11話 告白
「孝也さん、毎日ごめんなさいね。お母さんによろしく」
翌日、迎えに来てくれた孝也さんに、母はにやにやと笑いながら挨拶した。
いつも見送りなんかしないくせに……。
母に「もういいから」と視線だけで訴えかける。
「はいはい、お邪魔虫は消えますよー」
おどけたように肩をすくめる母。
恥ずかしすぎる。
うざい家族だって、嫌がられないかなと心配になった。
私の心配をよそに、孝也さんは紳士的に答えた。
「娘さんをお預かりします」
真剣な顔で答える孝也さん。
大人だ。
今日の孝也さんはラフなパーカー姿。
今までで一番若く見えた。
住宅地から出た車は、最寄り駅に向かうルートから外れた。
こ、これはもしかして!!
念のために、今朝シャワーも浴びたし、かわいい下着を着けてきた。
後は心の準備だけ……。
ハンドルを切る孝也さんの腕が近づくだけで、破裂しそうなほど高鳴る鼓動。
ついに今日、大人の階段をのぼるのね。
期待と不安がごちゃ混ぜで、上手く話せない。
沈黙が広がる車内。
赤信号で停まった瞬間、孝也さんはこちらを見た。
「新幹線の駅まで行きますね」
「……え?」
「荷物もあるから、乗り換えるのは大変かなって……」
孝也さんは、顔を赤く染めながらそう言った。
「でも、ここから車で一時間はかかりますよ!」
「暇……なんで。駅の近くに、雑誌にも載ったイタリアンレストランがあるんです。一緒に行きたいなと思って……」
そのために、早めに来てくれたの?
往復二時間。
孝也さんに何のメリットもないのに。
キュン……
かわいい。
よこしまな妄想をしていた自分が恥ずかしい。
「ありがとうございます」
と笑って返すと、孝也さんはクシャッと表情を緩めた。
どんどん膨れ上がっていく「好き」という思い。
大人の恋愛の始まり方は分からない。
けれど、私はもう待てないと思ってしまった。
****
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
一時間後。
渋滞に巻き込まれることもなく、無事に新幹線の駅が見えてきた。
今しかない。
もう、言っちゃおう!
駐車場で停まった車。
私は小さく深呼吸すると、孝也さんの方に顔を向けた。
「孝也さん、私と付き合って下さい!」
シートベルトを外していた孝也さんは、ピタリと動きを止めた。
そして、スローモーションのようにゆっくりとこちらを見る。
「……へ?お、俺でいいの?」
「はい!」
孝也さんは、さっと両手で顔を覆った。
「あ!ごめんなさい!迷惑だったら……」
孝也さんは、勢いよく顔を上げた。
「違う!!俺から言おうと思ってたんだ。もっと仲良くなってからがいいかと思って……」
「あ……」
早すぎた!!
ど、どうしよう!
