した。
「先輩、もしかして、彼氏さんですか?」
こ、こういう場合、何と言って紹介すればいいの!
チラリと孝也さんを見上げる。
孝也さんは、「ああ」と納得したように声を漏らすと、表情を緩めた。
金縛りが解けた佐々木君が、苦笑いを浮かべて近づいてくる。
「良ければ、一緒に飲みませんか!」
「紹介してくださいよ!」
ずいっと詰め寄る二人。
その圧に、負けてしまった。
****
「ジャパン・システム・ソリューションズの長谷川です」
路上で始まった名刺交換会。
孝也さんの名刺を受け取った私は、目が飛び出しそうになった。
ぶ、部長!?
三十五歳で!?
社名は聞いたけど、役職まで聞いてないよ!
と、今すぐ母に文句を言いたい。
春香ちゃんと佐々木君も、目を丸くして名刺を二度見している。
こういう反応に慣れているのか、孝也さんは毅然とした態度。
さすがは部長。
どれだけ頑張れば、それほど出世できるのだろう……。
休日に出勤するフットワークの軽さ。
間違いなく、人の何倍も、孝也さんは頑張ったんだ。
一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「孝也さんにふさわしい女性」は、ハードルが高いのではなかろうか?
少しだけ怖気づいてしまった。
「部長か……。そんなエリートなら振られなかったのかな……」
佐々木君の悲痛なつぶやきで、意識が現実へと戻された。
孝也さんは、何事かというように首をかしげた。
「実は、落ち込んでいる佐々木君を励まそうって、飲みに行くところだったんです」
「ああ、そうだったんですね。引き留めてすみません」
佐々木君は、孝也さんの腕をガシッと掴む。
「部長も、僕を慰めて下さいよ!」
「え?俺は君の部長ではないけど……」
怪訝な表情を浮かべながらも、孝也さんは一緒に来てくれた。




