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クレーマーキラー  作者: 大窟凱人


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3/10

予知ボクサー

 僕は負け犬だ。


 虚弱体質で何をするにもへばってしまう。勉強もスポーツも、人間関係でさえ。体力がすべての基盤なのにこんなんじゃ、一生ダメなままだ。授業で哲学者が神は死んだと言っていた。僕は神はいないとは言い切れないと考えている(彼は心構えのことを説いていたのではないかと思いつつも)だけど、神は不公平だ。僕は神を呪った。


 すると、自転車でこけて頭をぶつけた時に、予知能力が備わった。といっても、一秒先の出来事しか予知できない。


 これじゃなんの役にも立たないじゃないか。


 と思ったが、ある日クラスのいじめっ子、いや、犯罪者の奴が僕に殴りかかってくるのを予知し、難なく躱し、カウンターを決め、赤子の手をひねるように完勝したことで天啓を得た。



 ボクシングをやろう。



 我ながら突飛な考えだったが、うまくいった。


 もちろん特訓は必要だった。ボクシングジムの会長に頼み込んで、王者を目指す夢を後押ししてもらった。そして、そもそもの基本体力アップ。パンチ力増強。ひらめきの如く脳裏に浮かぶ一秒後の映像と目の前で起きているリアルタイムの視覚を同時に把握し、考えないでも次の手を決められるようになるまでスパーリングを繰り返す。


 来る日も来る日も。寝ても覚めても。365日。虚弱体質であることを補いつつ、特に予知能力の扱いを磨き抜いていく。


 会長や同じジムの仲間と特訓の日々を乗り越え、ついにその日はやってきた。


 ミニマム級で……僕は無双した。


 わかる。手に取るように相手の攻撃が。相手の次の動作が、本人よりも一秒早く現れてくれるのだ。体から幽体離脱した幽霊のように、半透明の残像が先に動き出す。ただのフラッシュバックのようだった以前の予知よりも相手の攻撃を正確に、余裕を持って処理できる。特訓の成果だ。予知能力も成長している。


 その右フックはフェイント。本命はアッパーだ。的中。サイドステップで回り込み、顎先目掛けて右ストレート。勝利。 


 次の試合。手数の多い選手だな。少々厄介だが、合わせるのは簡単だ。これでもジムで鍛えてるから。カウンターでKO。


 噂はたちまち広がった。新人が連戦連勝。とんでもなく目と勘のいい選手で、一度もパンチを受けたことがない。


 そしてついに王座挑戦権を獲得した。


 ミニマム級王者。何度も頂点の座を防衛している最強の男。今夜僕はこいつに勝つ。


 タイトルマッチのゴングが鳴る。


 嵐のような連打、丸太のようなストレート。半端ない攻撃だった。一撃でも食らえばひとたまりもない。


 だが、ついていける! 最強のパンチも当たらなければ意味がない。僕は紙一重で王者の猛攻をかわし続け――


「なっ!?」


 一秒先の幽体モーションが急に変わった!?


 この軌道は、当たる。直撃だ。急げ、よけ――「ぶっ!」


 横っ面にフックをもらった。脳が揺れ、汗と血が弾け、マウスピースがリングに落ちる。


 そして、盛大に吹っ飛びながらダウン。くそ。身体が追いつかなかった。


 それに、なんだ今のは……!


 予知が途中で変わっただと。


 おそらく最初に見せてたスピードは油断させておくためか。僕が慣れてきたところで、本当の速度を出してきた。やられた。


 パンチ力、スピード、技術。すべてにおいて上回る相手が、さらに僕への対策と戦略まで練ってきた。


 これが、王者が王者である理由……。


「はっ……ふっ……!」


 ぐ……普段打たれ慣れていないからだいぶ効いてるな……予知の弊害だ。でも、まだまだやれる!


 カウントギリギリまで休んで予知再開……あれ?


 予知できない。うそだ。


 僕は一秒先を見ようとするが、幽体モーションは出てこない。


 そんな、あれがないと。


「4、3……」


 レフェリーがカウントを始めた。


 ……やめるか? 予知がなければ、どうせ負ける。このまま……


「立て!」


 セコンドからおやっさんの声が聞こえた。 必死で叫んでる。


「立つんだ! まだやれる!」


 ……そうだ。なにをしてる。立て。予知なんかなくたってやれるんだ。思い出せ。ここで立たなかったら、負け犬のままだ!


 僕は立ち上がり、ふらついたままファイティングポーズをとった。


 王者が僕を見据える。待たせたな。


 歓声が上がり、ボルテージは最大。僕はマットを踏み締めて立ち向かった。







 結果は、粘ったが3ラウンドでKO負け。


 予知能力も結局戻らないまま。でも構わない。神頼みはもう卒業だ。


 勝つまで挑戦し続ける。何度でも。


 僕はリベンジマッチに向けて走り出した。


 大地を強く蹴り、一歩一歩、進んでいく。


 心臓の鼓動は、高らかに鳴り響いている。

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