おずおずと、「ひ、日を改めますか?」と聞いてみる。
ポカンとした表情を浮かべた孝也さんは、「プッ」と噴き出した。
「ふははは。参ったな……」
孝也さんは笑っているのに、泣き出しそうな顔に変わっていった。
「俺は三十五だし……その、真剣に付き合いたいと思ってる」
そう言うと、孝也さんは真顔で、私を見据えた。
「俺、高校生の頃、いじめられてたんだよね……。顔が怖いって。学校には居場所がなくて……。それで、地元を避けてたんだ」
「え……」
私は、それ以上、言葉が出なかった。
昨日、一瞬浮かべた暗い表情。
それが原因だったんだ。
だからご両親と旅行を……。
「先に話しておきたかった。地元が同じだし、後になって分かった時に……嫌いになられたら……さすがに、堪えるから……」
孝也さんはそう言うと、肩を落として顔を伏せた。
目の奥が熱くなる。
二十年近くも前のことなのに……。
もしかしたら、過去にお付き合いした人との間で、そんなことが起こったのかもしれない。
私は自分自身を恥じた。
初めて会ったあの一瞬。
私は、いじめた人たちと同じことを思ってしまったのだから。
なんと言葉をかけるべきか分からない。
無責任な言葉は、彼をもっと傷つけてしまう。
こんなに誠実な人なのに。
こんなに優しい人なのに。
嫌われるかもしれないと思いながら、話してくれた彼の勇気。
やっぱり彼は「勇者」なのだ。
私の心に「好き」という気持ちと同じくらい、「守ってあげたい」という思いが湧きあがる。
映画の中のヒロインように、強くなれないけれど、私は私なりに「彼のヒロイン」になろう。
勇気をだして、心の奥の蓋を開けた。
「私……今まで男性とお付き合いしたことがないんです」
孝也さんが、ハッとこちらに顔を向ける。
「仕事に打ち込んで忙しかったとかそう言うんじゃなくて。
ただ、何となく毎日を過ごしていて、気が付いたら二十代後半。誘われる飲み会には参加したし、チャンスはあったはずなのに。……私を選んでくれる人がいなかった」
私は声を震わせながら、笑った。
「二十九年間も彼氏がいない私の方が、やばいですよ。そんな過去で……孝也さんの価値が変わるわけじゃありません!私は、今の孝也さんが好きです」
孝也さんの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「ありがとう……。俺も、今の一穂さんが……好きです。俺と付き合って下さい」
私たちは泣きながら、笑い合った。
この人を好きになって、本当に良かった。
ハンカチで涙を拭きながら、孝也さんが呟いた。
「俺は一穂さんの勇者になれるかな」
「……え?」
涙がピタリと止まった。
「ど、どうしてそれを!!まさかあの本屋さんで?」
孝也さんは、やばいと言わんばかりに目を見開くと、パッと口を押えた。
けれど、次の瞬間、「え??本屋?」と眉をしかめた。
「あ!」
今度は私が口を押えた。
ここまで来たら……白状するしかない。
「実は私……職場の近くの本屋で、孝也さんを見かけたんです。ヒーロー漫画を大人買いしてて、『勇者』って呟いちゃって」
「はぁ?あ、あそこにいたの!?」
「え?気付いてなかったんですか?じゃあ、なんで……」
孝也さんの顔が、見る見る赤く染まっていく。
「お見合いの前の日、一穂さんがカフェで話してるのを、偶然聞いてたんだ。王子様よりも『勇者』がいいって……」
「ええ!!あのカフェにいたんですか!!」
知らないうちにすれ違っていたという、この事実に驚きを隠せない。
だってこれはまるで……
「漫画みたいだね」
孝也さんは、アハハと笑った。
そう、あれほど憧れていた運命的な出会い。
私の人生にも起こっていた!
こんな奇跡があるなんて。
私は身を乗り出した。
「週末、あの本屋で待ち合わせしませんか?私、買いたい漫画があるんです!」
「別にあそこじゃなくても……」
「ダメです!『勇者』に出会った場所で買いたいんです」
「……へ?」と間の抜けた孝也さんの声。
「もしかして……勇者って、俺のことだったの!?」
「ふふふ。だって、孝也さんは好きなものを堂々と好きって言えるじゃないですか。私にはその勇気がなかったから……」
孝也さんは、また目を潤ませた。
「そんな……嘘だろ……」
私はハンカチで、孝也さんのキラキラと光る涙をそっとぬぐった。
私の初めての彼氏は、ちょっぴり泣き虫で、とってもスマートな「勇者様」。
運命的に出会った私たちの物語は、ここから始まる。
お読み下さり、本当にありがとうございました。
応援して下さる皆様のおかげで、ここまで書き進めてこれました。
少しでも、ご期待に添えていましたら嬉しく思います!
さて、めでたくハッピーエンドを迎えた二人。
この先、どんな風に発展していくのだろう?
そう思ってしまって……実は、東京編を書き進めてしまいました!
現時点では、バレンタインを目標に書いています。
糖度高めの展開へと進みます。
時間は変わらず21時10分に更新。
引き続きお読みいただけると、すごくうれしいです!
よろしくお願いします!
夏生 たえ




